高皇産霊神外伝、外縁戦記 ZERO -YAMATO- 2
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あらすじ
「外縁への転属」雨は、止んでいた。だが空は重く垂れ込めたまま、
本文
「外縁への転属」
雨は、止んでいた。
だが空は重く垂れ込めたまま、
まるで何かを押し殺すように、基地全体を覆っている。
格納庫の隅。
雪夏は無言で《雷鳴》の装甲に触れていた。
焼け跡。
歪んだ接合部。
溶接の痕。
(……よく持ったな)
機体ではなく、あの場に残った男のことを思っていた。
「呼び出しだ」
背後から声がかかる。
振り向くと、司令部の兵が立っていた。
「司令室へ」
司令室。
戸倉大佐は相変わらず椅子に深く座っていた。
だが前回とは違う。
机の上には、すでに一枚の書類が置かれていた。
「大城雪夏少尉」
「はい」
「命令違反。独断出撃。上官への反抗」
淡々と読み上げる。
副官が横で薄く笑っている。
「本来なら軍法会議だ」
「承知しています」
雪夏は即答した。
戸倉は少しだけ目を細める。
「だが、お前は戦果を上げた」
沈黙。
「敵機動兵器、複数撃破。アルファ基地の生存者救出」
「……はい」
「そして」
わずかに間を置く。
「現場の兵士からの評価が異様に高い」
副官が口を挟む。
「感情的な評価に意味は——」
「ある」
戸倉が遮った。
雪夏は理解した。
これは裁きではない。
選別だ。
「結論を言う」
戸倉は書類を軽く叩いた。
「お前をここに置くのは惜しい」
副官が一瞬、眉を動かす。
「転属だ」
雪夏は微動だにしない。
だが、その一言の意味は分かっていた。
ここから出される。
「配属先は——」
戸倉が書類を読み上げる。
「沖縄外縁機動部隊」
その瞬間。
副官がはっきりと顔をしかめた。
「……あそこは」
「問題でもあるか?」
「いえ……」
だが明らかに、**“まともな配属先ではない”**という反応だった。
雪夏は静かに聞く。
「外縁機動部隊とは」
戸倉は肩をすくめる。
「捨て駒の集まりだ」
その言葉に、雪夏の目がわずかに動く。
「中央から見捨てられた戦力、問題児、規格外、そして」
戸倉は雪夏を見た。
「お前のような“扱いにくい人間”が集められる場所だ」
沈黙。
「だが一つだけ違う」
戸倉の声が少し低くなる。
「あそこは、実戦しかない」
雪夏はゆっくりと敬礼した。
「了解しました」
司令室を出る。
廊下を歩く。
足音だけが響く。
(沖縄外縁機動部隊)
名前は聞いたことがあった。
噂で。
最前線
常時戦闘状態
補給不安定
生存率が低い
そして——
(だが)
雪夏は足を止める。
窓の外を見る。
(“本物”だ)
数日後。
輸送機。
雪夏は単独で乗り込んでいた。
荷物は最小限。
武装は支給品のみ。
機内は静かだった。
他の兵は誰もいない。
まるで——
送り出されるのではなく、切り離されるような感覚。
やがて機体が下降を始める。
窓の外に見えるのは、海。
そして島。
沖縄。
だが本土とは違う。
港は損傷し、滑走路は補修跡だらけ。
煙が上がっている。
着陸。
機体が止まる。
ハッチが開く。
熱気と潮の匂いが一気に流れ込む。
外に出る。
そこに広がっていたのは——
戦場そのものだった。
格納庫は開け放たれ、機体がむき出しで並んでいる。
整備兵たちは走り回り、怒号が飛び交う。
弾薬の搬入、負傷者の搬送。
休んでいる者は誰もいない。
雪夏は一歩踏み出す。
その瞬間。
背後から声がかかる。
「……随分と綺麗な靴ね」
振り向く。
そこにいたのは、一人の女だった。
金髪。碧眼。童顔。
だがその目だけが、異様に鋭い。
整備服を着ているが、どこか場に馴染みすぎている。
女は雪夏を上から下まで見て、口元を歪めた。
「士官学校上がり?」
雪夏は短く答える。
「大城雪夏。転属してきた」
女は一歩近づく。
距離が近い。
観察するように覗き込む。
