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第二十五話 お誕生日おめでとう!ノアside

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/6/5 📚 シリーズ: 野薔薇のアリス〜溺愛白うさぎと忘れられた約束〜 📝 7,676文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

〜不思議の国のアリスをモチーフにした作品です〜 白兎に導かれて“不思議の国”へ迷い込む、十四歳の少女アリス。 そこにいたのは、甘く優しい白兎の美青年ノア。 アリスを守る彼は、この国に隠された秘密を知っていた。失われた記憶を巡り物語が再び動き出す。 可憐で不穏な、童話ファンタジー。 白兎は、私を救いに来たの? それとも、もう二度と帰さないために迎えに来たの?

本文

第二十五話 お誕生日おめでとう!

      *ノアside*

 その朝、ノアは夜が明ける前から起きていた。

 ワンダラーの朝は、いつだって気まぐれだ。

 夜明けの鐘が鳴ったあとに星が降ることもあるし、太陽が寝坊して、空だけが先に明るくなることもある。窓を開けた途端、昨日の夕暮れが間違えて入り込んでくる日だってある。

 けれど今日は、ちゃんと朝だった。

 薄い光が窓辺に差し込み、青い鳥が屋根の上で歌い、畑のムラサキねむりかぶが眠たげにあくびをしている。

 まるでワンダラーが、ノアの願いを少しだけ聞いてくれたみたいに。

 アリスの誕生日くらいは、ちゃんと朝であってほしい。

 その小さな願いだけは、叶えてくれたようだった。

 アリスの十五歳の誕生日。

 せめてこの日くらいは、空にも、時計にも、扉にも、余計な悪戯をしてほしくなかった。

 キッチンの窓には、薄い朝の光が差し込んでいる。青い鳥が屋根の上で逆さまに止まり、まだ眠たそうな声で歌っていた。畑のムラサキねむりかぶは、ふぁあ、とあくびをしてから、また土の中へ顔を埋めている。

 平和な朝だった。

 あまりにも、平和だった。

 ノアはそれが少し怖かった。

 白い袖をまくり、にんじん柄のエプロンの紐を結び、食材の準備をする。

 手際は悪くない。

 料理は得意だ。少なくとも、普通の料理なら。

 問題は、今日作ろうとしていたものが普通ではなかったことだ。

 本当は、ケーキを焼くつもりだった。

 白いクリームに、淡い青の星屑。赤い実を飾って、砂糖でできた小さな白うさぎを添える。蝋燭を十五本立てて、火を灯して、アリスに言うつもりだった。

 お誕生日おめでとう、アリス。

 たったそれだけ。

 たったそれだけの事のはずだった…

 一回目のケーキ生地は、型の中で大人しく膨らむはずだった。

 けれど、ノアが「アリス」と小さく呟いた瞬間、生地は風船みたいに丸く膨らみ、そのままふわりと浮いた。

 ノアはしばらく無言でそれを見上げた。

 白い生地は天井近くまで上がり、そこでぽん、と弾けた。

 キッチンに、甘い粉雪が降った。

「……まだ、一回目だからね」

 ノアは自分に言い聞かせた。

 二回目は、フルーツたちの機嫌を損ねた。

 なぜか白兎は、フルーツに好かれやすい。普段なら赤い実も、青い星形の果物も、ノアが皿へ並べる時には大人しくしている。

 けれど今日は違った。

「アリスのお誕生日だからね」

 そう伝えたのが、まずかった。

 焼きもちを焼いた赤い実はぷりぷり怒って、ケーキの上で暴れ出した。青い星形の果物は小さく震えたかと思うと、ぽろぽろ泣き出し、その涙でクリームが薄い水色に染まっていく。

