6話 偽りの天才ピアニストの身代わりはもうやめます。~私を暗闇から救い出したのは、至高のサックス奏者の執着愛でした~
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
従姉妹イザベラの「影」として、地下の防音室でピアノを弾き続けるエレーナ。 才能を搾取され、幽霊のように生きる彼女を見つけ出したのは、冷酷な天才サックス奏者、ギルバートだった。 嘘にまみれた華やかなステージ。その裏で、ギルバートはエレーナの指と魂を執拗に暴いていく。 今夜、偽りのミューズが堕ち、地下の幽霊が真実の愛に鳴り響く――。
本文
『ブルームーン』の周年記念公演当日。
エントランスには溢れんばかりのスタンド花が並び、フロアはタキシードとドレスに身を包んだ名士たちで埋め尽くされていた。誰もが、今夜発表されるというギルバートとイザベラの「重大な報せ」を期待し、シャンパングラスを傾けている。
一方、地下のブースでは、エレーナがかつてないほどの恐怖と、奇妙な高揚感の中にいた。
(ギルバート様……。本当に、やってしまうのですか?)
昨夜の彼とのセッション、あの熱い指先の感触がまだ肌に残っている。彼は「君の本当の声を世界に聴かせる」と言った。それが、どれほど残酷な形で行われるかも知らずに、エレーナはただ彼の言葉を信じて、ヘッドホンを装着した。
ステージでは、ギルバートがマイクを握り、優雅な一礼を捧げている。
「今夜は、私を常に支えてくれた特別なパートナーと共に、究極の愛を奏でようと思う」
客席からため息のような感嘆が漏れる。イザベラは勝利を確信した笑みを浮かべ、ステージ中央の、最高級のスタインウェイの前に座った。彼女はエレーナが用意した譜面を完璧に頭に入れ、指の予行演習も済ませている。
演奏が始まる。
一曲目は、激しいテンポのビバップ。
エレーナは地下で、これまでの人生のすべてをぶつけるように鍵盤を叩いた。スピーカーからは、完璧なピアノの音が溢れ出し、ギルバートのサックスと熱く絡み合う。
だが、曲がクライマックスに差し掛かったその時だった。
ギルバートが、ニヤリと残酷な笑みを浮かべた。
彼はサックスを一度離すと、胸元に忍ばせていた小型のリモコンのスイッチを、誰にも気づかれぬように押し込んだ。
「――っ!?」
エレーナの指先から、手応えが消えた。
正確には、彼女が叩いたピアノの信号が、ミキサーの手前で完全にカットされたのだ。
代わりに、フロア中の巨大なスピーカーから解き放たれたのは――。
――ガツッ、ボゴッ、ギィ……。
それは、音楽ですらかった。
イザベラが「弾いているふり」をして、リズムも何も考えずに適当に鍵盤を押し下げていた、その「物理的な打鍵音」そのものが、千倍もの音量に増幅されて会場を震撼させた。
「な、なに……!? なにこれ!」
イザベラは悲鳴を上げそうになりながら、必死に指を動かし続ける。だが、彼女が鍵盤を叩くたび、耳を突き刺すような不協和音がドスンドスンと店内に響き渡る。
そのコントラストが、イザベラの無能さをこれ以上ないほど冷酷に際立たせた。
「ひどい……なんだ、あのピアノは?」
「まさか、これが『天才』の正体か?」
ギルバートは冷たく言い放つ。
「故障ではない。これが、君の指が紡いでいた『真実』の音だ。……今まで、地下に幽霊を閉じ込め、その魂を盗んでいただけの、空っぽな人形の音だよ」
舞台袖では、叔父夫婦が弁護士に囲まれ、契約違反と横領の証拠を突きつけられて崩れ落ちていた。
「さあ、茶番は終わりだ」
ギルバートはマイクを捨て、自ら地下へと続く扉へと歩み寄った。
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