「……ああ」
小さく笑う。
「あなたが“あの問題児”ね」
雪夏は眉一つ動かさない。
「あなたは」
女は軽く肩をすくめた。
「技術開発局所属」
そして名乗る。
「川崎鵺」
その名前は、どこかで聞いた気がした。
だがそれ以上に強く感じたのは——
(この女、危険だ)
鵺は楽しそうに笑った。
「いいわ、気に入った」
そして背を向けながら言う。
「こっち来なさい、“ヤマト候補”」
その一言で。
雪夏の運命は、完全に次の段階へ進んだ。
ーーー
「女狐」
熱気が、まとわりつく。
沖縄外縁機動部隊の格納区画は、空調など存在しないに等しかった。
むき出しの鉄骨、剥き出しの配線、絶え間なく鳴る工具音と怒号。
油の匂いと、焼けた金属の匂い。
そして——
生きている戦場の匂い。
「どう?想像と違った?」
前を歩く女——川崎鵺が、振り返りもせずに言う。
雪夏は周囲を見渡したまま答える。
「思っていたよりも、整っている」
「へぇ」
鵺が足を止める。
ゆっくりと振り返る。
「それ、本気で言ってる?」
雪夏は即答する。
「機能している。壊れていない」
数秒の沈黙。
鵺は、笑った。
「……いいわ、あなた」
その笑みは楽しげでありながら、どこか試すようでもあった。
「ここはね、“壊れてても動くもの”しか残らない場所よ」
再び歩き出す。
「中央は綺麗でしょ?でも中身は腐ってる」
「……」
「ここは逆。見た目は最悪。でもね」
鵺は格納庫中央を顎で示す。
そこには一機の機動兵器が立っていた。
全身に補修跡。
左右非対称の装甲。
塗装もバラバラ。
だが——
その立ち姿には、妙な威圧感があった。
「動く」
雪夏は一歩近づく。
センサーの配置。
駆動系の接続。
無理やり継ぎ合わせた構造。
(理屈が合わない)
「これで戦えるのか」
「戦えるわよ」
鵺は即答する。
「私が直してるから」
その言葉には、一切の誇張がなかった。
雪夏は振り返る。
(この女は——)
「あなた、技術将校ではないな」
鵺は一瞬だけ目を細めた。
「いい観察眼ね」
軽く肩をすくめる。
「元々は前線よ。あなたと同じ」
その一言で、空気が変わる。
「じゃあ、どうしてここにいる」
鵺は笑った。
「上に行く方が、面白いから」
あっさりとした答え。
だがその裏にあるものは、軽くない。
「前線で戦うのも楽しい。でもね」
鵺は工具を手に取りながら言う。
「“戦場を作る側”の方が、もっと面白い」
雪夏は何も言わない。
ただ、その言葉を飲み込む。
その時、警報が鳴る。
《第三区画、防衛線接触!敵機接近!》
格納庫の空気が一瞬で変わる。
整備兵たちが走り出す。
「ほら、来たわよ」
鵺が笑う。
「歓迎会」
雪夏は即座に動いた。
「出撃準備だ」
近くの《雷撃》へ向かう。
外縁の主力機。
中型、高機動、汎用。
だが——
(状態がひどい)
装甲にヒビ。
センサーのズレ。
武装の不均衡。
「それ、動く?」
背後から鵺の声。
雪夏は躊躇わずコクピットに乗り込む。
「動かす」
起動。
システムチェック。
エラー多数。
だが——
「許容範囲だ」
鵺が小さく吹き出す。
「いいじゃない」
通信が開く。
《新入り、聞こえるか》
低く、落ち着いた女性の声。
雪夏は即座に応答する。
「こちら大城雪夏。出撃可能」
《……へぇ》
その声の主。
外縁独立機動部隊司令官。
ヤマト——大城雪夏の未来の姿、その原型。
だがこの時点では、まだその名は知られていない。
《私はこの部隊の指揮を執っている》
わずかな間。
《ついて来られるか?》
雪夏は迷わなかった。
「問題ありません」
その瞬間。
鵺が小さく呟いた。
「……来たわね」
何かを見定めるように。
「あなたの“試験”」
格納庫のシャッターが開く。
外はすでに戦場だった。
敵機——複数。
高速接近。
「行くぞ」
雪夏はスロットルを押し込む。
《雷撃》が飛び出す。
その背中を、鵺は静かに見送った。
「壊れないでよ?」
