花輪職人~短編版
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
一話完結・オムニバス(好きな所からお読みください)
本文
佐藤 純は、店先で深いため息をひとつこぼした。
かつて昭和の最盛期、この店は商店街の心臓だった。祖父と父が築き上げた、開店祝いや祭事、厳かな葬儀を彩る「花輪」の技術。職人が10人もひしめき、朝から晩まで竹を削る音が鳴り響いていた。だが時代は残酷なまでに移ろい、今や三代目の純と妻が、閑古鳥の鳴く店内で埃を払うのが日常となっている。
「花輪なんて、今どきネットでレンタルできるんだよ」
かつての常連客にそう笑われたのは、去年のことだ。純はその言葉を、今も胸の奥に石のように抱えていた。
そんなある夜、祖父の残した作業台の引き出しを開けると、色あせたメモが一枚出てきた。癖のある字でこう書いてある。
「一本の竹に、魂を込めよ。飾る人の心を、動かすために」
純はそれを折りたたみ、胸ポケットに忍ばせた。
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翌日、近所の高い壁に囲まれた邸宅から電話が入った。
「最高級のものを二基。あの丸い花輪を頼む」
声は低く、どこか異国の訛りがあった。商店街の外れに数年前から建つあの屋敷。住人の姿を見た者はなく、夜になると窓から奇妙な青い光が漏れると、近所の子どもたちの間でもっぱら噂になっていた。
「怪しくない?」と妻は眉をひそめた。
「怪しくて結構。仕事は仕事だ」
二人は作業場に籠もった。純がしなりを計算して竹を割り、妻が良質な和紙を貼っていく。三日目の深夜、妻がそっと骨格の一本を押した。わずかにたわむ。
「ここ、風に負けるかも」
純は無言で竹を取り替えた。妻はもともと花屋勤めをしていた女性。職人の血など一滴も流れていない。それでも純と所帯を持ち、仕事を隣で見続けるうちに、その目はいつしか本物の審美眼に育っていた。
完成した二基を前に、二人は黙って立った。竹と和紙と造花が組み合わさった花輪は、静かに、しかし確実に部屋の空気を変えていた。
「今の時代だからこそ、逆に尖った本物を見せてやる」
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完成した花輪を台車に乗せ、例の邸宅へ向かう。重厚な黒塗りの扉には、見慣れない紋様の金具。インターホンを押すと「どうぞ」と低い声が告げた。
純が扉を押し開けると、そこは裏路地ではなかった。石畳と魔法の輝きに満ちた、異世界の王宮廊下だった。
「おいおい、配達先がとんでもないことになってるぞ」
驚きつつも、純は小さく笑った。妻が袖をぎゅっとつかんだが、その目は怯えではなく好奇心で輝いていた。
深紅のローブをまとった魔導士が現れ、深々と頭を下げた。王女が以前持ち込まれた花輪を気に入り、再度の手配を懇願したのだと彼は説明した。どうやらこの扉は、時折勝手に開くらしかった。
会場へ進み、左右対称に花輪を並べた瞬間、異界の空気そのものが塗り替えられた。竹と紙が持つ実直な美しさが、魔法の派手な光を静かに食い尽くす。高い天井の水晶シャンデリアより、石畳の上にどっしりと立つ二基の花輪の方が、何倍も存在感を放っていた。
式は空前の成功を収め、王女は花輪に顔を寄せて無邪気に喜んだ。薔薇色の頬をした少女が、竹の骨格をそっと指でなぞりながら尋ねる。
「これは何でできているの?」
「竹です。日本では、草のように生える植物ですよ」妻が翻訳魔法越しに答えた。
「くさ? こんなに美しいのに?」
その言葉が、純の胸に深く刺さった。竹など当たり前すぎて、日本では誰も振り返らない。しかしこの娘の目には、それが奇跡のように映っていた。
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それ以来、二人の元にはひっきりなしに注文が届くようになった。神殿での礼拝、町を彩る祭事、女王の戴冠式。
仕事が終わると、魔導士は決まって少年のように目を輝かせて言う。「今日はどこへ行きましょうか」
翻訳魔法をかけてもらい訪れる市場で、純は異世界の商人たちと酒を酌み交わした。ある日の露店で、七十を過ぎた老職人と出会った。皮細工を生業とする男で、毎朝同じ場所に座り、同じ道具で革を縫い続けているという。
「若い者はみな、魔法の機械で作ったものを買いに行く。わしの財布を欲しがる者は、もうほとんどおらん」
純はその言葉を聞いて、思わず苦笑した。
「同じですよ、うちも」と妻が伝えると、老職人はしわだらけの顔をくしゃりとさせた。
「そうか。お主もか」
職人同士、それだけの会話で伝わった。
ある時は、魔導士が「少し空の散歩を」と木製の小舟に二人を乗せ、雲の上まで連れ出した。どこまでも続く深緑の森、光る川、点在する村落の煙。これだけ広い世界で、自分たちの花輪が飾られているという事実が、じわりと胸に広がった。
「帰ったら、もっとでかい花輪を作りたいな」
純がぽつりと言うと、妻が「また無茶を」と笑った。
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異世界での日々は、二人の仕事観さえも塗り替えていった。
「花輪の技術を、ここで終わらせるわけにはいかない」
純は作業場に戻ると、今日も誇りを持って竹を削る。注文が来ようが来まいが関係ない。異世界という未知の場所でさえ喝采を浴びた自分たちの技術は、今、確実に進化している。
胸ポケットには、祖父のメモがまだ入っている。
「一本の竹に、魂を込めよ。飾る人の心を、動かすために」
令和の街でも、異世界の王宮でも、それは変わらない。
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今日も二人は顔を見合わせ、楽しそうに笑う。
「次はどの花輪を作ろうか」
「女王の祭事にふさわしい、最高のやつを」
扉一つで行き来する、令和の街と異世界の王宮。
佐藤 純にとって、この刺激的でたまらない日常こそが、三代目として手に入れた何にも代えがたい繁盛の形だった。
かつての栄光を追いかけるのではない。俺たちの手で、伝説をこの先へと紡いでいく。
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この短編『花輪職人』、より深く世界観や登場人物を描いた長編版も作りました
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