第二十五話 お誕生日おめでとう!ノアside
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あらすじ
〜不思議の国のアリスをモチーフにした作品です〜 白兎に導かれて“不思議の国”へ迷い込む、十四歳の少女アリス。 そこにいたのは、甘く優しい白兎の美青年ノア。 アリスを守る彼は、この国に隠された秘密を知っていた。失われた記憶を巡り物語が再び動き出す。 可憐で不穏な、童話ファンタジー。 白兎は、私を救いに来たの? それとも、もう二度と帰さないために迎えに来たの?
本文
第二十五話 お誕生日おめでとう!
*ノアside*
その朝、ノアは夜が明ける前から起きていた。
ワンダラーの朝は、いつだって気まぐれだ。
夜明けの鐘が鳴ったあとに星が降ることもあるし、太陽が寝坊して、空だけが先に明るくなることもある。窓を開けた途端、昨日の夕暮れが間違えて入り込んでくる日だってある。
けれど今日は、ちゃんと朝だった。
薄い光が窓辺に差し込み、青い鳥が屋根の上で歌い、畑のムラサキねむりかぶが眠たげにあくびをしている。
まるでワンダラーが、ノアの願いを少しだけ聞いてくれたみたいに。
アリスの誕生日くらいは、ちゃんと朝であってほしい。
その小さな願いだけは、叶えてくれたようだった。
アリスの十五歳の誕生日。
せめてこの日くらいは、空にも、時計にも、扉にも、余計な悪戯をしてほしくなかった。
キッチンの窓には、薄い朝の光が差し込んでいる。青い鳥が屋根の上で逆さまに止まり、まだ眠たそうな声で歌っていた。畑のムラサキねむりかぶは、ふぁあ、とあくびをしてから、また土の中へ顔を埋めている。
平和な朝だった。
あまりにも、平和だった。
ノアはそれが少し怖かった。
白い袖をまくり、にんじん柄のエプロンの紐を結び、食材の準備をする。
手際は悪くない。
料理は得意だ。少なくとも、普通の料理なら。
問題は、今日作ろうとしていたものが普通ではなかったことだ。
本当は、ケーキを焼くつもりだった。
白いクリームに、淡い青の星屑。赤い実を飾って、砂糖でできた小さな白うさぎを添える。蝋燭を十五本立てて、火を灯して、アリスに言うつもりだった。
お誕生日おめでとう、アリス。
たったそれだけ。
たったそれだけの事のはずだった…
一回目のケーキ生地は、型の中で大人しく膨らむはずだった。
けれど、ノアが「アリス」と小さく呟いた瞬間、生地は風船みたいに丸く膨らみ、そのままふわりと浮いた。
ノアはしばらく無言でそれを見上げた。
白い生地は天井近くまで上がり、そこでぽん、と弾けた。
キッチンに、甘い粉雪が降った。
「……まだ、一回目だからね」
ノアは自分に言い聞かせた。
二回目は、フルーツたちの機嫌を損ねた。
なぜか白兎は、フルーツに好かれやすい。普段なら赤い実も、青い星形の果物も、ノアが皿へ並べる時には大人しくしている。
けれど今日は違った。
「アリスのお誕生日だからね」
そう伝えたのが、まずかった。
焼きもちを焼いた赤い実はぷりぷり怒って、ケーキの上で暴れ出した。青い星形の果物は小さく震えたかと思うと、ぽろぽろ泣き出し、その涙でクリームが薄い水色に染まっていく。
大惨事だった。
三回目は、星屑クリームがハートの形になった。
それ自体は、悪くなかった。
むしろ少し可愛かった。
けれどノアがそれを見て、一瞬だけ動揺したのがいけなかった。
クリームは、ぱちん、と光った。
次の瞬間、ボンッと音を立てて爆発した。
白い星屑が、キッチンの壁に散った。
ノアはしばらく、クリームまみれのまま立っていた。
白い兎耳の先にも、星屑がついている。
「……パンケーキにしよう」
結論は、早かった。
失敗ではない。
予定変更だ。
少なくとも、そういうことにした。
ノアは濡れ布巾で壁を拭きながら、小さく息を吐く。
