第9話 「初めての衝突」
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
放課後。夕焼けが、校舎を赤く染めていた。音楽室の窓から入る西日が、床に長い影を作っている。
本文
放課後。
夕焼けが、校舎を赤く染めていた。
音楽室の窓から入る西日が、床に長い影を作っている。
アンプのランプ。 譜面台。 散らかったコード。
いつもの景色。
でも今日は――少しだけ空気が張っていた。
「じゃあAメロ、もう一回いくよ!」
朝比奈ミオがマイクを握る。
天音ユウがギターを構える。
白雪カノンが鍵盤へ指を置く。
夏川ソラがスティックを回す。
黒崎レイは、静かに全員を見ていた。
「……せーの」
ジャァン――!!
音が始まる。
昨日までより、確実に形になっている。
ユウのギターが軸を作る。 カノンのピアノが空気を広げる。 レイのベースが低音を支える。 ソラのドラムが前へ押す。 ミオの歌が真ん中を貫く。
少しずつ。
ちゃんと“曲”になってきていた。
――だが。
「違う」
突然、レイが演奏を止めた。
音が切れる。
ソラがビクッと肩を震わせる。
「えっ!?」 「ドラム」
レイが真っ直ぐソラを見る。
「走りすぎ」
ソラの顔が固まる。
「……っ、ご、ごめんなさい!」
「謝る前に聞け」
低い声。
冷たいわけじゃない。
でも厳しい。
「今、お前だけ前に出てた」
ソラはスティックを握りしめる。
「……はい」
空気が少し重くなる。
「もう一回」
レイが言う。
演奏再開。
だが今度は――
「カノン」
音が止まる。
カノンがビクッとする。
「コード変わるタイミング遅い」 「す、すみません……!」
「謝罪大会かここは」
レイがため息をつく。
ミオが少しだけ困った顔をした。
ユウは黙っている。
でも。
(分かる)
レイの言ってることは正しい。
今まで“雰囲気”で繋がっていた音が、曲になり始めたからこそ。
ズレが目立つ。
甘さが消える。
「……もう一回」
三度目。
演奏。
今度は少し良くなる。
だが。
「ミオ」
歌が止まる。
ミオが目を瞬かせる。
「語尾、走ってる」
「え」 「感情入りすぎてテンポ崩れてる」
ミオの表情が少し曇る。
「……でも今、気持ち入ってたよ?」 「入れるなとは言ってない」
レイの声は変わらない。
「曲を壊すなって言ってる」
空気が止まった。
ミオがマイクを下ろす。
「……それ、そんなにダメ?」
レイは即答した。
「ダメだ」
「なんで!?」 ミオの声が強くなる。
「気持ち乗った方が良くない!?」 「“気持ちいい”だけの演奏ならカラオケでいい」
その瞬間。
音楽室が静まり返った。
ソラが息を呑む。
カノンも固まる。
ユウだけが、静かにレイを見ていた。
(……来た)
初めての、本格的な衝突。
ミオの目が揺れる。
「……そんな言い方なくない?」
「事実だ」
「でも!」
ミオが前へ出る。
「私たち、まだ始まったばっかじゃん!」
「だから甘くていいって?」 「そうは言ってない!」
声がぶつかる。
レイは一歩も引かない。
「Festival出たいんだろ」
「だったら“楽しいだけ”じゃ無理だ」
「……っ」
ミオが言葉を詰まらせる。
その顔を見て、ユウの胸が少しざわつく。
(あの顔)
ずっと前。
自分もしたことがある。
“好き”を否定された時の顔。
「レイ先輩……」
ソラが恐る恐る口を開く。
「そんなに厳しくしなくても……」
「厳しい?」
レイが振り向く。
「本番はもっと厳しい」
静かな声。
でも重い。
「客は待ってくれない」
「ミスした瞬間、終わる」
「ズレた瞬間、冷める」
誰も反論できない。
それが“知ってる人間”の言葉だから。
でも。
ミオは俯いたまま、小さく言った。
「……じゃあ」
「楽しくなかったの?」
レイが止まる。
ミオは顔を上げる。
少しだけ目が赤い。
「前のバンド」
「そんなに苦しかっただけ?」
空気が固まる。
レイの表情が初めて揺れた。
ほんの少し。
一瞬だけ。
沈黙。
長い沈黙。
やがてレイは目を逸らした。
「……楽しかった」
小さい声。
でも、確かだった。
ミオは静かに聞く。
レイは続ける。
「だから、壊れた時キツかった」
その言葉に。
誰も何も言えなくなる。
夕陽が音楽室を赤く染める。
空気が熱い。
でも苦しい。
そのときだった。
ジャァン――……
突然、ギターの音が鳴る。
全員が振り向く。
ユウだった。
無言のまま弾いている。
静かなフレーズ。
でも。
少しだけ優しい音。
ミオとレイ、両方を落ち着かせるみたいに。
カノンがそっと鍵盤を重ねる。
ソラも静かにリズムを入れる。
レイは黙る。
ミオも何も言わない。
ただ。
音だけが流れる。
ユウは思っていた。
(どっちも間違ってない)
ミオの“気持ち”も。 レイの“現実”も。
どっちも必要だ。
どっちかだけじゃ、多分壊れる。
だから。
“重なる場所”を探すしかない。
やがて、演奏が止まる。
静寂。
ミオが小さく笑った。
「……なんかさ」
「ユウちゃん、そういう時だけズルいよね」
「……は?」 「言葉じゃなくて音で止めるじゃん」
ユウは視線を逸らす。
「別に」 「出た、“別に”」
ソラが少し吹き出す。
カノンも小さく笑う。
空気が、少しだけ戻る。
レイは深く息を吐いた。
「……悪かった」
全員が目を丸くする。
「え」 「レイ先輩が謝った!?」 「雪降ります!?」 「うるさい」
でも。
その声は少し柔らかかった。
ミオもマイクを握り直す。
「……私も、熱くなりすぎた」
レイが頷く。
「でも」
ミオは笑う。
「気持ちは、絶対消したくない」
レイは少し黙って。
「……なら」
「技術で支えろ」
そう言った。
その瞬間。
ユウは少しだけ思った。
(今の、多分)
“バンドっぽかった”。
ぶつかって。 ズレて。 それでも、また音を出す。
完璧じゃない。
でも。
昨日までより、少しだけ本物だった。