第10話 「初ライブ」
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
六月。空気が少し変わり始めていた。春の柔らかさが消え、湿った熱気が校舎に残る。
本文
六月。
空気が少し変わり始めていた。
春の柔らかさが消え、湿った熱気が校舎に残る。
窓の外では蝉が鳴き始めている。
その日。
音楽室の扉は、いつもより早く開いていた。
「……で」
黒崎レイが腕を組む。
「なんでこうなった」
朝比奈ミオが満面の笑みで親指を立てた。
「ライブ決まった!!」 「はぁ!?」
夏川ソラが椅子から転げ落ちる。
「ラ、ライブ!? え!? もう!?」 「早すぎる」 ユウも珍しく即答した。
カノンだけは目を輝かせている。
「ら、ライブ……!」
手が震えていた。
「本物のライブハウスですか!?」 「いや、校内だけど」 「でもライブはライブです……!!」
ミオが勢いよくチラシを見せる。
『七夕ミニライブ
出演者募集!』
「文化祭前の小イベントなんだけどね!」
「軽音部、毎年出てたらしいし!」
レイが深くため息を吐く。
「……まだ一曲しかないだろ」 「だから出るんじゃん!」
ミオは迷いがない。
「完成させる目標、必要でしょ?」
ユウはその言葉に少し黙る。
(ライブ)
人前で演奏する。
昔の記憶が少しだけ胸を刺す。
歓声。 照明。 ノイズ。 崩れる音。
無意識に指先へ力が入る。
「ユウちゃん?」
ミオが顔を覗き込む。
「……別に」 「顔こわいよ?」 「うるさい」
レイだけが、その表情を少し見ていた。
数日後。
練習は一気に厳しくなった。
「ソラ、走るな!」 「はいぃぃ!!」
ドンッ!! タンッ!! バタッ!!
「うわぁぁぁ!! ミスったぁ!!」
「カノン、そこコード違う」 「す、すみません……!」
「ミオ、語尾!」 「今直そうとしてる!!」
音楽室の空気が張り詰める。
前より会話が少ない。
その代わり、音が増えた。
何度も。 何度も。 何度も。
同じフレーズを繰り返す。
ユウは感じていた。
(焦ってる)
全員。
ライブが近づくたびに。
余裕が消えていく。
「……休憩」
レイの声で、全員が崩れる。
「つっかれたぁぁぁ……」 ソラが床へ倒れ込む。
ミオも椅子に座り込んだ。
「ライブってこんな大変なの……?」
「本番前はもっとキツい」 レイが水を飲みながら言う。
「えぇ……」
カノンは手を見つめていた。
少し震えている。
「大丈夫?」 ミオが聞く。
「……はい」
でも声が弱い。
ユウはそれに気づいていた。
(無理してる)
でも、自分も余裕がなかった。
ライブ前日。
事件は起きた。
「……え」
ソラの声が震える。
音楽室に、重い空気が落ちる。
カノンが俯いていた。
「……ごめんなさい」
「指、痛めました……」
静寂。
ミオが立ち上がる。
「え、ちょっと待って!? 大丈夫なの!?」 「軽い腱鞘炎です……」
カノンの右手は、うっすら赤くなっていた。
「昨日、家でも練習しすぎて……」
ソラの顔が青ざめる。
「ライブ……」 「出ます」
即答だった。
でも。
レイが低い声で言う。
「無理だ」
カノンが顔を上げる。
「でも……!」 「今壊したら終わる」
レイの声は冷静だった。
だからこそ重い。
ミオが言葉を探す。
「でも……ここまで頑張ってきたし……」 「だから止めるんだ」
レイは即答した。
「今の状態で無理に弾いたら、演奏全部崩れる」
空気が凍る。
カノンの目に涙が浮かぶ。
「……私のせいで」
「違う!」 ミオが即座に否定する。
でも。
その瞬間。
ユウが小さく言った。
「……曲、変えればいい」
全員が振り向く。
ユウは静かにギターを見ていた。
「キーボード減らす」
「その代わり、ギターで空間埋める」
レイが眉をひそめる。
「お前」 「できる」
短い声。
でも迷いがない。
ユウは続ける。
「全部完成してなくてもいい」
「今の5人で鳴らせる形にすればいい」
静寂。
その言葉に、一番驚いていたのはミオだった。
(ユウちゃんが……)
今まで、一番“距離”を取っていた人。
そのユウが。
“5人”って言った。
カノンの目から涙が落ちる。
「……ごめんなさい」
「だから謝るなって」
ミオが笑う。
少し泣きそうな顔で。
「私たち、バンドなんだから」
その瞬間。
レイが小さく息を吐いた。
「……一回合わせるぞ」
ライブ当日。
体育館。
簡易ステージ。
まだ小さいイベント。
でも。
Shine Starsにとっては、初めての“本番”。
舞台袖。
ざわめき。 マイクチェック。 照明の熱。
ソラがガタガタ震えていた。
「む、無理です無理です無理です!!」 「昨日まで“楽しみ!”って言ってただろ」 レイが呆れる。
「本番は別ですぅぅ!!」
カノンも緊張していた。
「し、心臓の音がテンポ速いです……」
ミオは深呼吸を繰り返している。
でも。
ユウだけは、異様に静かだった。
「ユウちゃん」
ミオが小さく呼ぶ。
「……何」 「怖い?」
沈黙。
やがて。
「……少し」
初めてだった。
ユウが、ちゃんと認めた。
ミオは少し笑う。
「私も」
その笑顔は、強がりじゃなかった。
「次、軽音部!」
呼ばれる。
スポットライトが眩しい。
歓声は、まだ少ない。
でも。
確かに“観客”がいる。
ユウの心臓が跳ねる。
昔の記憶が蘇る。
失敗。 崩壊。 冷たい空気。
指が止まりそうになる。
その瞬間。
「ユウちゃん」
ミオの声。
「大丈夫」
ソラも言う。
「ミスったら私も一緒にミスります!!」 「それはやめろ」 レイ即答。
少し笑いが起きる。
カノンが小さく頷く。
「今の私たちなら、大丈夫です」
レイはベースを構えた。
「……行くぞ」
ユウは深呼吸する。
そして。
ギターを握り直した。
ジャァァン――……
最初の音が、体育館に響く。
静かなイントロ。
昨日までより少し不完全。
でも。
確かに、“今の5人”の音だった。
ミオが歌う。
「♪ 消えそうな星を、まだ探してる――」
照明が揺れる。
観客が顔を上げる。
音が広がる。
ユウは弾きながら思う。
(消えてない)
怖さも。 不安も。 壊れそうな気持ちも。
全部ある。
それでも。
今、この音は。
ちゃんとここにある。