こんなことで手元が狂うなんて。
自分でも、少し呆れる。
ただ、アリスの十五歳の誕生日を祝いたいだけなのに…。
この家に来てから、初めて迎える誕生日。
元の世界では、きっとお姉さんが祝うはずだった日。
その場所を奪ってしまった自覚はある。
守るためだと言い訳をしても、アリスをこの世界に連れてきたことに変わりはない。
だからせめて、この朝だけは。
寂しいだけの日にしたくなかった。
鍋の中で、星屑クリームがふわふわと泡立つ。金色と淡い青の粒が、くるくる回りながら小さく弾ける。
今度は、ちゃんと機嫌がいい。
ノアは少しだけ笑った。
「今日は頼むよ」
星屑が、ぱちん、と返事みたいに光った。
その時、上の階で小さな物音がした。
アリスが起きた。
ノアの手が止まる。
枕元に置いた手紙に、気づいただろうか。
ノアはその中身を読んでいない。読むつもりもなかった。
ただ、受け取った時、その便箋に宿る気配だけは分かった。
優しい手紙だった。
アリスを責めるものではない。
それだけで十分だった。
帰る場所が、ちゃんとある。
それは、アリスにとって救いだ。
それなのに、ノアの胸は少し痛んだ。
階上から、ほんのかすかな息を呑む気配がした。
泣いているのかもしれない。
行ってしまいたくなった。
でも、これはアリスと姉の時間だ。
白兎が入り込んでいい場所ではない。
ノアは鍋の蓋を押さえ、星屑が逃げ出さないようにした。
手元に力が入りすぎて、蓋がかたかたと震える。
「落ち着け」
小さく呟いたのは、自分に向けてだった。
しばらくして、階段を駆け下りる足音がした。
ノアは鍋から目を上げる。
振り返る前に、胸の奥がすでに緩んでいた。
「ノア!」
アリスがキッチンへ飛び込んでくる。
手紙を胸に抱えて、少し目元を赤くして、けれどちゃんと立っている。
その姿を見ただけで、ノアは胸が苦しくなった。
「おはよう、アリス」
いつもの声で言えただろうか。
自信はなかった。
「おはようございます、ノア」
アリスは息を弾ませながら言った。
「お姉様からの手紙、届いていました」
「うん」
ノアは笑う。
「よかった」
本当に、よかった。
その言葉の奥に、どれだけの安堵が沈んでいるか、アリスにはたぶん分からない。
「ありがとうございます」
「僕は送っただけだよ」
「それでも、ありがとうございます」
まっすぐな言葉だった。
アリスのそういうところに、ノアは弱い。
彼女はまだ、自分が差し出す言葉の強さを知らない。何でもない「ありがとう」で、誰かの胸の奥を簡単に照らしてしまうことを知らない。
だから怖い。
だから愛しい。
ノアは少し困ったように笑うしかなかった。
ふと、アリスの顔にふと影が落ちる。
ノアは、その原因を何となく察していた。
けれど、尋ねることはしない。
今、無理に触れれば、薄い氷にひびを入れてしまう気がしたから。
「アリス?」
呼ぶだけにした。
アリスははっとして、首を振る。
「何でもありません」
「本当に?」
「はい」
嘘ではない。
でも、すべてでもない。
ノアはそれを分かった上で、追及しないことを選んだ。
守ることと、隠すことは似ている。
最近のアリスは、その境目に少しずつ気づき始めている。
だからノアは、それ以上踏み込まなかった。
「それより、朝食にしようか。今日は、少し特別にしたんだ」
話題を変える。
けれど、その瞬間、鍋の蓋がぽんと跳ねた。
本当は、仕上げてから見せるつもりだった…。
しかし鍋の中では、白いクリームに混じった金色と淡い青の星屑が、ぱちぱちと弾けて主張している。
アリスが、そっと鍋の中を覗き込んだ。
「これ、何ですか?」
「星屑クリームだよ」
ノアはできるだけ何でもない顔で答える。
「鍋の蓋を開ける時に気をつけないと、星屑たちが逃げ出して、部屋中が流星群だらけになるからね」
「流星群だらけ……?」
