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第四章 聖夜の古書カフェ

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/6/17 📚 シリーズ: 駆け抜けよ スーパーヒーロー 恋の始まりはライダーキック 📝 8,912文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

古書カフェ「マロン」の琥珀色の光の中で、二人は出会った。 特撮オタクの中学三年生・相羽勇介は、正義感が高まるとすべての能力がアップする特技を持つ少年。同じく特撮を愛する江村玲愛との出会いは、彼の日常を静かに、しかし確実に塗り替えていく。 クリスマスの夜、交わした小指の約束。だが新年早々、玲愛は交通事故に遭い、記憶を失って目覚める。彼女が覚えているのは、九歳までの記憶だけだった。 「好きという気持ちに、性別も年季も関係ない」 かつて彼女に伝えたその言葉を胸に、勇介は走る。歴代のスーパーヒーローたちが命を懸けて守り続けた「正義の心」を道しるべに、たった一人の少女の笑顔を取り戻すために。 これは、ヒーローに憧れた少年が、本物のヒーローになるまでの物語。 ※作中において実在の人物名などが出ることもありますが、あくまでもリアリティを出すための演出であります。

本文

十二月二十四日。

​街は完全に浮き足立っていた。ドレスアップした恋人たち、大きなケーキの箱を抱えて家路を急ぐ大人たち。冬の夜特有の、どこか甘ったるい喧騒。俺はそういう俗っぽい雰囲気が大好きなんだ。

​『マロン』のガラス扉には「臨時休業」の木札が揺れていたが、窓からは琥珀色の柔らかな光が溢れ出ていた。今夜は常連客だけを招いた、プライベートなクリスマスパーティー。招待の声をかけられた時、俺はコンマ一秒で即答した。当然の権利だもんね。

​扉を開けると、ちょうど本郷さんが年代物のレコードプレーヤーに針を落とすところだった。スピーカーから流れ出したのは、誰もが耳馴染みのあるクリスマスソング。店内は一年に一度の、特別なドレスコードに染め上げられている。

​「相羽くん、こっちこっち!」

​奥のテーブル席から、レイさんが小さく手を振っていた。

来て良かった。その姿を視界に収めただけで、今夜は大金星だ。

​「クリスマスって本当に素敵よね。私、一年の中でこの時期が一番好きかもしれない」

​レイさんは眼鏡の奥の瞳を細め、うっとりとした表情で呟いた。彼女のシャープなショートカットが、店内の琥珀色の照明に照らされて柔らかな輪郭を描き出している。それがあまりにも絵になり、俺は一瞬、返す言葉を失うほどに見惚れてしまった。

​テーブルの上には、本郷さんが一際きれいに取り分けてくれたクリスマスケーキの皿が鎮座していた。

王道のショートケーキ、濃厚そうなチョコレートケーキ、そしてどこかノスタルジックなバターケーキ。三種盛りの豪華な布陣だ。

特にショートケーキの完成度は高かった。てっぺんには小さなサンタクロースの砂糖菓子がちょこんと座り、側面には鮮やかな赤のイチゴと、グリーンのピスタチオが美しく交互に配列されている。職人のこだわりが透けて見えるようだ。

​「毎年クリスマスになるとね、お父さんが馴染みのケーキ屋さんに特注してるの。今回はそれを贅沢に店のお客さんにも出しちゃおうってことになったんだって」

​レイさんがフォークを手に、満面の笑みで解説する。

「本当に美味しいから、期待してて」

​促されるまま、俺はフォークを入れた。

驚くほどふわふわのスポンジが、しっとりと沈み込んでいく。たっぷりの生クリームと、瑞々しいイチゴの酸味。

​「うまい……」

言葉を飾る余裕もなく、素直な感嘆が漏れた。

​「でしょ?」

レイさんが、我が事のように胸を張る。

​俺はブラックのコーヒーでそれを追いかけた。甘いケーキの後に流し込む、心地よい苦味と芳醇な香り。このローテーションがたまらない。口の中で甘みと苦みが完璧なマリアージュを果たし、最適なバランスへと着地する。

​「コーヒーを飲んでる時の相羽くん、本当に幸せそうな顔をするよね」

「好きなんだ。特にマロンのコーヒーは別格」

「お父さんが豆の選定から、細かくこだわってるからね。毎日、焙煎具合をミリ単位でチェックしてるのよ」

「へえ、やっぱりプロの仕事だ」

「そういう職人気質なところはね、娘としても尊敬してるんだ」

​レイさんがくすくすと上品に笑う。

そこからは、ケーキを口に運びながら、会話のベクトルが自然と「そっち」の方向へと傾いていった。

​「ねえ、クリスマスといえばさ」

レイさんがフォークを持ったまま、悪戯っぽい視線を投げかけてくる。

「特撮のクリスマス回って、なんか独特の特別感があるよね」

​間違いない。特撮クラスタにとって、クリスマスは単なる聖夜ではない。ある時は「シャケを食え!」と理不尽に暴れ回る怪人が現れ、またある時は、誰もが頼りにしていた監察医の仮面ライダーが、冷たい雨の中で最期を迎える。良くも悪くも、毎年「重大な何か」が起きるディープな季節なのだ。

