配信94回目 ぬいはどっちのものでもないの表紙画像

配信94回目 ぬいはどっちのものでもない

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/6/4 📚 シリーズ: 影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます 📝 4,618文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます - 配信94回目 ぬいはどっちのものでもない

本文

小さいからって、無害とは限らない。

 かわいいからって、情があるとも限らない。

 でも今回は、その両方が少しだけ揺れる回です。

――――

 事故のあと、私は結局そのまま夜見よみよろず相談事務所へ連れてこられた。

 病院で軽く処置はされた。右肩は打撲、膝は擦過傷、首はむち打ち気味。ついでに「しばらく安静に」と言われたけれど、この職場で安静が成立したことなんて一度もない。

「で、なんで帰してくれないの」

 ソファに座ったまま睨むと、朔夜さくやは端末から目を上げずに答えた。

「観察が必要だからだ」

「人に言う台詞じゃなくない?」

「お前、今日一回薄くなっただろ」

「薄くなった、で済ますな」

「済ませてない。だから置いとく」

 相変わらず言い方が終わっている。

 でも今日は、その雑さの奥に少しだけ硬いものがあった。

 机の向こうでは、真琴まことさんがノートPCを睨んでいる。モニターの青白い光が、そのまま顔色の悪さを増していた。

「昨日の接触以降、影森さんの周辺だけ、境界反応ボーダーリアクションが妙に素直なんです」

「素直って何」

「向こう側に“見つけてもらいやすい”と言い換えてもいいです」

「最悪の言い換えじゃん。やめて」

 真琴さんは気休めひとつ挟まず、さらに続けた。

「あと、小型寄生系の反応も増えてます。たぶん、本体側から見れば“空いた席の周りに群がる小物”みたいな扱いなんでしょうね」

 その言葉に、ソファの背で丸くなっていたぬいの耳がぴくりと動いた。

 灰白色の毛並み。片耳だけ少しへたれた、ぬいぐるみみたいな見た目。

 普段ならそのまま「小物言うな」と噛みついてくるところなのに、今日は静かだった。

「……ぬい?」

 呼んでも、返事が遅い。

「聞こえとる」

「じゃあ何か言えよ」

「言うことがない時もある」

「それはそれで怖いんだけど」

 ぬいは、そこでようやく顔を上げた。

 いつもなら生意気に細められている金色の目が、今日は妙に落ち着きがない。

 朔夜がそちらを一瞥いちべつする。

「今夜、そいつを影森から離すな」

「本人の意思は?」

「ない」

「あるけど!?」

「お前が寝てる間に勝手に食われるほうが面倒だ」

「サラッとホラー言うな!」

 でも、笑って返すには背中が冷えすぎていた。

―――――

 夜。

 事務所の照明は一つだけ落とされて、部屋の中はいつもより少し暗かった。

 ソファに毛布をかけられて、私はそこで寝ろと言われた。帰らせてもらえない代わりに、今日は現場もない。珍しく“何もしなくていい”夜だった。

 なのに、眠れる気がしない。

 窓の外では、遅い時間の車が高架を流れていく音がする。机のほうでは、朔夜がまだ端末を叩いていた。仕事の音がしているだけなのに、それがないと逆に怖かった。

 ぬいは私の腹の上に乗っている。

「重い」

「軽いじゃろ」

「気分の話」

「知らん」

 口は返した。

 でも、体温が変だった。ぬいの小さな身体が、普段よりぬるい。ぬいぐるみの中に何か別のものが詰まって、内側からじわじわ熱を持っているみたいな、嫌な温度。

「……ほんとに大丈夫?」

「何がじゃ」

「お前」

 しばらく沈黙があって、それからぬいが低く言った。

「大丈夫なら、今日はよう喋っとる」

 その返しに、私は笑えなかった。

 いつの間にか、うとうとしていたらしい。

 目を開けたとき、事務所の中はやけに白かった。

 天井の照明じゃない。もっと薄くて、でも逃げ場のない白さ。窓の縁、ドアの隙間、棚の角、配信機材の輪郭。その全部が、白い線でなぞられている。

 身体が重い。指先が動かない。

「……っ」

 声も出しにくい。

 腹の上にいたはずのぬいがいない。

 代わりに、胸のあたりがぬるく蠢いていた。

 何か、小さなものが、皮膚の下へ爪を立てるみたいに入り込もうとしている。

