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幕間 終電後の自販機

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/6/15 📚 シリーズ: 祓い師沙耶は、怪異を祓わない ――鳴らない鈴と見習いの記録―― 📝 887文字 ✅ 全年齢

あらすじ

祓い師見習いの蓮は、怖がりだ。 怪異を前にすれば足は震える。 札を握る指は汗ばみ、喉は乾く。 それでも、目を逸らすことだけはできなかった。 先輩祓い師の沙耶とともに、蓮は各地に残る怪異を訪ねていく。 灰をまとった狼。 雨の降らない町に増え続ける赤い傘。 誰もいない駅で鳴る鈴。 消えない灯り。 閉じた家に残る声。 だが、怪異はただの化け物ではない。 怒り。 悲しみ。 後悔。 待ち続けた想い。 言えなかった言葉。 見て見ぬふりをされた痛み。 人が受け取れなかった感情は、やがて形を持ち、夜の中を歩き出す。 蓮が使うのは、怪異の奥にある感情を観る札。 沙耶が鳴らすのは、届かなかった声を届ける鈴。 二人の祓いは、怪異を殺すためのものではない。 形になってしまった痛みを、もう一度、人が受け取れるものへ戻すためのものだ。 怖いまま、見る。 震えながら、聞く。 消すのではなく、ほどく。 これは、見習い祓い師・蓮と、過去に向き合い続ける祓い師・沙耶が、各地の怪異と未処理の感情をめぐる連作怪異譚。 祓うべきは、怪物か。 それとも、誰かが見なかったことにした痛みか。

本文

深夜二時。

駅鈴の案件を終えて泊まった駅前の安いビジネスホテルは、壁が薄く、廊下を歩く足音すら響くような造りだった。

俺は狭いシングルベッドの上に横たわっていたが、どうしても眠りにつくことができなかった。

目を閉じると、あの無人駅のホームの光景がまぶたの裏に浮かんでしまう。

帰る場所があったのに、帰らなかった男の醜く、しかしどこまでも救いのない後悔。

そして、俺が改札に札を置いた時の、あの重苦しい空気の感触。

それが、粘りつくように肌に残っていた。

喉が渇いていた。

俺はベッドから起き上がり、部屋の鍵だけを持って廊下に出た。

蛍光灯が等間隔に並ぶ殺風景な廊下の突き当たりに、製氷機と自動販売機が置かれた小さなスペースがある。

スリッパの音を忍ばせて角を曲がると、自販機の白い明かりの前に、見慣れた後ろ姿があった。

「沙耶さん」

沙耶さんは、薄いグレーのスウェット姿で、缶のホットコーヒーを握っていた。

振り返った彼女は、俺を見ても特に驚いた様子はなかった。

「眠れない?」

静かな声だった。

自販機のモーターが、ブーンと低い音を立てている。

「……はい」

「そう」

俺は自販機に硬貨を入れながら、正直に口にした。

「男の人の声が、まだ耳に残ってて。なんであの人は帰らなかったんだろうとか、そういう考えが頭の中でずっと回ってるんです」

ガチャン、と冷たいお茶のペットボトルが取り出し口に転がり落ちた。

俺はそれを拾い上げ、沙耶さんの横顔を見た。

「こういうのって、早く忘れた方がいいんでしょうか」

「消そうとしなくていい」

沙耶さんは、缶コーヒーのプルタブを開けながら言った。

「無理に忘れる必要はない。というか、忘れられないようにできてるから、私たちがやってる」

「残ったままで、いいんですか」

「残らないなら、たぶん見てない」

彼女はコーヒーを一口飲み、それから自販機の横にある小さな窓の外を見た。

そこからは、深夜の真っ暗な街並みが見えるだけだ。

残らないなら、見てない。

俺は握りしめた冷たいペットボトルの結露を指で拭った。

自販機のモーター音だけが、静かな廊下に響き続けていた。

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作者について

中野ポン太

中野ポン太

燃料は札と火と湯気。中野ポン太です。ふざけた顔で近づき、読者の胸の奥に剥がれない「何か」を直貼りします。火曜は定休。主戦場『桝川劇場』は、爆笑の後に「たぶん。」という小骨が喉に刺さる深夜系哲学コント。...

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