第3話 「音が少しだけ揃った日」
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
放課後。星ノ宮学園の校舎は、夕方になると一気に静かになる。廊下に響くのは、遠くの運動部の掛け声と、風が窓を揺らす音だけ。
本文
放課後。
星ノ宮学園の校舎は、夕方になると一気に静かになる。
廊下に響くのは、遠くの運動部の掛け声と、風が窓を揺らす音だけ。
その中で――音楽室だけが、少しだけ“別の世界”になっていた。
「……また来ちゃったね」
朝比奈ミオが、ドアを開けながら笑う。
昨日までなら“偶然の集まり”だったはずの場所。
でも今日は、誰もいなかった。
それなのに、自然と全員が来ていた。
天音ユウはギターケースを肩にかけたまま、無言で中に入る。
黒崎レイはすでにベースを持って椅子に座っていた。
「遅い」
「まだ時間じゃない」 ユウは短く返す。
「どっちでもいいだろ」 レイは興味なさそうに視線を外す。
白雪カノンはピアノ椅子にちょこんと座り、鍵盤をそっと撫でていた。
「今日も……音楽できるんですね……幸せです……」
「幸せのハードル低すぎない?」 ミオが笑う。
そして――
「おはようございますっ!!」
ドアが勢いよく開く。
夏川ソラが、ドラムスティックを両手に持って飛び込んできた。
「今日も元気です!! たぶん!!」
「たぶんって何」 レイが即ツッコミ。
ユウはその光景を見ながら、小さく息を吐いた。
(……昨日と同じだ)
なのに。
どこか違う気がした。
ミオが中央に立つ。
「じゃあ今日もやろう!」
「“バラバラ練習”!」
「まだそれ続けるのかよ」 レイが呆れる。
「続けるよ! だって昨日ちょっと良かったでしょ?」
ミオはユウを見る。
ユウは視線をそらす。
「……別に」
「ほらー! ちょっと照れてるー!」
「うるさい」
軽い空気。
でも、誰も帰ろうとはしなかった。
それが少しだけ、不思議だった。
カンッ。
ソラがスティックを鳴らす。
「いきます!!」
ドンッ!!
ドラムが入る。
少しだけ、昨日より安定している。
カノンが鍵盤を押す。
ポロン……
「……昨日より、怖くないです」
レイがベースを鳴らす。
ボンッ。
低い音が、床に落ちるように響く。
「……まあ、マシにはなったな」
ミオが笑う。
「よし! じゃあ私いくね!」
息を吸う。
そして――
歌が始まる。
「♪ 夕焼けの空に〜」
昨日よりも、少しだけ声が安定している。
ユウはそれを聞きながら、ギターを構えた。
(合わせるな)
ミオの言葉を思い出す。
“好きに弾いていい”
その意味が、まだよく分からない。
でも。
指は勝手に動いた。
ジャァン。
ギターの音が入る。
ミオの歌に重なる。
レイのベースが少し遅れて追う。
ソラが一瞬だけズレて、慌てて叩き直す。
カノンがそれを見て、音を足す。
その瞬間。
ほんの一瞬だけ。
音が揃った。
――ふわっ。
空気が変わる。
誰も何も言わないのに。
“合ってる”と分かる瞬間。
ミオの目が少し大きくなる。
(……今)
ユウも気づく。
指が止まりそうになる。
でも止めない。
レイも一瞬だけ、表情を変えた。
「……っ」
カノンは小さく笑う。
「今の……すごくロックでした……」
「どこが!?」 ソラが慌てる。
でも、その混乱の中に――確かに“音の芯”があった。
曲が終わる。
静寂。
息が少しだけ乱れている。
ミオがゆっくり息を吐く。
「……今の、聞いた?」
「聞いた」
レイが短く言う。
「偶然だ」 「偶然でもいいじゃん!」
ミオは笑う。
でもその笑いは、昨日より少しだけ真剣だった。
ユウはギターを見つめる。
(今のは……何だ)
ただバラバラに鳴っていたはずの音。
なのに一瞬だけ、形になった。
ミオが言う。
「ね、やっぱりさ」
「このメンバーじゃないとダメなんだと思う」
レイが眉をひそめる。
「根拠は?」
「分かんない」
即答。
「でもさ、昨日より今日の方がちょっと良かったでしょ?」
「気のせいだ」 レイは即否定。
でも、その声は弱かった。
カノンが小さく手を挙げる。
「あの……クラシックでは、こういうの“共鳴”って言うんですけど……」
「共鳴?」 ミオが首をかしげる。
「音が……人の気持ちに引っ張られる感じです」
ユウはその言葉を聞いていた。
(気持ちに、引っ張られる)
そんなもの、今まで信じたことがない。
でも――
さっきの“揃った瞬間”は。
確かにそれだった気がする。
窓の外。
夕焼けが、少しだけ濃くなる。
空が赤から紫へ変わっていく。
ミオがぽつりと言った。
「ねえ、この学校さ」
「毎年、Starlight Festivalあるんだよね」
その言葉に、空気が少し変わる。
レイが目を細める。
「知ってるのか」
「うん! すごいやつなんでしょ?」
カノンが目を輝かせる。
「全国のバンドが来るやつです……憧れです……」
ソラが拳を握る。
「出たいです!!」
レイは鼻で笑う。
「無理だろ」
その言葉が、音楽室に落ちる。
ユウは何も言わない。
ただ、ギターを見ている。
ミオは一瞬だけ黙る。
でも、すぐ笑った。
「じゃあさ」
「出ようよ」
空気が止まる。
「は?」
レイの声。
「は?」
ソラの声。
「ええ……?」 カノンの声。
ユウは顔を上げない。
ミオは続ける。
「だってさ」
「今の音、ちょっと“いけそう”だったじゃん」
誰も答えない。
でも――
誰も否定しきれなかった。
夕焼けの音楽室で。
まだ名前のないバンドは。
初めて同じ“方向”を見た。
そしてその奥で。
ユウだけが、小さく思う。
(……ほんとに、やるのか)
ギターの弦が、夕日に光った。