​「『仮面ライダーエグゼイド』の十二月二十五日とか?」

​俺がその文字面を口にすると、レイさんは「あぁ、あれは全国の子供たち(とオタク)のトラウマ回なのかな…」と身震いしてみせたが、すぐに大きく首を振った。

​「でもね、私が一番胸を熱くさせて、一番大好きで……今でもこの季節になると絶対に観返したくなるのは、やっぱり『烈車戦隊トッキュウジャー』の第四十一駅(話)なの」

​改めて、この作品の概要を脳内で整理する。

『烈車戦隊トッキュウジャー』。二〇一四年に放送された、列車をモチーフにしたスーパー戦隊だ。主人公のライト(志尊淳氏が好演した)をはじめ、初期メンバーの五人が「実は精神だけが大人になった子供たち」という、切なくも温かいバックボーンを持つ傑作である。

​「第四十一駅……たしか『クリスマス大決戦』だったか」

「そう、それ!」

​レイさんは人差し指で眼鏡のブリッジをクイッと直すと、弾んだ声で、けれどどこか真剣なトーンで語り始めた。

​「トッキュウジャーって、自分たちの記憶から消し去られた故郷の街を探して旅を続けているでしょ? その故郷である『昴ヶ浜(すばるがはま)』の座標が、この回でついに判明するのよ。……なんと、敵の本拠地であるキャッスルターミナルの真真下にあったの」

​レイさんの言葉が、目に見えて熱量を帯びていく。彼女の脳内スクリーンには、今まさに白銀の街で対峙する光と闇のキャパシティが上映されているのだろう。

​「でもね、クリスマス直前だっていうのに、ストーリーはめちゃくちゃシリアスな大乱戦に突入するの。敵の幹部であるシュバルツ将軍とノア夫人が、自らの命をチップにしてボスのゼットを裏切る作戦を決行してね。その結果、ゼットの中からグリッタ嬢が解放されるんだけど……代わりにゼットが完全な『闇そのもの』の姿に覚醒しちゃうの。その荒れ狂う闇のパワーのせいで、本拠地ごと故郷の昴ヶ浜まで闇の底へ沈みそうになっちゃって」

「クリスマス要素が吹き飛ぶレベルの、世界滅亡寸前ですね」

「そうなの! そこで世界を、仲間を救うのが、追加戦士の虹野明(あきら)—トッキュウ6号なのよ」

​レイさんは身振り手振りを交えながら、まるで少女のように瞳をキラキラと輝かせた。

​「明は元々シャドーの怪人(ザラム)だったから、自分の命なんてどうなってもいいってずっと思って生きてきたの。だから、みんなの故郷を守るためにゼットに特攻して、自分もろとも闇の底へ沈んでいっちゃうのね。……でも、ライトたち仲間との固い絆を思い出した明は、絶望の闇を跳ね除けて、ちゃんと生還するんだよ! そして六人全員が再び揃って、最強ロボのトッキュウレインボーで敵を完全撃破するの」

​レイさんは一度深く息を吐き出し、窓の外で明滅するイルミネーションを愛おしそうに見つめた。

​「最後はね、みんなで笑顔でクリスマスパーティーを開いてハッピーエンド。どんなに深い闇に飲み込まれそうになっても、仲間を信じて、みんなで過ごす温かい時間を絶対に諦めない。トッキュウジャーのそういう優しくて、最高に強い魅力がギュッと詰まった最高のクリスマス回なの」

​一気にパッションを吐き出し終えたレイさんは、急に我に返ったように少し恥ずかしそうな表情になり、はにかみながらコーヒーを口に含んだ。

​「過酷な戦いと大きなドラマの果てに、掴み取るからこそ、最後のクリスマスパーティーの温かさが心に沁みる、と」

「うん。ライトのあの、無邪気だけど絶対に仲間を諦めない真っ直ぐな瞳が、私にとっての本物のヒーローなんだ。……私ね、あのライトを観てると、なんだかすごく安心するのよね」