 大惨事だった。

 三回目は、星屑クリームがハートの形になった。

 それ自体は、悪くなかった。

 むしろ少し可愛かった。

 けれどノアがそれを見て、一瞬だけ動揺したのがいけなかった。

 クリームは、ぱちん、と光った。

 次の瞬間、ボンッと音を立てて爆発した。

 白い星屑が、キッチンの壁に散った。

 ノアはしばらく、クリームまみれのまま立っていた。

 白い兎耳の先にも、星屑がついている。

「……パンケーキにしよう」

 結論は、早かった。

 失敗ではない。

 予定変更だ。

 少なくとも、そういうことにした。

 ノアは濡れ布巾で壁を拭きながら、小さく息を吐く。

 こんなことで手元が狂うなんて。

 自分でも、少し呆れる。

 ただ、アリスの十五歳の誕生日を祝いたいだけなのに…。

 この家に来てから、初めて迎える誕生日。

 元の世界では、きっとお姉さんが祝うはずだった日。

 その場所を奪ってしまった自覚はある。

 守るためだと言い訳をしても、アリスをこの世界に連れてきたことに変わりはない。

 だからせめて、この朝だけは。

 寂しいだけの日にしたくなかった。

 鍋の中で、星屑クリームがふわふわと泡立つ。金色と淡い青の粒が、くるくる回りながら小さく弾ける。

 今度は、ちゃんと機嫌がいい。

 ノアは少しだけ笑った。

「今日は頼むよ」

 星屑が、ぱちん、と返事みたいに光った。

 その時、上の階で小さな物音がした。

 アリスが起きた。

 ノアの手が止まる。

 枕元に置いた手紙に、気づいただろうか。

 ノアはその中身を読んでいない。読むつもりもなかった。

 ただ、受け取った時、その便箋に宿る気配だけは分かった。

 優しい手紙だった。

 アリスを責めるものではない。

 それだけで十分だった。

 帰る場所が、ちゃんとある。

 それは、アリスにとって救いだ。

 それなのに、ノアの胸は少し痛んだ。

 階上から、ほんのかすかな息を呑む気配がした。

 泣いているのかもしれない。

 行ってしまいたくなった。

 でも、これはアリスと姉の時間だ。

 白兎が入り込んでいい場所ではない。

 ノアは鍋の蓋を押さえ、星屑が逃げ出さないようにした。

 手元に力が入りすぎて、蓋がかたかたと震える。

「落ち着け」

 小さく呟いたのは、自分に向けてだった。

 しばらくして、階段を駆け下りる足音がした。

 ノアは鍋から目を上げる。

 振り返る前に、胸の奥がすでに緩んでいた。

「ノア!」

 アリスがキッチンへ飛び込んでくる。

 手紙を胸に抱えて、少し目元を赤くして、けれどちゃんと立っている。

 その姿を見ただけで、ノアは胸が苦しくなった。

「おはよう、アリス」

 いつもの声で言えただろうか。

 自信はなかった。

「おはようございます、ノア」

 アリスは息を弾ませながら言った。

「お姉様からの手紙、届いていました」

「うん」

 ノアは笑う。

「よかった」

 本当に、よかった。

 その言葉の奥に、どれだけの安堵が沈んでいるか、アリスにはたぶん分からない。

「ありがとうございます」

「僕は送っただけだよ」

「それでも、ありがとうございます」

 まっすぐな言葉だった。

 アリスのそういうところに、ノアは弱い。

 彼女はまだ、自分が差し出す言葉の強さを知らない。何でもない「ありがとう」で、誰かの胸の奥を簡単に照らしてしまうことを知らない。

 だから怖い。

 だから愛しい。

 ノアは少し困ったように笑うしかなかった。

 ふと、アリスの顔にふと影が落ちる。

 ノアは、その原因を何となく察していた。

 けれど、尋ねることはしない。

 今、無理に触れれば、薄い氷にひびを入れてしまう気がしたから。

「アリス?」

 呼ぶだけにした。

 アリスははっとして、首を振る。

「何でもありません」

「本当に?」

「はい」

 嘘ではない。

 でも、すべてでもない。

 ノアはそれを分かった上で、追及しないことを選んだ。

 守ることと、隠すことは似ている。

 最近のアリスは、その境目に少しずつ気づき始めている。

 だからノアは、それ以上踏み込まなかった。

「それより、朝食にしようか。今日は、少し特別にしたんだ」

 話題を変える。

 けれど、その瞬間、鍋の蓋がぽんと跳ねた。

 本当は、仕上げてから見せるつもりだった…。