「そう。前に一度、食器棚に衝突して大変だったんだ」
アリスが本気で困った顔をする。
「それは、朝食なんですか?」
「うん、でも大丈夫。少し、空模様に近いだけだよ」
アリスはますます不安そうに鍋を見た。
その顔が可愛くて、ノアは笑いそうになる。
笑ったら怒られるだろうか。
いや、アリスは怒るというより、困った顔をする。
それがまた困る。
ノアは真面目な顔で鍋の蓋を押さえていた。
察しのいいアリスは、もう分かっているだろう。
案の定、鍋とテーブルを見比べている。
赤い実。青い星形の果物。砂糖でできた小さな白うさぎ。
全部、見られている。
隠す気があったのか、と自分でも思う。
「今日の朝食、ずいぶん準備が多いんですね」
「そうかな」
「はい。いつもの朝食より、少しだけ……パーティーみたいです」
今日の白兎は朝から完敗続きだ。
ノアは負けを認め。
正直に言った。
「……君の十五歳の朝だからね」
アリスの目が揺れる。
「覚えていてくれたんですね」
「忘れるわけがないよ」
忘れるはずがない。
六歳のアリスを扉の向こうへ帰した日から、ノアは毎年、その日が近づく音を聞いていた。
「お誕生日おめでとう!」
言葉にすると、胸の奥が少し痛んだ。
アリスは泣きそうな顔で、でも笑ってくれた。
「……ありがとうございます、ノア」
それだけで、失敗したケーキも、荒ぶったフルーツも、爆発したクリームも、全部報われた気がした。
食卓にパンケーキを並べる。
アリスが皿を見つめて、「かわいい……」と呟く。
その声が、本当に嬉しそうだったから、ノアは少しだけ調子に乗った。
「逃げなかった砂糖兎だよ」
アリスが笑う。
それだけで、キッチンの朝の光が少し明るくなった気がした。
そして、ケーキを焼こうとして失敗してしまった話をしたら、アリスは目を丸くした。
「……ノア、何を入れたんですか?」
「材料は普通だったよ」
本当に、材料は普通だった。
普通ではなかったのは、自分の気持ちの方だ。
「……たぶん、僕の気持ちが多すぎたせい」
小さく呟く。
「何か言いました?」
「いいや。星屑クリーム気難しい、という話」
「……違った気がします」
鋭い。
最近のアリスは、とても鋭い。
ノアは笑って誤魔化した。
「気のせいだよ」
耳が揺れた。
自分でも分かった。
白兎の耳は、こういう時だけ信用できない。
アリスがパンケーキを口に運ぶ。
星屑が、ぱちぱちと弾けた。
彼女の目が丸くなる。
ノアは思わず、息を止めた。
驚くだろうか。
嫌じゃないかな。
口に合わなかったらどうしよう。
そんな心配をしている自分に、少し呆れる。
「ノア、これ……!」
「うん?」
「ぱちぱちします」
「星屑だからね」
アリスは真剣に聞いてくる。
「星屑って、ぱちぱちするものなんですか?」
「ワンダラーの星屑は、機嫌がいいと弾けるよ」
「機嫌が悪いと?」
「歯に挟まる」
「……それは嫌です」
その真剣な顔に、ノアはとうとう吹き出した。
声に出して笑うなんて、少し久しぶりだった。
アリスもつられて笑う。
柔らかい朝の光の中で、二人の笑い声が重なる。
その瞬間だけ、ノアはすべて忘れそうになった。
「楽しくて、美味しくて、最高です!」
アリスが嬉しそうに言った。
胸の奥が、どうしようもなく温かくなる。
「それはよかった」
声が少し弾んでしまった。
隠せなかった。
「星屑クリームも、今日は機嫌がいいみたいだ」
「ノアがちゃんと蓋を押さえていたからですか?」
「それもあるね」
「でも、きっと君の誕生日だからだよ」
ノアは少しだけ得意げに口の端を上げる。
「今日は、そういう日にしたかったから」
アリスの頬が、ほんの少し赤くなる。
その反応に、ノアは遅れて気づいた。
また、言いすぎた。
けれど撤回はしたくなかった。
アリスの誕生日を、星屑まで祝っているような日にしたかった。