​そう言って微笑むレイさんの表情は、いつにも増して柔らかだった。

​トッキュウジャーのライト—その優しいヒーローの残像が、まさか年が明けた後、彼女の運命を繋ぎ止めるキーワードの一つになるとは、この時の俺はまだ知る由もなかった。

「……あ、ごめんなさい。私ばっかり話しすぎちゃった。コーヒー、冷めちゃうね」

「いや、レイさんの熱量がダイレクトに伝わってきて、めちゃくちゃ素敵な話だったよ」

​俺が本音を告げると、レイさんは照れたように頬を染めた。

​「じゃあ、次は俺の番だね、オススメのクリスマス回の話をしてもいい?」

「うん、聞きたい!」

​レイさんが嬉しそうに身を乗り出す。俺は水を一口含んで喉を潤してから、切り出した。

​「俺が一番印象に残っているのは……『仮面ライダー』の『怪人狼男の殺人大パーティー』も捨てがたいんだが、やはり『宇宙刑事』は外せないね。『宇宙刑事シャイダー』第三十九話『仮面が踊る聖歌隊』。リアルタイムじゃなくて、サブスクでの追っかけ視聴だけど」

「シャイダー! 上原正三先生がメインライターを務めた宇宙刑事シリーズ三作目だね。クリスマス回、どんなお話なの? 不覚にもそこはチェックが漏れてた」

​さすがはレイさん、即座に脚本家のレジェンドの名前が飛び出してくる。

​「一言で言えば、不気味で美しい『お洒落なトラウマ回』といったところかな。最初はね、主人公の大(だい)たちが『サンタの格好でペットを配る』という、至って微笑ましいクリスマスセールを手伝うところから始まるんだ。……だけど翌日、そのペットたちが一斉に怪物に化ける」

「うわぁ……フーマの仕業だ」

「そう。聖夜に邪悪なプレゼントを贈り、子供たちの心を汚す、不思議界フーマの“サタンクローズ作戦”。サタンクローズの洗礼を受けた子供たちは、次々と無表情な『黒仮面』へと変貌し、街を破壊し始める。その黒仮面たちが街を駆け抜けていく破壊行動が、妙に美しいスローモーションで演出されていて、これがなかなか不気味でね」

​俺は当時の鮮烈な映像を脳内に呼び起こしながら、少し声を落として話し続けた。

​「しかも、この回のためだけに新録された女性コーラスの『不思議ソング・聖歌バージョン』がバックで流れるんだよ。聖なる夜の讃美歌のはずなのに、黒仮面の円陣の中からそれが響いてくる精神的恐怖。第一話を手がけた監督ならではの、前衛的なセンスが爆発している」

「不気味な聖歌隊! いかにも初期不思議界の怪奇ムードをクリスマスに絡めた感じで、ゾクゾクするね」

「そうなんだ。でも、怪奇ムードだけじゃなくて、アクションの格好良さも一級品。大が相棒のアニーを軽々と抱えて空中に飛び上がるワイヤーワークがあったりね。最後はサタンクローズに化けた不思議獣を一刀両断して、聖なる夜を取り戻す。終盤の決戦を前に、シャイダーという作品の基本フォーマットの魅力がこれでもかと詰まった傑作なんじゃないのかな」

​熱弁を振るい終え、俺はふう、と息を吐き出した。

​「現代の特撮のクリスマス回も派手で面白いけど、昭和特撮のこういう『芸術映画みたいな尖った怖さ』も、独特のロマンがあるよね」

「わかる!」

​レイさんは大きく頷いて、我が意を得たりとばかりに笑顔を弾けさせた。

「サブスクって本当に神様だよね。生まれる前の作品でも、こうやってじっくり名作に出会えるんだもん」

​俺たちは、ケーキを前に時間を忘れて熱心に語り合った。身振り手振りを交え、声のトーンが跳ね上がり、周囲の客が何事かと視線を向けることもあったが、そんな外野の雑音は今の俺たちには一切関係なかった。今この瞬間、俺たちが陣取っているこのテーブルは、外部のタイムラインを完全に遮断した「秘密基地」だった。

​レコードの奏でる優しい旋律の中、俺たちの特撮トークは、聖夜が更けるのを忘れるほどに加速していった。

​流れていた王道のクリスマスソングが静かにフェードアウトした。

次にスピーカーから流れ出した旋律に、俺は思わず耳を疑った。

​『仮面ライダークリスマス』

続いて『超人バロム・1のクリスマス』、さらには『激走戦隊カーレンジャー』の『Merry Xmas! from カーレンジャー』。店内の空気が、一瞬にして濃密な特撮インストゥルメンタルへと塗り替えられていく。

