平凡すぎる銀河防衛生活 (三)〜賑やかな交差点と、概念のご挨拶〜
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あらすじ
一話完結・オムニバス(長めの物語)自由に色々書いています
本文
平凡すぎる銀河防衛生活 (二) 〜帰還する会長と、やっぱり変な隣人たち〜 | 小説投稿サイト「あいぺん」
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平凡すぎる銀河防衛生活(三)
〜賑やかな交差点と、概念のご挨拶〜
午前七時。佐藤 純 の意識は、コーヒーの薫りによって覚醒した。
今日はケニア。妻が昨日、城のフードコートにできた豆の専門店で買ってきた。店主は三本腕の宇宙人で、腕が一本多い分、豆の選別が異様に丁寧だという。サイフォンの中で琥珀色の液体がゆっくりと踊っている。
「純、今日のケニア、すごくいい香りだよ」
「果実っぽい」
「さくらんぼみたい」
「そうそう、そういう感じ」
二人は並んでカップを持ち、窓の外を眺めた。丘の上の七つの城が朝陽を受けて白銀に輝いている。フードコートの煙突からはもう煙が上がっていた。右隣では傭兵団の朝の準備体操が始まっていた。三秒周期の低周波が、棚の上のマグカップを昨日より五ミリ移動させている。
平和な朝だった。
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【純の家という場所】
佐藤 純 の家が、全宇宙と全異世界の因果が絡み合う場所になってから、数年が経つ。
なぜそうなったのかは、銀河の叡智を集めても、深淵の魔導書を紐解いても、いまだに誰にも分からない。ただ結果として、庭の物置には元魔王軍副料理長のオークが居着き、左隣には銀色の瞳を持つ宇宙人一家が越してきた。魔法少女は週に三、四回やらかした顔で玄関に現れる。先々月には浮遊城が七つまとめて街の東の丘に着陸し、フードコートを開業して観光客まで呼び込んだ。右隣にはクルガナ傭兵民族の九人家族が越してきて、朝の準備体操のたびに地盤を揺らしている。三軒先には夜になると家ごと光り出す発光人族の一家が住み、商店街の鮮魚店は人魚兄弟が買い取って営んでいる。駅前の交番には耳が六枚の銀河警邏隊が着任し、斜め向かいには概念が越してきた。
純はそんな日常を、朝の天気予報を確認するような平穏さで受け入れていた。それが、この場所で暮らすための、彼なりの作法だった。
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【概念、挨拶に来る】
午前十時、玄関のチャイムが鳴った。
扉を開けると、誰もいなかった。正確には、見えるものは何もなかった。ただ玄関の前の空気が、明らかに「来ている」感じがした。足元には小さな包みが置いてあった。包装紙が光を帯びていて、リボンがゆっくりと回転している。
「……斜め向かいの、概念さんですか」
「いる感じ」が、肯定的な方向に変わった。
「どうぞ上がってください」
「来た感じ」が玄関の中に移動した。純はキッチンに声をかけた。
「概念さんが挨拶に来てくれた」
「どのへんにいるの?」
「あのへん」
「あ、ほんとだ。いる感じがする」
妻が玄関の少し右側に向かって、にっこりと微笑んだ。「いらっしゃい。コーヒー飲めますか?」
しばらく間があった。「どちらとも言えない感じ」がした。
「飲むかどうか、わからない感じがする」と純は言った。
「じゃあとりあえず淹れるね。飲めたら飲んで、飲めなかったら飲まなくていいから」
妻がサイフォンに火をつけた。概念は——いるようだった。
包みを開けると、中には小さな石が入っていた。透明で、光の当たり具合によって色が変わる。今は朝の光を受けてほんのり青みがかっていた。
「きれいだね」
「うん。どこの石だろう」
「いる感じ」が、少し誇らしげな方向に変わった。
妻がケニアを三人分注いだ。純と妻のカップと、もう一つ。もう一つは概念の「いる感じ」のする方向に向けてテーブルに置いた。しばらくして、そのカップの周囲の空気が少しだけ温かくなった。
「飲めてるね」と妻が言った。
「飲めてるね」と純も言った。
三人は——二人と一つの概念は——しばらく特に何も言わずにコーヒーを飲んだ。サイフォンが静かに光っていた。
「ゴミ出しは月曜と木曜です。磁気を帯びたものは専用の袋があります」
「オークさんの料理は本当に美味しいので、機会があれば」
「いる感じ」が、明らかに興味を持った方向に変わった。
概念が帰ったのはそれから三十分後だった。「いる感じ」がすうっと薄れて、気づけば空気がいつも通りになっていた。
「感じのいい方だったね」と妻が言った。
「そうだね」と純は言った。
テーブルの上に、青みがかった透明な石が残っていた。
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【今日の街】
