幕間 傘を干す日
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
祓い師見習いの蓮は、怖がりだ。 怪異を前にすれば足は震える。 札を握る指は汗ばみ、喉は乾く。 それでも、目を逸らすことだけはできなかった。 先輩祓い師の沙耶とともに、蓮は各地に残る怪異を訪ねていく。 灰をまとった狼。 雨の降らない町に増え続ける赤い傘。 誰もいない駅で鳴る鈴。 消えない灯り。 閉じた家に残る声。 だが、怪異はただの化け物ではない。 怒り。 悲しみ。 後悔。 待ち続けた想い。 言えなかった言葉。 見て見ぬふりをされた痛み。 人が受け取れなかった感情は、やがて形を持ち、夜の中を歩き出す。 蓮が使うのは、怪異の奥にある感情を観る札。 沙耶が鳴らすのは、届かなかった声を届ける鈴。 二人の祓いは、怪異を殺すためのものではない。 形になってしまった痛みを、もう一度、人が受け取れるものへ戻すためのものだ。 怖いまま、見る。 震えながら、聞く。 消すのではなく、ほどく。 これは、見習い祓い師・蓮と、過去に向き合い続ける祓い師・沙耶が、各地の怪異と未処理の感情をめぐる連作怪異譚。 祓うべきは、怪物か。 それとも、誰かが見なかったことにした痛みか。
本文
秋晴れの日の午後。
俺たちの事務所兼住居である古い日本家屋の縁側には、生温かい日差しが差し込んでいた。
庭先に面したガラス戸を開け放ち、俺はピンチハンガーに和紙の札を一枚ずつ挟んで吊るしていた。
詠札(えいふだ)や観符(かんぷ)は、湿気を嫌う。
雨無町での赤い傘の案件は、ひたすら雨の中を歩き回るような現場だった。
懐に入れていたとはいえ、和紙はたっぷりと湿気を吸い込み、束全体が重くふやけてしまっている。
「札って、こうやって干すんですね」
俺は、ずらりと並んだ白い和紙の列を見ながら言った。
まるで、小さな洗濯物のようだ。
「湿ったままだと、余計なものを吸うから」
縁側の端に座った沙耶さんが、手元の布を見つめながら答えた。
彼女の膝の上には、銀色の祓い鈴が乗っている。
乾いた柔らかい布で、鈴の表面の曇りを丁寧に拭き取っているところだった。
「余計なもの、ですか」
「そう」
沙耶さんは、鈴の組み紐の結び目を指でほぐした。
「似てるよ、洗濯物と。しっかり乾かさないと、前の現場の匂いが残る」
俺は、自分の手元にある半乾きの観符を鼻に近づけた。
墨の匂いに混じって、あの雨無町の、淀んだ水たまりと冷たい雨の匂いがかすかに蘇った気がした。
誰かが待ち続けた、あのバス停の匂い。
「沙耶さんの鈴も、匂いがつくんですか?」
「鈴は、匂いじゃなくて音が鈍る」
沙耶さんは布を置き、鈴の紐を指先でつまんで持ち上げた。
秋の風が縁側を通り抜ける。
ちりん。
低く、澄んだ音が、陽の当たる庭先へ溶けていった。
その音が完全に消えるまで、沙耶さんはじっと目を閉じていた。
何を聴き取ろうとしているのか、俺には分からない。
俺はただ、風に揺れる和紙の小さな擦れ音を聞きながら、札に残った匂いが完全に消えるのを待っていた。
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