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配信95回目 行く理由と戻る理由

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/6/5 📚 シリーズ: 影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます 📝 4,629文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます - 配信95回目 行く理由と戻る理由

本文

今回は、私がちゃんと自分で決めるとき。

 呼ばれたからじゃない。押されたからでもない。

 戻る理由を持ったまま、あちら側へ行く話。

――――

 昼休みの教室は、信じられないくらいうるさかった。

 パンの袋を開ける音。机を引きずる音。廊下から聞こえてくる笑い声。誰かがスマホで見せている短い動画に、別の誰かが「それ昨日のじゃん」と突っ込んでいる。

 いつも通りの、どうでもよくて、だからこそ壊れたら嫌な音ばかりだ。

「ゆらちゃん、これ半分あげるぅ〜」

 るなが、クリームパンをちぎってこっちへ差し出してくる。

 私は反射的に受け取った。

「……ありがと」

「今日、素直だね」

 透羽とわがすかさず笑う。

「いつもなら『いきなり糖質で懐柔するな』とか言いそうなのに」

「お前の私への理解、嫌な方向に深いわ」

「深いよぉ〜?」

 るながえへへ、と笑う。

 その隣で、幽々ゆゆは牛乳パックのストローを指でくるくると、もてあそびながら、じっと私を見ていた。

「ゆら。今日、もう決めてる顔してる」

 心臓がひとつ、変な打ち方をした。

「……何を」

「行くかどうか」

 教室の音が、そこだけ少し遠くなる。

 透羽が、冗談っぽい顔のまま言った。

「やっぱり? 私も思った。影森、今日ずっと“帰る前にどっか行く人”の顔してる」

「顔で分かるもんなの、それ」

「分かる時は分かるよ」

 透羽は軽い口調のままだったけれど、その目だけは少し真面目だった。

 私はパンを半分だけかじって、飲み込むまで少し時間がかかった。

「……まだ決めてない」

「嘘」

 幽々が即答する。

「決めてない人は、そんな言い方しない」

 るなが心配そうに、でもやわらかく私の袖を引いた。

「ゆらちゃん、どっかいくのぉ……?」

「放課後ちょっと」

「“ちょっと”で済む感じじゃないよぉ〜」

「そうだね」

 そこを否定できなかった。

 透羽が頬杖をつく。

「でも、行くならさ。呼ばれたから行くのと、自分で行くの、ぜんぜん違うよ」

 私は顔を上げた。

「……何が違うの」

「向こうに理由を握られるか、こっちに残すか」

 言い終わってから、透羽は「あー」と小さく息を吐く。

「ごめん。今の、ちょっと分かる人の言い方だった」

「いや、もう今さらだろ」

 私は苦笑して返した。

「お前が普通の転校生じゃないの、とっくに知ってるし」

「ひど」

「ひどくない」

 幽々が静かに口を挟む。

「でも、透羽の言うことはたぶん合ってる。呼ばれて行くと、向こうの理屈になる。自分で行くなら、まだ帰り道を持てる」

 その一言で、昨日の玻璃はりの顔が浮かぶ。

 ――あなたはまだ、向こうで名前を固定されてない。

 ――だから戻れる。

 戻る。

 その言葉が、今日は昨日より重い。

―――――

 放課後、私はすぐに教室を出なかった。

 るなが鞄を抱えたまま、私の机の横に立っている。透羽は窓際に寄りかかって、幽々はいつもより少し近い位置にいた。

 たぶん三人とも、私が先に何か言うのを待っている。