彼女があとから思い出した時、寂しさだけが残らないように。
お姉様の手紙と一緒に、この家の朝のことも、少しだけ覚えていてくれるように。
ノアは、そう願っていた。
食事のあと、小さな箱を差し出した。
本当は、何度も迷った。
贈り物をする資格が、自分にあるのか。
アリスをこの世界に留めている白兎が、帰り道を教える石を渡すなんて、ひどく矛盾している。
けれど、渡したかった。
アリスが迷った時、ほんの少しでも守れるものを。
自分ではなく、彼女自身が選ぶ場所へ導くものを。
「誕生日の贈り物」
箱を開けたアリスが、息を呑む。
その顔を見た瞬間、ノアは胸を撫で下ろした。
「きれい……」
アリスの声は、本当に小さかった。
「守り石だよ」
ノアは説明する。
君が迷子になった時、少しだけ帰り道を教えてくれる。
僕のところへ、じゃない。
君が帰りたい場所へ。
その言葉を言う時、胸の奥が少しだけ裂けた。
それでも言った。
言わなければ、ただの鎖になってしまう気がした。
アリスはペンダントを見つめていた。
透き通った石の奥で、淡い青がゆらめく。
小さな扉の気配を宿した石。
アリスの胸元にあれば、きっとよく似合う。
「つけても、いいですか?」
「もちろん」
ノアはペンダントを手に取り、アリスの後ろへ回った。
白い指で、彼女の髪に触れる。
細くて、柔らかい髪。
肩からそっと横へ寄せる。
その瞬間、アリスの身体がほんの少し固くなった。
気づかないふりをした。
けれど、ノアの指先も少し震えていた。
こんな距離は、よくない。
そう思うのに、離れるには少しだけ惜しい。
彼女はアリスで、自分は白兎。守る側で、嘘を抱えていて、錠に繋がれている。
忘れてはいけない。
何度も自分に言い聞かせる。
「痛くない?」
「……はい」
返事が少し遅れた。
それだけで、胸の奥が危うく揺れる。
留め具を留めるだけだ。
ただ、それだけ。
ノアは慎重に指を動かした。
壊れ物を扱うように。
触れすぎないように。
それでも、少しでも乱暴にしたくなくて。
「きつくない?」
「大丈夫、です」
「よかった」
留め具が小さく鳴る。
胸元に薔薇のペンダントが落ちた。
アリスがようやく息をする。
その音が、ノアの耳にはやけにはっきり聞こえた。
「とっても綺麗……」
アリスが呟く。
「大切にします」
その一言だけで、ノアは救われたような気持ちになる。
そして同時に、どうしようもなく苦しくもなった。
情けない矛盾ばかりが、胸の中に積もっていく。
けれどノアは笑った。
「うん」
それしか言えなかった。
*
食事のあとの部屋は、少し静かだった。
アリスは窓辺近くのテーブルに座り、胸元のペンダントを指で包んでいる。
手紙は、テーブルの上に丁寧に置かれていた。
帰る場所から届いた手紙。
帰る道を示す守り石。
そして、その間に立つ白兎。
ノアは少し離れた場所で片付けながら、アリスを見ていた。
彼女はきっと考えている。
手紙や、姉や、記憶のことを。
それでも、失われたものを、自力で取り戻そうとしている。
ノアはそれを、少し眩しいものを見るように見つめていた。
「アリス」
呼ぶと、彼女が振り返る。
「疲れた?」
「いいえ」
アリスは首を振った。
「少し、考えていました」
「何を?」
「十五歳になったんだなって」
その言葉が、ノアの胸に静かに落ちる。
「十六歳まで、あと一年なんですね」
「……うん」
声が重くなる。
隠しきれなかった。
アリスはそれに気づいたように、少しだけ目を伏せる。
「実は……ちょっと怖いです」
ノアは息を止めた。
「何が起きるのか、まだ全部は分からないから」
ごめん。
言えない。
言えば錠が締まる。
言わなければアリスが不安になる。
どちらを選んでも、傷つける。
ノアは何も言えず、ただ彼女を見つめた。
アリスは続ける。