「や、め……」

 喉の奥で掠れた音が漏れる。

 毛布の上に、ぬいがいた。

 でも、いつもの形じゃない。輪郭が煙みたいに崩れて、狐とも犬ともつかない小さな影がいくつも重なって見える。目だけが金色に光って、まっすぐ私を見ていた。

「ぬい」

 呼ぶと、その影がびくりと震えた。

「……近づくな」

「近づいてんの、お前だろ……」

「うるさい」

 声が、二重に聞こえた。

 いつものぬいの声と、その奥から引っ張られてくる別のざらついた音。

 白い線が、床を這う。

 窓際から。ドアの下から。壁紙の継ぎ目から。細い細い糸みたいなものが、ぬいへ繋がっていた。

 返却。

 寄生再開。

 補助端末。

 そんな単語が、音じゃないのに頭へ直接流れ込んでくる。

「……本体側」

 かろうじて呟くと、ぬいが歯を剥いた。

「呼ぶな」

「お前、引っ張られてる……」

「分かっとる!」

 影が一度、大きく膨らんだ。

 その瞬間、胸の上へ重いものが落ちてきた。息が止まる。ぬいの影が、まっすぐ私の鎖骨から喉元へ這い上がってきた。

「っ、やだ……!」

「消えたくない」

 今度の声は、ちゃんとぬいの声だった。

 震えていた。初めて聞くくらい、むき出しの音で。

「わしは、消えとうない」

 爪が皮膚へ触れる。

 喉の奥へ細い冷たさが差し込んでくる。寄生だ。最初にこいつが私へしようとして、し損ねて、そのまま居着いたあれ。

 身体の芯が冷えていく。

 視界の端が暗くなる。

「ぬい……それ、やったら……」

「分かっとる」

「分かってて、やるのかよ」

 呼吸がうまく吸えない。

 心臓が嫌な打ち方をして、そのあと一拍、空いた。

 遠くで、椅子が倒れる音がした。

「影森!」

 朔夜の声。

 でも遠い。

 白い線が、ぬいの背中へもっと深く食い込む。

 選べ、とでも言うみたいに。

 私を器にして残るか。

 回収されて消えるか。

 その時、ぬいの影がぴたりと止まった。

「……でも」

 爪の先が震える。

「おぬしをおぬしのまま置いとく方が、まだましじゃ」

 次の瞬間、ぬいは喉元から離れた。

 離れた、というより、引き剥がすみたいに自分で後ろへ飛んだ。白い線が何本も一緒に引っ張られ、ぬいの小さな身体に食い込む。煙みたいな輪郭が、ばらばらに散りかける。

「ぬい!」

「来るな!」

 私は動けない。

 肺が痙攣けいれんして、息が吸えない。心臓の鼓動がどんどん遠くなる。

 朔夜が一歩で間に入り、指先に札を挟んだ。

「”媒体遮断”メディア・ブレイク!!」

 低い声と同時に、札が白く裂ける。

 部屋の白い線が一瞬だけ弾け飛び、ぬいへ食い込んでいた糸が何本か千切れた。

 でも全部じゃない。

 ぬいは床へ落ちながら、それでも私のほうを見た。

「見るな、朔夜」

「命令するな、小物」

「うるさい。今のわし、けっこうえらい」

 その減らず口が、ひどく掠れている。

 朔夜の目が細くなる。

 次の札を切ろうとして、ほんの一瞬だけ迷った。強くやれば、糸ごとぬいも切れる。たぶん、そういう計算だ。

「切るなら切れ」

 ぬいが先に言った。

「でも、わしはそっちの式神でも何でもないからの」

「知ってる」

「向こうの回収端末でもない」

「それも知ってる」

「じゃあ、分かるじゃろ」

 ぬいの金色の目が、まっすぐ朔夜を見た。

「わしは、どっちのものでもない」

 朔夜は短く息を吐いた。

「……面倒な小物だな」

「今さらじゃ」

 最後の一本みたいに残っていた白い糸が、ぬいの首元へ絡みつく。

 その瞬間、私は反射的に手を伸ばしていた。

 動かないはずの身体が、床を引っ掻くみたいに少しだけ前へ出る。

「返すな」

 声になっていたかも分からない。

 でも、ぬいの耳がこっちを向いた。

「そいつ、うちのだから」

 言ったあとで、自分でも何を言ってるんだと思った。

 借金まみれの女子高生が、寄生霊獣を物みたいに言うな。そう思うのに、他に出てこなかった。

 ぬいが、変な顔をした。

 たぶん笑った。

「雑な所有権じゃのう」

「うるさい……」

「悪くない」

 朔夜が、そこで最後の札を切った。

「”位相固定”フェイズ・ロック」

 白い糸が、今度こそ固まる。

 動きを止めたところへ、朔夜がそれを踏み潰した。部屋の白さが、一気に薄れる。

 同時に、私の視界も落ちた。

―――――

 真っ暗だった。

 何もない暗闇じゃない。