「……今日さ」

 先に口を開いたのは、私だった。

「たぶん、行くよ。」

 るなの目が丸くなる。

「やっぱりぃ……」

「うん」

「こわいやつぅ?」

「うん」

「しぬやつぅ?」

「……たぶん、そういう寄り」

 るなの眉が、きゅっと下がった。

 それを見た瞬間、胸の奥が少し痛くなる。

 透羽がそこで笑わなかったのが、逆にありがたかった。

「戻る気はある?」

「ある」

「じゃあ、みんなに、『言っといたほうがいい』よ」

「何を」

「”戻る”って」

 透羽は、視線を窓の外へ流したまま言う。

「向こうってさ。行く人の“行く理由”はすぐ太るけど、“戻る理由”は放っとくと痩せるから」

「その言い方、ほんと嫌なんだけど、妙に分かりやすいな……」

「でしょ」

 幽々が私を見る。

「誰か一人に向けてじゃなくていい。戻る理由、ちゃんと自分で数えといたほうがいいよ」

 るなが、そこで小さく手を挙げた。

「るな、ひとつ」

「……何」

「帰ってきたら、駅前のクレープいこぉ〜?」

 あまりにも、るならしい。

 拍子抜けするくらい、普通の約束だった。

「いま?」

「いま言っとかないとぉ、あとで『そういうの先に言え』って、ゆらちゃん絶対言うもん」

 思わず笑ってしまった。

 笑った瞬間、自分でも分かるくらい、少しだけ肩の力が抜けた。

「……行く。帰ってきたら」

「約束ぅ〜」

 るなが小指を出してくる。

 私は呆れながら、それでもちゃんと小指を絡めた。

 幽々は、机の上に置いていたシャーペンを一本だけ私へ差し出した。

「それ、昨日貸したやつじゃない?」

「うん。返してもらってないから、今返す」

「持ち主、お前じゃん」

「そういう意味じゃなくて」

 幽々は少しだけ目を細めた。

「こっちの手触り、忘れないように持ってって」

 プラスチックの安っぽい軸が、指に馴染む。

 学校でしか使わない、どうでもいい筆記具。

 でも、それがやけに効いた。

 透羽は最後に、私の肩を軽く叩いた。

「影森」

「ん?」

「向こうで誰かの代わりやろうとしたら、まじで怒るから」

「……何それ」

「私、その手の戻り方あんま好きじゃない」

 透羽のその言い方には、冗談じゃない重さがあった。

 私は少しだけ目を伏せて、それから頷く。

「分かった」

 るなが最後に言う。

「ゆらちゃん」

「なに」

「ちゃんと、帰ってきてねぇ」

 その一言が、いちばんまっすぐだった。

―――――

 事務所へ戻ると、朔夜さくやはすでに気づいていた。

 ドアを開けた瞬間、顔を上げもしないまま言う。

「行く気か」

「話早いな」

「今日はお前の足音が軽いからな。何かを決めた時の音だ」

「足音で分かるの気持ち悪いんだけどマジで」

「こっちの台詞だ」

 私は鞄を机の横へ置いた。

 ぬいが窓枠から片目だけ開ける。真琴まことさんは端末を閉じる寸前の姿勢で止まっていた。部屋の空気そのものが、もう答え合わせみたいだった。

「止める?」

「止める。」

 朔夜はそこで初めて視線を上げた。

「行くな」

 即答だった。

 命令口調で、でも前みたいな“使う側”の冷たさではない。そこが、逆に腹立たしい。

「それをお前に言われる筋合い、この期に及んでまだある?」

「ないかもしれん。だが止める」

「じゃあ私は行く」

「影森」

「呼ばれたからじゃない」

 自分でも驚くくらい、声は揺れなかった。

「玻璃はりを置いていけない。なゆさんの最後の貸しを、何もしないまま潰したくない。お前に勝手に答え持たれたまま終わるのも嫌だし、るなも幽々も透羽も、こっちに戻ってくる理由は、もう、置いてある」