昼前、縁側でケニアの三杯目を飲んでいると、表の方から子どもたちの声がした。
銀河警邏隊の三人組が商店街へ向かって歩いている。耳が六枚の隊員たちの後ろを、近所の子どもたちが五、六人ついて歩いていた。
「ねえねえ、今何の音が聞こえてる?」
「フードコートのオーク氏が中華鍋を振る音。人魚兄弟の店の水槽のポンプの音。発光人族の父上が庭で深呼吸している音。概念の方角から、説明しがたい音。そして——」
隊員が六枚の耳を全部、子どもたちの方に向けた。
「皆さんの心臓の音が、六つ」
「私の心臓の音、聞こえた!?」と一人が飛び跳ねた。
隊員は手帳を取り出し、丁寧に書き込んだ。
「何書いてるの?」
「子どもたちの心臓の音を確認。異常なし。と記録しています」
「なんで?」
「記録しないと、業務になりません」
子どもたちが笑った。隊員は笑わなかったが、六枚の耳が全部、ほんの少しだけ前傾きになった。
純は縁側からそれを眺めて、コーヒーを一口飲んだ。
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その少し後、三軒先の発光人族の家の前を通ると、子どもたちが何かを囲んでいた。
ダンゴムシだった。
「これ、なに?」と発光人族の子どもが聞いた。光りながら聞いていた。
「ダンゴムシ」
「何をするいきもの?」
「丸くなる」
「それだけ?」
「それだけ」
子どもがしばらく観察した。それから顔を上げた。「うちのお父さんも、眩しい日は丸くなってる」
「違う」と離れたところにいた発光人族の父親が言った。光量が少し上がっていた。
宇宙人の調査員の子どもが端末を取り出した。「銀河データベースに登録します。特技:球体化」
「そんな登録でいいの?」
「特技が球体化の生き物は、銀河全域でも三十七種しかいません。貴重です」
全員がダンゴムシを見直した。ダンゴムシは丸まったまま、何も知らなかった。
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昼過ぎ、フードコートの方角から、いつもより大きな歓声が聞こえてきた。
「なんか、すごく盛り上がってるね」
「行ってみようか」
着いてみると、オークが宙に浮いていた。
正確には、中華鍋がサラマンダーの炎を受けて高温になりすぎ、XO醤が反応して小規模な浮力フィールドを発生させていた。オークは涼しい顔でそのまま炒め続けている。鼻歌まで歌っている。
「旦那、来てたか。見てくれ、火加減が完璧だ」
「浮いてるけど」
「チャーハンの仕上がりには関係ない」
「それはそうだけど」
城のスタッフが「新しいアトラクションとして告知できますか」と交渉を始めた。オークは「俺は料理人であって見世物ではない」と言いながら、浮いたままチャーハンを皿に盛った。観光客の一人が一口食べて、その場で崩れ落ちた。
「美味い……」
「当然だ」とオークは三メートル上から言った。
「一皿食べていく?」
「食べていこう」
食べ終わっても、オークはまだ浮いていた。「明日も浮きますか」と聞くと、「風次第だ」と答えた。
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帰り道、城の六番目の尖塔からドンという音がした。続いてドン。ドドン。
魔法少女が窓から顔を出した。煤で顔が黒くなっている。
「佐藤さん! 演習、成功です! 流星三十個、同時制御できました!」
別の窓から傭兵団の隊長が顔を出した。煤一つついていない。
「精度が七割だ。まだ改善の余地がある」
「七割は先週の倍です!」
「倍になっても七割は七割だ」
「隊長、厳しい……」
少し間があった。
「だが、悪くない」
魔法少女の顔が、ぱっと輝いた。純が手を振ると、二人が振り返した。隊長の手の振り方が、少しぎこちなかった。
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【新しい住民】
商店街を歩いていると、先月空き家だった一軒の前に、見慣れない表札が出ていた。
表札には「田中」と書いてあった。
ごく普通の、どこにでもある苗字だった。
引っ越し挨拶に来たらしく、隣家のドアが開いて住民が出てきた。見た目は四十代くらいの、ごく普通のサラリーマン風の男性だ。スーツを着ている。髪型も普通。背格好も普通。何一つ変わったところがない。
純は思わず二度見した。
「あ、どうも。先週越してきました田中です」男性が会釈した。「よろしくお願いします」
「佐藤です。こちらこそ」と純も会釈した。
「あの、一つ聞いてもいいですか」田中さんが少し声を落とした。「この街、なんか……色々いますよね」
「色々います」
「僕、普通の人間なんですけど」
「それは貴重ですね、この街では」
田中さんが少しだけ表情を緩めた。「そうなんですか」
「宇宙人と概念と傭兵族と人魚と発光する一家と元魔王軍の料理人がいる街で、普通の田中さんは結構めずらしいです」
田中さんがしばらく黙った。
「……慣れますかね」