その言葉は、機体に向けたものではなかった。
ーーー
「初陣(外縁)」
空が低い。
雲が垂れ込み、視界は灰色に閉ざされている。
海と空の境界すら曖昧な中、警報音だけが鮮明に響いていた。
《敵機、接近中。数、十二以上》
通信士の声が張り詰める。
雪夏の《雷撃》は、すでに空へ出ていた。
振動。
機体の不安定な揺れ。
だが——
(動く)
「新入り、位置を上げろ」
先ほどの声が再び響く。
冷静で、無駄がない。
「了解」
雪夏は即座に高度を取る。
その時、視界の端に影が映る。
機影。
整ったシルエット。
無駄のない装甲配置。
圧倒的な安定感。
(……あれが)
その機体の動きは、異質だった。
他の機体が“飛んでいる”のに対して、
それは——
“場を支配している”
《敵の進路、見えたな》
「はい」
《なら簡単だ。止めるぞ》
短い。
だが、それだけで全体が動く。
他の機体が展開する。
左右へ分かれ、包囲の形。
雪夏は理解した。
(この人は……)
「指揮を“していない”」
命令は最小限。
だが全員が動いている。
それは——
信頼と経験で成立している指揮。
敵機が接近する。
旧式機と混成。
だが数が多い。
「来るぞ」
最初の交差。
敵機が突っ込んでくる。
雪夏は即座に射撃。
命中。
一機撃破。
だがすぐに二機目が接近。
「速い……!」
《慌てるな》
声が飛ぶ。
その瞬間。
先ほどの機体——
ヤマトの機体が割り込む。
一閃。
敵機が、何もできずに崩れる。
(……何をした)
見えなかった。
ただ一つ分かるのは——
(無駄がない)
完全に“最短”で敵を処理している。
戦闘は続く。
外縁の機体たちは、連携して動いていた。
援護。
牽制。
誘導。
雪夏もその流れに入る。
「左、二機!」
声に合わせて動く。
撃つ。
当てる。
(噛み合っている)
初めてのはずなのに、違和感がない。
それは——
(全員が“同じもの”を見ているからだ)
戦場。
優先順位。
敵の脅威。
すべてが共有されている。
だから、言葉がいらない。
戦闘は五分も続かなかった。
最後の一機が逃げる。
《追うな》
即座に制止が入る。
「……撃てます」
雪夏は言う。
《必要ない》
その一言で、全員が止まる。
逃げる敵機。
誰も追わない。
静寂が戻る。
《戦闘終了》
通信が落ち着く。
雪夏は深く息を吐いた。
(終わった)
だが——
(違う)
これはただの戦闘ではない。
「試された」
その感覚が、はっきりとあった。
帰投。
格納庫。
機体を降りる。
整備兵たちがすぐに取り付く。
鵺が近づいてくる。
「どうだった?」
雪夏は一瞬だけ考え、答える。
「……理想に近い」
鵺が笑う。
「でしょ?」
その時、背後から声がする。
「その評価は早いな」
振り向く。
そこに立っていたのは——
先ほどの機体のパイロット。
白髪のボブ。
赤い瞳。
引き締まった体。
雪夏は一瞬、言葉を失う。
(……似ている)
いや、違う。
(完成している)
その存在は、自分の“先”にあるもののように感じられた。
女はまっすぐに雪夏を見る。
「大城雪夏」
名前を呼ばれる。
「はい」
「動きは悪くない」
短い評価。
「だが」
一歩近づく。
「まだ“個人”だ」
その言葉が、胸に刺さる。
「ここでは、それでは死ぬ」
沈黙。
雪夏は、目を逸らさない。
「では、どうすればいい」
女は少しだけ笑った。
「考えろ」
それだけ言って、背を向ける。
去っていく背中。
雪夏は、その場に立ち尽くす。
(個人では、死ぬ)
その意味を、理解し始めていた。
鵺が隣で小さく呟く。
「気に入られたわね」
「そうなのか」
「ええ」
少しだけ間を置いて、続ける。
「ヤマトに」
その名前が、初めて明確に刻まれる。
外縁独立機動部隊司令官。
ヤマト。
雪夏はその名を、静かに繰り返した。
「……ヤマト」
そして理解する。
(ここが、本当の始まりだ)
ーーー
「仲間」
朝は、来ていた。