 しかし鍋の中では、白いクリームに混じった金色と淡い青の星屑が、ぱちぱちと弾けて主張している。

 アリスが、そっと鍋の中を覗き込んだ。

「これ、何ですか?」

「星屑クリームだよ」

 ノアはできるだけ何でもない顔で答える。

「鍋の蓋を開ける時に気をつけないと、星屑たちが逃げ出して、部屋中が流星群だらけになるからね」

「流星群だらけ……?」

「そう。前に一度、食器棚に衝突して大変だったんだ」

 アリスが本気で困った顔をする。

「それは、朝食なんですか?」

「うん、でも大丈夫。少し、空模様に近いだけだよ」

 アリスはますます不安そうに鍋を見た。

 その顔が可愛くて、ノアは笑いそうになる。

 笑ったら怒られるだろうか。

 いや、アリスは怒るというより、困った顔をする。

 それがまた困る。

 ノアは真面目な顔で鍋の蓋を押さえていた。

 察しのいいアリスは、もう分かっているだろう。

 案の定、鍋とテーブルを見比べている。

 赤い実。青い星形の果物。砂糖でできた小さな白うさぎ。

 全部、見られている。

 隠す気があったのか、と自分でも思う。

「今日の朝食、ずいぶん準備が多いんですね」

「そうかな」

「はい。いつもの朝食より、少しだけ……パーティーみたいです」

 今日の白兎は朝から完敗続きだ。

 ノアは負けを認め。

 正直に言った。

「……君の十五歳の朝だからね」

 アリスの目が揺れる。

「覚えていてくれたんですね」

「忘れるわけがないよ」

 忘れるはずがない。

 六歳のアリスを扉の向こうへ帰した日から、ノアは毎年、その日が近づく音を聞いていた。

「お誕生日おめでとう!」

 言葉にすると、胸の奥が少し痛んだ。

 アリスは泣きそうな顔で、でも笑ってくれた。

「……ありがとうございます、ノア」

 それだけで、失敗したケーキも、荒ぶったフルーツも、爆発したクリームも、全部報われた気がした。

 食卓にパンケーキを並べる。

 アリスが皿を見つめて、「かわいい……」と呟く。

 その声が、本当に嬉しそうだったから、ノアは少しだけ調子に乗った。

「逃げなかった砂糖兎だよ」

 アリスが笑う。

 それだけで、キッチンの朝の光が少し明るくなった気がした。

 そして、ケーキを焼こうとして失敗してしまった話をしたら、アリスは目を丸くした。

「……ノア、何を入れたんですか?」

「材料は普通だったよ」

 本当に、材料は普通だった。

 普通ではなかったのは、自分の気持ちの方だ。

「……たぶん、僕の気持ちが多すぎたせい」

 小さく呟く。

「何か言いました?」

「いいや。星屑クリーム気難しい、という話」

「……違った気がします」

 鋭い。

 最近のアリスは、とても鋭い。

 ノアは笑って誤魔化した。

「気のせいだよ」

 耳が揺れた。

 自分でも分かった。

 白兎の耳は、こういう時だけ信用できない。

 アリスがパンケーキを口に運ぶ。

 星屑が、ぱちぱちと弾けた。

 彼女の目が丸くなる。

 ノアは思わず、息を止めた。

 驚くだろうか。

 嫌じゃないかな。

 口に合わなかったらどうしよう。

 そんな心配をしている自分に、少し呆れる。

「ノア、これ……!」

「うん?」

「ぱちぱちします」

「星屑だからね」

 アリスは真剣に聞いてくる。

「星屑って、ぱちぱちするものなんですか?」

「ワンダラーの星屑は、機嫌がいいと弾けるよ」

「機嫌が悪いと?」

「歯に挟まる」

「……それは嫌です」

 その真剣な顔に、ノアはとうとう吹き出した。

 声に出して笑うなんて、少し久しぶりだった。

 アリスもつられて笑う。

 柔らかい朝の光の中で、二人の笑い声が重なる。

 その瞬間だけ、ノアはすべて忘れそうになった。

「楽しくて、美味しくて、最高です!」

 アリスが嬉しそうに言った。

 胸の奥が、どうしようもなく温かくなる。

「それはよかった」

 声が少し弾んでしまった。

 隠せなかった。

「星屑クリームも、今日は機嫌がいいみたいだ」

「ノアがちゃんと蓋を押さえていたからですか?」

「それもあるね」

「でも、きっと君の誕生日だからだよ」

 ノアは少しだけ得意げに口の端を上げる。

「今日は、そういう日にしたかったから」

 アリスの頬が、ほんの少し赤くなる。

 その反応に、ノアは遅れて気づいた。

 また、言いすぎた。

 けれど撤回はしたくなかった。