 息が止まったあとに来る、底の浅い暗さ。

 あ、これ、ちょっと死んでるな。

 嫌な慣れ方をした自分に腹が立つ。

 遠くで、何か小さいものが丸まっていた。

 ぬいだ。

 ぬいぐるみの形じゃない。もっと細くて、頼りなくて、寒そうな小動物みたいな影が、暗闇の隅で丸くなっている。背中に、白い傷跡みたいな線が何本か残っていた。

「……おい」

 呼ぶと、ぬいがゆっくり顔を上げた。

「なんでおるんじゃ、おぬし」

「そっちが呼んだんだろ……」

「呼んどらん。逃がしただけじゃ」

「同じだよ、ばか」

 ぬいは少し黙って、それからふいっと顔を逸らした。

「食えばよかった」

「食ってたらぶっ飛ばす」

「死んどるくせに威勢がいいのう」

「お前も半分死んでるじゃん」

 そう言うと、ぬいはやっと、小さく鼻を鳴らした。

「……消えたくなかっただけじゃ」

「うん」

「でも、おぬしを着ぐるみにするほどでもなかった」

「最低な言い方だな」

「分かりやすいじゃろ」

 そこで、暗闇の向こうから強引に引っ張られる感覚がした。

 現実側だ。たぶん朔夜が、また高い金を使ってる。

 ぬいが小さく言う。

「帰れ」

「お前は」

「帰る」

「ほんとかよ」

「今回はの」

 その言い方が、妙にいつも通りで、私は少しだけ笑った。

―――――

 目を開けると、喉が焼けるように痛かった。

「……げほっ」

「戻ったか」

 朔夜の声。

 床に寝かされていて、胸元には札の燃えかすが散っている。やっぱり蘇生されたらしい。高いやつだ。知ってる。

 私は咳き込みながら顔を横へ向けた。

 テーブルの上に、ぬいがいた。

 ぬいぐるみの形代に、いつもより少し浅く収まっている。片耳はさらにへたれて、金色の目も半分しか開いていない。

「……生きてる?」

「怪異にその聞き方をするな。元気にしんどるわい」

 声は細いけれど、返事は返ってきた。

 私は息を吐く。

「よかった」

「よくはない。最悪じゃ。わしの尊厳がだいぶない」

「元からそんなないだろ毛玉」

「ある」

 少し間があって、ぬいが低く付け足した。

「……でも、さっきのは覚えとる」

「何が」

「そいつ、うちのだから、のところ」

 私は毛布を顔の下まで引き上げた。

「忘れろ」

「断る」

「まじで忘れろ」

「いやじゃ」

 朔夜がそのやりとりを聞きながら、端末へ視線を戻す。

「落ち着いたら明細に書く」

「最悪!」

「蘇生一回、術式二回、結界補修、深夜対応」

「今その話する!?」

「今しかない」

 怒鳴り返した私の声に、ぬいが小さくククク、と笑った。

 その笑い方は、いつもの小悪党のそれに少し戻っていた。

 窓の外では、もう朝が近い色になっている。

 私はまだ喉が痛くて、肩も膝もひどいままだったけれど、それでもひとつだけ分かったことがある。

 ぬいは、もう単なる便利なマスコットじゃない。

 かといって、向こう側へ回収されるだけの端末でもない。

 こいつは小さくて、ずるくて、情けなくて、でも最後の最後で、私を食わないほうを選んだ。

 それはたぶん、すごく偉いことじゃない。

 ただ、ちょっとだけ信じていい裏切り方だった。

――――

ゆら「九十四回目。百に近づいてるだけなのに、妙に静かだ。」

――――

 配信94回目でした。

 今回はぬい回です。見た目はぬいぐるみ寄りでも、中身はちゃんと怪異で、しかも小悪党です。ただ、その小悪党が今回はぎりぎりで踏みとどまります。

 今回の主な人物は、影森かげもりゆら、ぬい、夜見よみ朔夜さくや、毒島ぶすじま真琴まことです。

【帳面】

・金の借金:蘇生一回、術式行使、深夜対応、結界補修で順調に悪化。

・死の帳尻:一時停止一回。正式記帳遅延の余白をさらに消費。

・なゆの状況:前任記帳官としての直接関与なし。案件除外継続。

・白い帳面/構造側の変化:本体側から小型寄生系への回収圧を確認。ぬいは回収端末化を拒否し、独立した怪異として踏みとどまった。

ジャンル・タグ

, , , , , , ,

作品統計

👁️ 閲覧数: 0 👍 いいね: 0 📚 本棚登録: 0

作者について

勇者ヨシ君

勇者ヨシ君

愛知県安城市で「ギルド酒場るすと」というゲームバーをやりながら、小説を書いています。 レトロゲーム、ボードゲーム、シーシャ、酒場の空気感が好きです。 異世界×ゲーム×酒場の作品や、 ホラー×...

👥 フォロワー: 2人

作者ページを見る