「慣れます」と純は言った。「ただ、オークさんの料理を食べると早いです」
「オークさん」
「物置に住んでる元魔王軍の料理人です」
田中さんがまた少し黙った。「……物置に」
「詳しくは追い追い」
純は会釈して歩き出した。背後で田中さんが「はあ……」と言っているのが聞こえた。この街に来た人間が最初に言う声だと、純はよく知っていた。
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夕方、商店街の鮮魚店に寄った。
「本日の兄弟のおすすめ」の手書きボードが出ていた。兄の字で「本日のサバ、脂がのっています」、弟の字で「兄が推すので間違いないです」と書き添えてあった。
「今日もサバですか」と弟が水槽ごとカウンターの前に来た。
「もらおうかな。そういえば概念さんが挨拶に来たよ。石をもらった」
「どんな石ですか」
「透明で、光によって色が変わる」
兄弟が顔を見合わせた。「概念さんが石を持ってくるって、どういうことなんでしょうね」
「分からないけど、きれいな石だった。それは確かだ」
兄弟がまた顔を見合わせて、同時に少し笑った。
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【夏祭りの話と、会長】
夜、会長がやってきた。
白い作務衣、真っ直ぐな背筋、金色の町章バッジ。手帳とペンを持っている。いつも通りだ。
縁側に並んで腰を下ろした。純がサイフォンのコロンビアを一杯出すと、会長は「ありがとうございます、美味しいですね」と言った。毎回そう言う。
「来月の夏祭りなんですが、今年は参加希望が例年の四倍でして」
「住民が増えたから」
「それもありますが城の観光客の方々も参加したいと。オークさんは屋台を、銀河警邏隊は警備を担当すると言っています。傭兵団の隊長さんは花火の打ち上げを手伝いたいと。制圧作戦の応用で精密な軌道計算ができると」
「きれいな花火が上がりそうですね」
「発光人族のご家族は会場の照明を。人魚兄弟さんは深海魚すくいを」
「深海魚すくい」
「小さいものを選んでくるそうです。すくえるかどうかは別として」
「魔法少女は?」
「流星の打ち上げを。隊長さんと軌道を共同設計するそうで、今から楽しそうにしていました」
「概念は?」
会長がペンを止めた。少し考えた。
「担当を聞きに行ったんですが……やる気がある感じ、がしました」
「何をするかは」
「当日になれば分かる気がします」
純は少し間を置いた。「田中さんも来ますかね」
「田中さん?」
「先月越してきた、普通の人間の方」
「ああ」会長がにこにこと手帳に書き込んだ。「ぜひお誘いしましょう。この街の夏祭りを一番驚いて楽しめるのは、普通の方かもしれませんから」
純は夜空を見上げた。二つの月が並んでいる。黄色い月と、サファイアブルーの月。
「賑やかな夏祭りになりそうですね」
「なりますとも」会長は言った。「この街はいつでも、なんとかなりますから」
会長が帰った後、妻がリビングから顔を出した。
「何の話?」
「夏祭り」
「楽しそう」
「うん」と純は言った。「楽しそうだ」
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夜、サイフォンがまだ温かかった。
純は最後の一杯を注いだ。コロンビアの穏やかな酸味が、夜のリビングに静かに広がった。
妻がソファで本を読んでいた。
窓の外では城のフードコートにまだ明かりが灯っている。発光人族の家がほんのり光っている。傭兵団の家に灯りがついている——おそらく隊長が花火の軌道計算を始めたのだろう。人魚兄弟の店の二階に、並んだ二つのシルエットが見える。斜め向かいの概念の方角の空気が、今夜は少しだけ満足そうな感じがした。田中さんの家の灯りも、ひっそりとついていた。
テーブルの上に、概念からもらった石が置いてあった。夜の光を受けて、今は薄く紫がかっている。
妻が本からちらりと視線を上げた。「今日も色々あったね」
「色々あった」
「概念さん、感じよかったね」
「感じよかった」
「石、きれいだね」
「きれいだね」
「新しい人、来たんだって?」
「田中さん。普通の人間」
「珍しいね、この街では」
「そう言ったら、少し笑ってた」
妻が本を閉じた。「来月の夏祭り、楽しみだね」
「楽しみだ」
純は妻の手を取った。取られた方の手が、少しだけ握り返してきた。
どこかで、オークの鼻歌が聞こえた気がした。城のフードコートから流れてくる、のんびりした重低音。
この交差点は今日もにぎやかで、少し浮いていて、そして何より——世界で一番、愛おしいにおいがした。
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平凡すぎる銀河防衛生活(四)〜夏祭り、空の城、光の奇跡〜 | 小説投稿サイト「あいぺん」
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