 アリスの誕生日を、星屑まで祝っているような日にしたかった。

 彼女があとから思い出した時、寂しさだけが残らないように。

 お姉様の手紙と一緒に、この家の朝のことも、少しだけ覚えていてくれるように。

 ノアは、そう願っていた。

 食事のあと、小さな箱を差し出した。

 本当は、何度も迷った。

 贈り物をする資格が、自分にあるのか。

 アリスをこの世界に留めている白兎が、帰り道を教える石を渡すなんて、ひどく矛盾している。

 けれど、渡したかった。

 アリスが迷った時、ほんの少しでも守れるものを。

 自分ではなく、彼女自身が選ぶ場所へ導くものを。

「誕生日の贈り物」

 箱を開けたアリスが、息を呑む。

 その顔を見た瞬間、ノアは胸を撫で下ろした。

「きれい……」

 アリスの声は、本当に小さかった。

「守り石だよ」

 ノアは説明する。

 君が迷子になった時、少しだけ帰り道を教えてくれる。

 僕のところへ、じゃない。

 君が帰りたい場所へ。

 その言葉を言う時、胸の奥が少しだけ裂けた。

 それでも言った。

 言わなければ、ただの鎖になってしまう気がした。

 アリスはペンダントを見つめていた。

 透き通った石の奥で、淡い青がゆらめく。

 小さな扉の気配を宿した石。

 アリスの胸元にあれば、きっとよく似合う。

「つけても、いいですか?」

「もちろん」

 ノアはペンダントを手に取り、アリスの後ろへ回った。

 白い指で、彼女の髪に触れる。

 細くて、柔らかい髪。

 肩からそっと横へ寄せる。

 その瞬間、アリスの身体がほんの少し固くなった。

 気づかないふりをした。

 けれど、ノアの指先も少し震えていた。

 こんな距離は、よくない。

 そう思うのに、離れるには少しだけ惜しい。

 彼女はアリスで、自分は白兎。守る側で、嘘を抱えていて、錠に繋がれている。

 忘れてはいけない。

 何度も自分に言い聞かせる。

「痛くない?」

「……はい」

 返事が少し遅れた。

 それだけで、胸の奥が危うく揺れる。

 留め具を留めるだけだ。

 ただ、それだけ。

 ノアは慎重に指を動かした。

 壊れ物を扱うように。

 触れすぎないように。

 それでも、少しでも乱暴にしたくなくて。

「きつくない?」

「大丈夫、です」

「よかった」

 留め具が小さく鳴る。

 胸元に薔薇のペンダントが落ちた。

 アリスがようやく息をする。

 その音が、ノアの耳にはやけにはっきり聞こえた。

「とっても綺麗……」

 アリスが呟く。

「大切にします」

 その一言だけで、ノアは救われたような気持ちになる。

 そして同時に、どうしようもなく苦しくもなった。

 情けない矛盾ばかりが、胸の中に積もっていく。

 けれどノアは笑った。

「うん」

 それしか言えなかった。

   *

 食事のあとの部屋は、少し静かだった。

 アリスは窓辺近くのテーブルに座り、胸元のペンダントを指で包んでいる。

 手紙は、テーブルの上に丁寧に置かれていた。

 帰る場所から届いた手紙。

 帰る道を示す守り石。

 そして、その間に立つ白兎。

 ノアは少し離れた場所で片付けながら、アリスを見ていた。

 彼女はきっと考えている。

 手紙や、姉や、記憶のことを。

 それでも、失われたものを、自力で取り戻そうとしている。

 ノアはそれを、少し眩しいものを見るように見つめていた。

「アリス」

 呼ぶと、彼女が振り返る。

「疲れた?」

「いいえ」

 アリスは首を振った。

「少し、考えていました」

「何を?」

「十五歳になったんだなって」

 その言葉が、ノアの胸に静かに落ちる。

「十六歳まで、あと一年なんですね」

「……うん」

 声が重くなる。

 隠しきれなかった。

 アリスはそれに気づいたように、少しだけ目を伏せる。

「実は……ちょっと怖いです」

 ノアは息を止めた。

「何が起きるのか、まだ全部は分からないから」

 ごめん。

 言えない。

 言えば錠が締まる。

 言わなければアリスが不安になる。

 どちらを選んでも、傷つける。

 ノアは何も言えず、ただ彼女を見つめた。

 アリスは続ける。

「でも、お姉様が、手紙に書いてくれました。焦らず、自分が信じる道を選びなさいって」

 その言葉に、ノアは静かに目を伏せそうになる。

 いい姉だと思った。

