第8話 「歌詞のない気持ち」
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
翌日の昼休み。星ノ宮学園は、いつも通り騒がしかった。廊下を走る足音。購買へ向かう生徒の叫び声。教室から漏れる笑い声。
本文
翌日の昼休み。
星ノ宮学園は、いつも通り騒がしかった。
廊下を走る足音。 購買へ向かう生徒の叫び声。 教室から漏れる笑い声。
でも――
軽音部の空気だけは、どこか落ち着かなかった。
「……で」
黒崎レイが机に肘をつく。
「誰が歌詞書くんだ?」
沈黙。
一瞬で空気が止まる。
夏川ソラがそっと目を逸らした。
白雪カノンはノートを閉じる。
朝比奈ミオは固まった笑顔のまま停止。
天音ユウだけが静かに弦を触っていた。
キィン……
「……いや」
ミオがぎこちなく笑う。
「ノリでなんとかならない?」 「ならない」 レイ即答。
「ですよねぇ!!」
ソラが机に突っ伏す。
昨日できたのは、あくまで“断片”だった。
メロディ。 空気。 感情。
でも、“曲”にするには足りない。
特に歌詞。
それが、一番難しかった。
「ミオ先輩、歌ってたじゃないですか!」
ソラが勢いよく顔を上げる。
「“消えそうな星を〜”って!」
「いやあれ即興だし!?」 「天才では!?」 「違う違う違う!!」
ミオが全力で手を振る。
「なんかこう……その場の勢いっていうか……!」
レイがため息をつく。
「勢いでFestival出る気か」 「うっ」
痛いところを突かれて黙る。
カノンが小さく口を開いた。
「あの……」
全員が見る。
「歌詞って、“上手い言葉”じゃなくてもいいと思うんです」
レイが眉を動かす。
カノンは少し緊張しながら続けた。
「昨日の歌……すごく綺麗でした」
「たぶん、“本当に思ったこと”だったから」
ミオが少し黙る。
「……本当に思ったこと」
その言葉を、ゆっくり繰り返す。
ユウは静かにその会話を聞いていた。
(本当に思ったこと、か)
そんなもの。
音にするのが一番怖い。
言葉にした瞬間、壊れる気がする。
だから今まで、ギターでしか話さなかった。
ミオが突然立ち上がる。
「よし!」
「じゃあ今日は、“みんなの本音大会”しよう!!」
「は?」 レイが露骨に嫌そうな顔をする。
「え!? なにそれ面白そう!!」 ソラは乗り気。
「ろっくは感情です……!」 カノンも謎に納得している。
ユウは嫌な予感しかしなかった。
ミオがホワイトボードを持ってくる。
「はい! じゃあ質問です!」
バンッ!!
『今、一番怖いこと』
「重っ!?」 ソラが叫ぶ。
「なんで最初から重いの!?」 「歌詞ってそういうのできてる気がする!」 ミオは謎の自信。
「じゃ、ソラちゃんから!」 「えぇぇぇ!?」
ソラはしばらく悩み――
「……ミスして、みんなに置いてかれることです」
音楽室が少し静かになる。
ソラは苦笑いした。
「私だけ初心者だから」
「みんなすごいし」
「だから、ちゃんと追いつけるかなって」
その声は、いつもの明るさより少し小さい。
ミオが優しく笑う。
「大丈夫」
「今、一番前でうるさいのソラちゃんだから」 「褒められてます!?」 「多分」 レイが言う。
少しだけ笑いが起きる。
「次、カノンちゃん!」
「は、はいっ」
カノンは胸の前で手を握る。
「私は……」
少しだけ俯く。
「クラシックしか知らなかったので」
「もし皆さんに“合わない”って思われたら怖いです」
ユウの視線が少し動く。
カノンは続ける。
「私はロック初心者だから」
「皆さんみたいに、自由に音を出せなくて……」
その声は震えていた。
でも。
レイが小さく言った。
「お前の音、ちゃんと残ってる」
カノンが顔を上げる。
「え……?」
「昨日のイントロ」
「お前のピアノがなかったら成立してない」
静かな声。
でも本音だった。
カノンの目が少し潤む。
「……っ」
「ろっくって、優しいんですね……」 「勘違いするな」 レイが即否定。
「次、レイ!」
「断る」 「ダメです」
ミオが食い気味に言う。
レイは盛大にため息をついた。
長い沈黙。
やがて。
「……また壊れることだ」
音楽室が静まり返る。
誰もふざけなかった。
レイは窓の外を見たまま続ける。
「最初は楽しい」
「でも段々ズレる」
「気づいたら誰かが無理してる」
低い声。
雨の日の話を思い出す。
「……だから」
「期待しすぎるのが怖い」
その言葉に。
ミオの表情が少しだけ揺れた。
次。
空気が自然とユウへ向く。
「……え」
ユウが露骨に嫌そうな顔をする。
「ユウちゃんは?」 ミオが優しく聞く。
「……ない」 「絶対ある」 「ない」 「ある」
押し問答。
ソラまで乗っかる。
「聞きたいです!!」 「私もです……!」 「……最悪だ」
ユウは深くため息を吐いた。
そして。
小さく呟く。
「……信じること」
空気が止まる。
ユウは俯いたまま。
「仲間とか」
「バンドとか」
「そういうの」
指先が少し震える。
「また壊れたらって思うと」
「……面倒だから」
ミオは何も言わなかった。
ただ、静かに聞いていた。
長い沈黙。
でも、不思議と重くなかった。
ソラが小さく言う。
「なんか……」
「みんな怖いんですね」
レイが鼻で笑う。
「当たり前だろ」 「でも」
カノンが微笑む。
「だから音って、必要なのかもしれません」
ユウは少しだけ顔を上げる。
カノンは続ける。
「言葉にできない気持ちを、音にできるから」
その瞬間。
ミオが目を輝かせた。
「――それだ!!」
全員がビクッとする。
ミオはホワイトボードに勢いよく書き始める。
『言葉にできない気持ち』
「これだよ!! 今の曲!!」
「怖いけど」 「壊れそうだけど」 「でも、音を出したい」
「それがShine Starsじゃん!!」
ユウの心臓が少し跳ねる。
レイも黙っていた。
ソラが拳を握る。
「なんか……急に曲っぽくなってきました!!」
カノンも嬉しそうに頷く。
「はい……!」
ミオは笑う。
まっすぐに。
「じゃあさ」
「この曲、“私たちの気持ち”入れよう」
夕陽が差し込む音楽室。
まだ未完成で。 まだ不器用で。 まだ怖い。
それでも5人は。
少しずつ、“本当の音”に近づいていた。