第5話 「崩れかけた音楽室」
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
放課後。音楽室の扉は、今日は少し重く感じた。中に入る前から分かる。
本文
放課後。
音楽室の扉は、今日は少し重く感じた。
中に入る前から分かる。
空気が違う。
「……レイ、今日いないかもって」
朝比奈ミオがぽつりと言った。
ユウは足を止める。
「は?」
「連絡、返ってないんだって」
その言葉に、ソラが不安そうに顔を上げる。
「えっ……それって、バンド的にやばくないですか!?」 「やばいって言うな」 ミオが苦笑する。
でも笑い切れていない。
音楽室のドアを開けると、そこにいたのは三人だけだった。
黒崎レイのベースケースは、まだ来ていない。
カノンが不安そうに鍵盤を見つめる。
「……音が、足りない気がします」
ソラがスティックを握りしめる。
「私、昨日より頑張れます!! たぶん!!」
「たぶん多いな今日」 ミオが突っ込むが、声は軽くない。
ユウは何も言わずギターを下ろす。
しばらく沈黙が続く。
誰も「始めよう」と言えない。
そのとき。
ミオが突然、手を叩いた。
「じゃあさ!」
「レイ抜きでやってみよ!」
「え!?」 ソラが目を丸くする。
「無茶です……ベースないと……」 カノンも戸惑う。
ユウは顔を上げる。
「……意味あるのか」
ミオは笑う。
「あるかどうかはやってから決めよ!」
音楽が始まる。
ドンッ。
ソラのドラムは少し速い。
ポロン。
カノンのピアノは探り探り。
ユウはギターを鳴らす。
ジャァン。
でも――
どこか軽い。
いつもより“支え”がない。
音が、宙に浮いている。
ミオが歌う。
「♪ ひとりじゃないって言ってたのに〜」
声が少し揺れる。
ユウは気づく。
(重い)
レイがいないだけで、ここまで違うのか。
途中で、ソラのリズムが崩れる。
「あっ、ごめんなさい!!」
カノンの音も止まる。
「私も……今の分からなくなりました……」
音楽が止まる。
静寂。
ミオが息を吐く。
「……やっぱダメか」
初めて聞く声だった。
少しだけ、弱い。
ユウはギターを見つめる。
(これが、欠けるってことか)
レイはうるさい。
文句も言う。
でも。
“音の土台”だったのかもしれない。
そのとき。
ガラッ。
扉が開く。
「……うるさいな」
低い声。
黒崎レイが立っていた。
ベースケースを肩にかけたまま。
ミオが振り向く。
「レイ!!」
「遅い」 ユウが短く言う。
レイは一度だけ視線を落とす。
「悪い」
その一言だけ。
誰も何も言えなかった。
レイはベースを下ろす。
「続きやるぞ」
ミオが少しだけ笑う。
「……うん!」
再び音が鳴る。
ドン。
ボン。
ポロン。
ジャァン。
今度は違った。
さっきまでの“軽さ”が消えている。
代わりに、少し重い。
でも、安定している。
レイのベースが入るだけで、世界が揃う。
ユウは思う。
(やっぱり、違う)
ミオが歌う。
今度は、声がまっすぐだった。
「♪ ひとりじゃないって、信じたいから〜」
その瞬間。
音が一瞬だけ、重なった。
昨日より強く。
第3話より深く。
第4話より確かに。
ユウの指が止まりかける。
(今のは――)
でも止めない。
弾き続ける。
曲が終わる。
静寂。
今度は誰もすぐに喋らない。
ミオがぽつりと言う。
「……やっぱ、レイ必要じゃん」
レイは少しだけ目を細める。
「今さら気づくな」
「えへへ」
ミオは笑う。
でも、その笑いの奥に、少しだけ安心が混じっていた。
ユウはギターを見つめる。
(欠けると、崩れる)
でも同時に思う。
(揃うと、強くなる)
カノンが小さく呟く。
「音って……人みたいですね」
ソラが頷く。
「誰か欠けると、寂しいです!」
レイはため息をつく。
「当たり前だろ」
ミオが笑う。
「じゃあさ」
「ちゃんとバンドになってきてるってことだね」
夕焼けが音楽室に差し込む。
赤い光の中で。
まだ不完全な5人は。
少しだけ“バンド”に近づいていた。