「でも、お姉様が、手紙に書いてくれました。焦らず、自分が信じる道を選びなさいって」
その言葉に、ノアは静かに目を伏せそうになる。
いい姉だと思った。
アリスをこの世界から引き戻す声でありながら、同時に、アリスの背中を押す声でもある。
ノアには、そんなふうに言う資格がない。
彼はアリスを守りたいと言いながら、彼女の道を何度も隠している。
「だから残りの一年、この奇妙でおかしな不思議の国を楽しもうと思います」
ノアは瞬きをした。
「楽しむ?」
「はい」
アリスは頷く。
「怖がってばかりいたら、きっと見落としてしまうものがあると思うんです。街のことも、花たちのことも、扉のことも」
そして、少し声を小さくした。
「ノアのことも、もっと知りたいです。……少しずつでいいので」
胸の奥で、何かが強く揺れた。
「僕のことも?」
「はい」
アリスは頷く。
頬が少し赤い。
「だって、ノアはいつも、私のことばかり知っているみたいだから」
ノアは言葉を失った。
知りたい、と言われるだけで、胸の奥がひどく熱くなる。
救われたいと、思ってしまう。
白兎が、少女に。
そんなこと、あってはいけないのに。
「十五歳になった君は、強いね」
「昨日までと一日しか変わりません」
「その一日で、人は変わることがあるよ」
ノアは静かに言った。
「僕は知ってる」
その一日を、ノアは知っている。
――六歳のアリスを扉の向こうへ帰した日。
あの日、幼い少女の手を離した瞬間。
白兎の中で何かが変わった。
――それから、もっと遥か昔の記憶。
薄暗い部屋。
壊れかけた扉。
寄り添うように立っていた、二つの人影。
誰かの笑い声と、誰かの泣き声。
もう戻らない時間の匂い。
ノアはそれらを、胸の奥に沈めている。
役目だけで動くには、あまりにも多くのものを背負いすぎた。
白兎という名前の中には、いくつもの約束と、いくつもの後悔が折り重なっている。
だからこそ、知っている。
たった一日で、人は変わる。
たった一度の選択で、もう元の場所には戻れなくなる。
「ノア」
「うん?」
「来年の誕生日も、祝ってくれますか?」
時間が止まった気がした。
来年。
十六歳。
契約の日。
その言葉だけで、首元の奥にある錠が冷たく鳴るようだった。
真実を知ったあと、それでもまだ彼女は、僕に祝ってほしいと言ってくれるだろうか。
いや。
きっと、それはないな。
ノアは胸の内で、静かにそう思った。
アリスは優しい。
けれど、優しいからこそ、すべてを知った時に傷つく。
自分が何を隠していたのか。
何のために傍にいたのか。
何を終わらせようとしているのか。
その全部を知ったあとで、来年も隣にいてほしいなんて、言ってくれるはずがない。
それなのに。
ほしい、と思ってしまった。
来年も、この子の誕生日を祝いたい。
星屑クリームを作って、また少し失敗して、アリスに呆れられて。
それでも二人で笑い合いたい。
馬鹿みたいな願いだ。
白兎に許される願いではない。
けれど、胸の奥で確かに生まれてしまった。
ノアは、笑った。
壊れそうなほど柔らかく。
「もちろん」
声が少し震えた。
隠せなかった。
「君が望むなら、よろこんで」
それは約束だった。
たとえ守れないかもしれなくても。
たとえ未来が、ノアの望む形で残らなくても。
この瞬間、そう言いたかった。
アリスの十五歳の朝に、悲しい顔をさせたくなかった。
窓辺に差し込む光が、アリスの胸元の薔薇を淡く照らしている。
ノアはそれを見つめながら、心の中でそっと呟いた。
お誕生日おめでとう、アリス。
どうか、この一年が。
君を閉じ込める檻ではなく、君が世界を選ぶための道になりますように。
そして、もし許されるなら。
来年も、君にこの言葉を言えますように。
*ノアside 完*
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