第2話 「初めての“合わない音”」
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
音楽室の空気は、まだ少しだけぎこちないままだった。窓の外では、夕方の光がじわじわと教室に沈んでいく。机の影が伸びて、楽器の輪郭だけが妙にくっきりしていた。「じゃあ……やるの?」
本文
音楽室の空気は、まだ少しだけぎこちないままだった。
窓の外では、夕方の光がじわじわと教室に沈んでいく。 机の影が伸びて、楽器の輪郭だけが妙にくっきりしていた。
「じゃあ……やるの?」
朝比奈ミオが、少しだけ声のトーンを落とす。 さっきまでの勢いが、ほんのわずかに弱まっていた。
「……1回だけだって言った」
天音ユウはギターケースを開ける。
金属の匂い。 弦の冷たい光。
その瞬間だけは、誰とも目を合わせない。
黒崎レイが壁にもたれたまま腕を組む。
「どうせ形にもならないだろ」 「最初からそんなこと言うなって!」
ミオが即座に反応する。
白雪カノンはキーボードの前で、そわそわしていた。
「ろ、ロックのセッション……初めてです……手が震えます……」 「震えてるのはいつもだろ」 レイのツッコミは容赦ない。
「えっと!! 私ドラムいきます!!」 夏川ソラがスティックを構える。
「カウントいきますよ!? いきますよ!?」 「早い早い」
ミオが笑いながら止める。
ユウは小さくため息をついた。
(……本当にできるのか、これ)
ミオが深呼吸する。
「じゃあ……いくよ!」
――トンッ。
軽いキーボードの音。
カノンの指が鍵盤を押す。
その直後。
ドンッ!!
ソラのドラムが入る。
「うわっ!? 音でかっ!?」
レイが思わず顔をしかめる。
そして――
ユウがギターを鳴らした。
ジャァァン。
一瞬だけ、空気が変わった。
(……)
ユウの指が止まりかける。
ズレている。
リズムが合っていない。
ミオの歌も、まだ探り探りだ。
「♪〜届けたいこの気持ちを〜」
音が、バラバラにぶつかる。
ドラムが走る。 キーボードが遅れる。 ベースはまだ入っていない。 ギターは迷っている。
「ちょ、ちょっと待って!!」 ソラが慌てて止まる。
「今どこ叩いてる!?私!!」 「知らないよ!!」 ミオも笑いながら叫ぶ。
「いやいやいや、全部ズレてる」 レイが冷静に言う。
「うぅ……ロックって難しいです……」 カノンが涙目になる。
音楽室に沈黙が落ちた。
ユウはギターを下ろす。
「……だから言っただろ」
ミオが唇を結ぶ。
でも、すぐに顔を上げた。
「でもさ!」
「まだ1回目じゃん!」
その声は、さっきよりも強かった。
「最初から上手くいくバンドなんてないって!」
レイが鼻で笑う。
「理想論だな」 「理想でもいいじゃん!」
ミオはレイをまっすぐ見る。
「やってみなきゃ分かんないでしょ!」
一瞬、空気が止まる。
ユウはそのやり取りを見ていた。
(……うるさい)
でも。
(……嫌じゃない)
そのとき。
カノンがぽつりと言った。
「でも……さっき一瞬だけ、合った気がしました」
「え?」 ミオが振り向く。
「ほんの一瞬だけ……音が重なった瞬間があって……」
ソラも頷く。
「私も! なんか“今の気持ちいい!”って思いました!」
レイは小さく舌打ちする。
「偶然だろ」 「偶然でもいいじゃん!」
ミオが即答する。
ユウはその会話を聞きながら、無意識にギターの弦に触れた。
(偶然、か)
でも――
さっきの一瞬だけは。
確かに、何かが揃った気がした。
ミオが手を叩く。
「じゃあさ! 作戦変更!」
「作戦?」 レイが眉をひそめる。
「そう!」
ミオは笑った。
「今日は“合わせる練習”じゃなくて――」
一拍置いて、言った。
「“バラバラのまま音を出す練習”にしよう!」
「意味が分からん」 レイが即答。
「分かんなくていいの!」
ミオはギターの方を向く。
「ユウちゃんも、好きに弾いていいよ」 「……は?」
「合わせなくていいから」
その言葉に、ユウは少しだけ固まる。
(合わせなくていい?)
今までずっと。
“合わせられない自分”を否定されてきた。
なのにこの子は。
「好きに弾いていい」って言った。
ユウはギターを見つめる。
沈黙。
そして――
小さく息を吐いた。
「……1回だけだぞ」
ミオがニッと笑う。
「うん!」
レイがため息をつきながらもベースを構える。
「どうなっても知らないからな」
カノンが鍵盤に手を置く。
ソラがスティックを握り直す。
「いきます!! 次は絶対ズレないように……!」
「それは無理だろ」 「ひどい!!」
ミオが大きく息を吸う。
「じゃあ――いくよ!!」
そして。
バラバラのまま。
もう一度、音が鳴り始めた。
でも今度は。
さっきより少しだけ。
“怖くなかった”。