​「これは……レイさんが仕込んだの?」

「うん」

​レイさんは得意げに、いたずらっぽく微笑んだ。

「前から特撮番組のクリスマスソングだけを集めた特製プレイリストを、自分なりに作成してみたかったんだよね」

「おっ、これはさっき話に出した『宇宙刑事シャイダー』のクリスマス回で流れた曲だ。ここで聴けるなんて……奇遇だね」

どっしりとしたバターケーキの甘美さに身を任せながら、俺は隠れた名曲に心を委ねる。

「ふふっ、いい曲でしょ? 『星空の街を歩こう』」

「……レイさんの深い感性が、ダイレクトに伝わってくるよ」

​幸せな高揚感の中、俺の脳裏にふと、ある疑問がよぎった。端から見たら、今の俺たちはどう見てもお似合いのカップルに見えているのだろうか。——このまま時間が重なっていけば、本当に、その領域に到達できるのだろうな。

​「あっ、そうだ。レイさん——」

「え? どうしたの?」

「いや……なんでもない! ごめん」

​喉元まで出かかった問いを、必死に飲み込んだ。

同じ中学三年生なら、どこの高校を目指しているのか。それがとても気になっていた。だが、直前で思いとどまった。今日は聖なるクリスマスだ。こんな最高な夜に現実味を帯びた受験の話など、あまりに野暮というものだ。

​パーティーが終盤に差し掛かった頃、俺は足元に置いていた紙袋を慎重に取り出した。火照った指先を一度ぎゅっと握り締め、覚悟を決める。

​「あの、レイさん。これ、俺からのクリスマスプレゼントです」

「えっ……私に?」

​レイさんが驚いたように目を見開いた。隠しきれない喜びが、その表情の全面に滲み出ている。

受験勉強の合間を縫って、数日かけてネットオークションの海を探し回った。なかなか出品されず、半ば諦めかけた時に、ようやく執念で競り落とした一品だ。

​「これって……『トッキュウジャー』のメインキャスト五人の、当時の直筆サイン色紙!?」

​包装を解いたレイさんの声が、明らかな感動で震えていた。

「仮面ライダー系にしようか迷ったんだけど、レイさんが『特オタとしての原点』って言ってたから、これがベストかなって。……喜んでもらえたらなによりっす」

「喜ぶなんてレベルじゃないよ…! 当時テレビに張り付いていた、あの頃のピュアな気持ちが全部フラッシュバックしてきた……!」

​レイさんは色紙を愛おしそうに見つめ、胸の前で小さなガッツポーズを作った。

「ありがとう! 私のイマジネーション、今、マックスまで高まってるよ……!」

​泣き出しそうなほど眩しい一〇〇パーセントの笑顔が、俺の網膜に焼き付いた。意識が遠のきそうなほどの多幸感。これだけで、ここ数日の寝不足は完全に相殺された。

​「じゃあ、次は私からね」

「なんだろう、ドキドキするな」

「ふふっ。はい、これ」

​手渡されたのは、シンプルな白い封筒だった。

「お店の商品じゃないよ。私が持っている、私生活最高のコレクションの一つ。相羽くんに、どうしても持っていてほしくて」

​緊張で強張った指先で、慎重に中身を滑り出させる。現れたのは—。

​「大葉健二さんの、直筆サイン入り生写真(ブロマイド)……!? うわっ、すげぇ……!」

​若き日の大葉健二氏。一条寺烈が、宇宙刑事ギャバンが、力強い本物の筆跡と共にそこに存在していた。指先が、国宝に触れるかのように微かに震える。

この一枚には、大葉さんの命の炎が込められているようだった。見ているだけで、あの熱い時代にタイムスリップしたような気分さえしてくる

​「だけどこれは、レイさんにとっても、大切なお宝じゃ……?」

​レイさんは俺の瞳を、真っ直ぐに見つめ返した。少し照れくさそうに視線を泳がせながら言った。

​「うん。でもね、今の私にとっては、それ以上に相羽くんに持っていてほしいなって思ったの。いつも一生懸命で、誰かのために真っ直ぐ動けちゃう相羽くんに…なんだか、大葉さんのあの熱いソウルが重なって見えたんだよね。だから、これをお守りにして、受験も…その、頑張ってほしいなって」

​レイさんは、はにかんだ笑みで言った。

「相羽くんに持ってもらうのが、世界で一番の正解な気がするの」

​飾らない、だが熱いリスペクトの籠もったストレートな言葉。それが、俺の胸の奥を激しく貫いた。

​——シュピーン!

​(なに……!? ここで変身だと!? この絶妙なシチュエーションで?)