だがそれは穏やかなものではない。
サイレンと共に始まり、怒号と共に続く。
「弾薬、こっちだ!急げ!」
「その脚部まだ外すな、次の出撃で使う!」
「医療班、担架足りてねえぞ!」
沖縄外縁機動部隊。
そこには“休息”という概念が薄かった。
雪夏は格納庫の端に立ち、その光景を見ていた。
昨日の戦闘から、まだ数時間しか経っていない。
それでも——
誰一人として止まっていない。
(これが、外縁)
その時、背後から軽い声がかかる。
「立ってるだけなら邪魔よ」
振り返る。
鵺だった。
手には工具。
顔には油汚れ。
「なら、何をすればいい」
鵺は少しだけ考え、顎で示す。
「そこの機体、脚外して」
雪夏は一瞬だけ眉を動かす。
「整備は専門外だ」
「ここじゃ関係ないわ」
鵺はあっさり言う。
「戦うなら、直せなきゃ死ぬ」
沈黙。
雪夏は無言で機体に近づく。
損傷した《雷撃》。
脚部アクチュエータが焼けている。
(構造は理解できる)
工具を手に取る。
ボルトを外す。
ケーブルを切り離す。
油が手に付く。
慣れていない。
だが止まらない。
「へぇ」
鵺が横で見ている。
「意外とやるじゃない」
「理屈は同じだ」
雪夏は淡々と答える。
「動かすか、直すかの違いだ」
鵺は小さく笑った。
「そうね。それが分かってるなら大丈夫」
その時、別の整備兵が声をかけてくる。
「新入りか?」
顔を上げると、無精髭の男が立っていた。
「大城雪夏」
「俺は工藤だ。整備班」
軽く手を挙げる。
「昨日の戦闘、見てた」
雪夏は手を止める。
「無茶しやがるな」
「必要だった」
「そういう奴、嫌いじゃねえ」
工藤は笑う。
「だがな」
少しだけ顔が真面目になる。
「一人でやるな」
雪夏は黙る。
「ここじゃな、誰かが無理すると、誰かが死ぬ」
その言葉は、軽くはなかった。
(小隊長……)
あの時の光景がよぎる。
「……分かっている」
だが、その声にはわずかな迷いがあった。
工藤はそれを見逃さない。
「分かってねえな」
短く言う。
「まあいい。これから覚えろ」
その時、遠くで笑い声が上がる。
「おい新入り!」
振り向く。
若い兵士が手を振っている。
「飯行くぞ!」
時計を見る。
確かに食事の時間だ。
雪夏は少しだけ戸惑う。
「……今か」
「今しかねえんだよ!」
笑いながら言う。
鵺が肩をすくめる。
「行ってきなさい。整備は逃げないけど、食事はなくなるわよ」
雪夏は工具を置く。
食堂へ向かう。
外縁の食堂は、騒がしかった。
笑い声。
怒鳴り声。
食器の音。
だが——
どこか温かい。
「こっちだ!」
先ほどの兵士が手招きする。
席に着く。
配給は質素だが、量はある。
「昨日は助かった」
別の兵士が言う。
「来なかったら全滅だった」
雪夏は少しだけ目を伏せる。
「間に合わなかった者もいる」
沈黙。
だがすぐに、誰かが言う。
「それでも来た」
その一言で、空気が戻る。
「それが全部だ」
笑いが戻る。
雪夏は初めて、少しだけ肩の力を抜いた。
(……違う)
北軍とは。
(ここは——)
誰も、見捨てていない。
その時。
「楽しそうね」
鵺がいつの間にか隣に立っていた。
「どう?仲間ってやつは」
雪夏は少し考える。
そして答える。
「……まだ分からない」
鵺は笑う。
「正直でいいわ」
そして小さく続ける。
「でもね」
少しだけ真面目な声になる。
「その“分からない”が、あなたを変えるわよ」
雪夏は何も言わない。
ただ、目の前の食事を見る。
そして、周囲の人間を見る。
笑っている。
食べている。
生きている。
(守るべきもの)
それが、初めて“形”を持った。
その瞬間。
警報が鳴る。
《全機出撃準備!敵大規模接近!》
食堂の空気が一瞬で変わる。
誰も騒がない。
ただ立ち上がる。
「続きは後だな」
誰かが笑う。
雪夏も立ち上がる。
(個人では、死ぬ)
だが——
(仲間がいれば)
その答えを、確かめる時が来た。
ーーー