 ひとつ息を吸う。

「だから行く。私自身で決めて」

 部屋が静かになった。

 ぬいが、そこでぽつりと言う。

「ふぅ。だいぶ、面倒見よくて損するタイプじゃの」

「今さらそれ言う?」

「もう、今しかないじゃろ」

 真琴さんが小さく息を吐いた。

「……戻る理由、言語化できてるなら、前よりはマシですね」

「褒めてる?」

「状況としては最悪ですが」

 朔夜だけが、何も言わなかった。

 やがて、低い声で聞く。

「行き先は?」

「まだ細く繋がるところ。昨日と同じ手じゃない。なゆさんの貸し、たぶん一度だけ“遅らせる”ためのものだから」

 私は制服の内ポケットから、白い紙片を出した。

 紙というより、空白の切れ端みたいなもの。文字はない。罫線もない。ただ、持つと指先の温度だけが少し遅れる。

 最後の貸し。

 正式な記録へ落ちる前、一度だけ記帳を遅らせられる余白。

 朔夜の目が、それを見てわずかに細くなる。

「それを今使うのか」

「今しかない」

「帰路は細いぞ」

「知ってる」

「向こうが歓迎してくる」

「知ってる」

「お前一人で行って、全部解けると思うな」

 そこだけ、少し苛立ちが混ざっていた。

 私は口元だけで笑う。

「別に解きに行くんじゃない」

「何しに行く」

「見に行く。聞きに行く。帰る理由を持ったまま、あっち側へ立つ」

 朔夜はしばらく黙って、それからひどく不機嫌そうに言った。

「勝手にしろ」

「するよ」

「ただし」

 そこで一拍置く。

「戻る線を、自分から切るな」

 私はすぐには返事をしなかった。

 それは命令みたいで、でも少し違った。

 利用のための指示じゃない。たぶん、あいつなりにぎりぎり残した“こっち側”の言葉。

「……善処します」

「歯切れが悪いな」

「何も教えない、お前に言われたくない」

 ぬいが窓枠から飛び降りる。

「わしも行くぞ」

「だめ」

「なんでじゃ」

「お前、昨日ギリギリだっただろ」

「昨日ギリギリだったから、今日もギリギリでついていくんじゃろうが」

「全然頼りにならんな毛玉」

「知っとる、だがいないよりマシじゃろ?」

 ぬいはもう私の肩へ登ってきていた。

 追い払う気にもなれない。小さくて、ずるくて、でも昨日こいつも自分で選んだのを知ってしまったから。

―――――

 事務所の裏階段は、夜になると少しだけ古く見える。

 錆びた手すり。蛍光灯のちらつき。二階と三階のあいだにだけ、妙に風の抜けない踊り場がある。

 前に一度、ここで“階段が一段多い日”があった。薄い場所だ。たぶん今夜も。

 私は白い紙片を胸元へ押し当てた。

 ひやり、ともしない。

 ただ、自分の輪郭だけが少し曖昧になる。

「影森」

 背後で、朔夜が呼ぶ。

 私は振り返らなかった。

「なに」

「今ここで引き返すなら、まだ間に合う」

「そうだね」

「……それでも行くのか」

 その問いは、確認だった。命令じゃない。

 だから私は、ちゃんと自分の声で答えた。

「行く」

 白い紙片が、指先でふっと軽くなる。

 踊り場の壁が、水みたいに薄く揺れた。向こう側が近い。

「呼ばれたからじゃないからね」

 誰に向けて言ったのか、自分でも少し分からなかった。

 玻璃か。なゆか。朔夜か。

 あるいは、自分自身へか。

「帰る理由、置いてきたから」

 るなのクレープ。

 幽々のシャーペン。

 透羽の釘みたいな忠告。

 母の短いレイン。

 ぬいの重さ。

 まだ聞けてない答え。

 まだ壊したくない普通。

 全部、こっちにある。

「自分で決めたことだから」

 朔夜に言うようで、自分に言い聞かせた。

 一歩、踏み出す。

 壁の向こうから、白い静けさが滲んでくる。

 今度は落とされるんじゃない。自分で入る。

 その境目で、私は一度だけ目を閉じた。

「じゃあ、行ってくるね!」

 学校へ通学するかのような軽い気持ちでそう言った。

 その時――誰かが何か言った気がした。

 たぶん、朔夜だった。

 でもその言葉を拾う前に、世界の手触りが反転した。

 白い向こう側が、音もなく開く。

 私は自分で、その奥へ足を踏み入れた。

―――――

 配信95回目でした。

 今回は、ゆらが「呼ばれる側」から「自分で行く側」へ踏み替える回です。派手な戦闘や大きな怪異処理ではなく、理由を言葉にすることで終盤へ入る位置の話として組んでいます。

 今回の主な人物は、影森かげもりゆら、夜宵やよいるな、白澤しらさわ幽々ゆゆ、夏目なつめ透羽とわ、夜見よみ朔夜さくや、ぬい、毒島ぶすじま真琴まことです。

 95話では、るな・幽々・透羽の三人を、それぞれ別の「こちら側」として置いています。

 るなは“戻ったあとに食べるもの”という日常、幽々は“こっちの手触りを忘れないためのもの”、透羽は“向こうへ理由を握られないための釘”です。

 朔夜とはまだ和解していません。ただ、それでも「戻る線を切るな」という言葉だけは重たいです。

【帳面】

・金の借金:継続。今夜の深夜対応と結界待機で、ろくでもない明細が増える未来しかない。

・死の帳尻:正式記帳遅延の白い余白を使用開始。処理保留状態で向こう側へ侵入。

・なゆの状況:前任記帳官としての直接関与なし。ただし最後の貸しだけが、今なお効力を残している。

・白い帳面/構造側の変化:ゆらは“召喚される側”ではなく、“戻る理由を持ったまま自分で入る側”へ移行。最終局面の条件が一段進行。

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作者について

勇者ヨシ君

勇者ヨシ君

愛知県安城市で「ギルド酒場るすと」というゲームバーをやりながら、小説を書いています。 レトロゲーム、ボードゲーム、シーシャ、酒場の空気感が好きです。 異世界×ゲーム×酒場の作品や、 ホラー×...

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