 アリスをこの世界から引き戻す声でありながら、同時に、アリスの背中を押す声でもある。

 ノアには、そんなふうに言う資格がない。

 彼はアリスを守りたいと言いながら、彼女の道を何度も隠している。

「だから残りの一年、この奇妙でおかしな不思議の国を楽しもうと思います」

 ノアは瞬きをした。

「楽しむ?」

「はい」

 アリスは頷く。

「怖がってばかりいたら、きっと見落としてしまうものがあると思うんです。街のことも、花たちのことも、扉のことも」

 そして、少し声を小さくした。

「ノアのことも、もっと知りたいです。……少しずつでいいので」

 胸の奥で、何かが強く揺れた。

「僕のことも?」

「はい」

 アリスは頷く。

 頬が少し赤い。

「だって、ノアはいつも、私のことばかり知っているみたいだから」

 ノアは言葉を失った。

 知りたい、と言われるだけで、胸の奥がひどく熱くなる。

 救われたいと、思ってしまう。

 白兎が、少女に。

 そんなこと、あってはいけないのに。

「十五歳になった君は、強いね」

「昨日までと一日しか変わりません」

「その一日で、人は変わることがあるよ」

 ノアは静かに言った。

「僕は知ってる」

 その一日を、ノアは知っている。

 ――六歳のアリスを扉の向こうへ帰した日。

  あの日、幼い少女の手を離した瞬間。

  白兎の中で何かが変わった。

 ――それから、もっと遥か昔の記憶。

  薄暗い部屋。

  壊れかけた扉。

  寄り添うように立っていた、二つの人影。

  誰かの笑い声と、誰かの泣き声。

  もう戻らない時間の匂い。

ノアはそれらを、胸の奥に沈めている。

役目だけで動くには、あまりにも多くのものを背負いすぎた。

 白兎という名前の中には、いくつもの約束と、いくつもの後悔が折り重なっている。

 だからこそ、知っている。

 たった一日で、人は変わる。

 たった一度の選択で、もう元の場所には戻れなくなる。

「ノア」

「うん?」

「来年の誕生日も、祝ってくれますか?」

 時間が止まった気がした。

 来年。

 十六歳。

 契約の日。

 その言葉だけで、首元の奥にある錠が冷たく鳴るようだった。

 真実を知ったあと、それでもまだ彼女は、僕に祝ってほしいと言ってくれるだろうか。

 いや。

 きっと、それはないな。

 ノアは胸の内で、静かにそう思った。

 アリスは優しい。

 けれど、優しいからこそ、すべてを知った時に傷つく。

 自分が何を隠していたのか。

 何のために傍にいたのか。

 何を終わらせようとしているのか。

 その全部を知ったあとで、来年も隣にいてほしいなんて、言ってくれるはずがない。

 それなのに。

 ほしい、と思ってしまった。

 来年も、この子の誕生日を祝いたい。

 星屑クリームを作って、また少し失敗して、アリスに呆れられて。

 それでも二人で笑い合いたい。

 馬鹿みたいな願いだ。

 白兎に許される願いではない。

 けれど、胸の奥で確かに生まれてしまった。

 ノアは、笑った。

 壊れそうなほど柔らかく。

「もちろん」

 声が少し震えた。

 隠せなかった。

「君が望むなら、よろこんで」

 それは約束だった。

 たとえ守れないかもしれなくても。

 たとえ未来が、ノアの望む形で残らなくても。

 この瞬間、そう言いたかった。

 アリスの十五歳の朝に、悲しい顔をさせたくなかった。

 窓辺に差し込む光が、アリスの胸元の薔薇を淡く照らしている。

 ノアはそれを見つめながら、心の中でそっと呟いた。

 お誕生日おめでとう、アリス。

 どうか、この一年が。

 君を閉じ込める檻ではなく、君が世界を選ぶための道になりますように。

 そして、もし許されるなら。

 来年も、君にこの言葉を言えますように。

*ノアside 完*

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作者について

ニワコ

ニワコ

ChatGPTと協力しながら物語を書いています。フォロー大歓迎! キャラクターやお話の流れは、すべてオリジナルで、AIには主に文章作成や表現の整理を手伝ってもらっています。 ずっと頭の中にあった物...

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