​レイさんの真っ直ぐな想いに、俺の細胞が過剰反応したとしか思えなかった。脳内が極限までクリアに研ぎ澄まされていく。

​「ありがとうございます。レイさん」

​俺は静かに立ち上がり、居住まいを正した。自然と声のトーンが低く、響きのある「良い声」へと変貌していく。

「ありがたく、この魂をお受け取りします」

​両手でブロマイドを捧げ持ち、無駄のない洗練された所作でそれを拝受した。

急に雰囲気が変わった俺の様子に、レイさんがきょとんとした顔で見上げてくる。

​「受験も、それ以外のあらゆる困難も、これを見て絶対にくじけずにやり切る。男として、約束します」

​人生で最も大切な秘宝を抱くように、ブロマイドを優しく胸へと引き寄せた。

​「私も……負けないで、がんばる!」

レイさんが、弾かれたようにそれに呼応した。

​パーティーの終幕が近づいている。

店内に流れる最後のBGMは、『未来戦隊タイムレンジャー』のクリスマス回で流れた珠玉の名曲『ミラクル♡Xmas』。メインキャスト五人が歌い上げる、きらびやかで希望に満ちたメロディだ。

​「来年も、またここで一緒に……」

「うん、約束だね」

​その言葉をきっかけに、俺はテーブルの上に置いた手をゆっくりと滑らせ、レイさんの手の近くで小指を立てた。

(ちょっと待て。何をしてるんだ俺は? 大胆が過ぎるぞ)

​しかし、変身状態の俺にブレーキは存在しなかった。するとレイさんも、それに導かれるかのように自身の小指を立て、自然な流れでそれを絡ませてきた。

​これがいわゆる、「ゆびきりげんまん」というやつか。

​至近距離で見るレイさんの顔が、みるみるうちに林檎のように真っ赤に染まっていくのがわかる。対する俺の方は、驚くほどポーカーフェイスを維持していた。

(すごいな……変身していれば、こんな気恥ずかしい挙動も衒いなく平然とやってのけられるのか!)

​レイさんの小指から伝わってくるダイレクトな体温が、とてつもなく心地よかった。普段の生身の俺なら、心臓がオーバーヒートしてその場で爆発四散していただろう。

​どれだけの時間、そうして指を絡ませていたのだろうか。クロック数にすれば、ほんの数秒の出来事だったはずだ。

だが、絡まった指先の皮膚感触が、急に強烈な現実味を帯びて熱く脈打ち始める。ふと我に返った俺は、その動揺を悟られまいとして、ゆっくりと、極めて自然に彼女の指を解放した。

​「ちょっと、お水のおかわりを取りに行ってくるよ。レイさんも要る?」

​俺はスマートな笑顔を崩すことなく、あくまでジェントルなそぶりで声をかけた。

「あっ……う、うん……お願いします……」

​赤らめた顔を限界まで下に向けながら、レイさんが俺にガラスコップを差し出す。

コップを二つ預かって立ち上がり、給水機の方へ向かうためにレイさんに背を向けた瞬間—俺の無理して作り込んでいた営業スマイルは、一気に完全崩壊した。

肺の奥に溜め込んでいた二酸化炭素を、一気に吐き出す。

​(やばい、心臓がバックバクだ。顔から火が出るってレベルじゃないぞ...! 指切りの破壊力ハンパねぇな!)

​あまりにベタで、あまりに子供っぽい仕草。だが、その破壊力はダイレクトに手を握ること以上かもしれない。俺の指先にはまだ、熱い余韻が痺れるような電気信号として残っていた。

​だが、ふと強烈な「視線」を感じてハッと我に返る。視線の発信源を恐る恐る確認すると、そこには本郷さんの姿があった。

彼は不自然なほどあらぬ方角を向いたまま、無音で激しく食器を洗っていた。

​(まさか、一部始終を見られた……!?)

​背筋に冷や汗が流れたが、そのスリルのおかげで急速に脳のオーバーヒートが冷却された。

俺はコップに並々と水を注ぎ、何事もなかったかのように席に戻った。レイさんにコップを渡す。

​互いの視線が交錯する。少しの後ろめたさと気まずさが空間に漂ったが、数秒後、どちらからともなく「ふふっ」と同時に吹き出してしまった。

​少し離れた調理場で、不自然なほどあらぬ方角を向いたまま、これまた不自然なほど激しく食器を磨いていたレイの父親・崇は、ニヤけそうになる口元を必死に引き締めながら、超低音のウィスパーボイスで呟いていた。

​「若いのは、実にいいねぇ……」

​もちろん、そのコミカルな父親の奮闘を、勇介たちが知る由はなかった。

​「今年、こうして会うのは今日が最後か……」

「うん。次の金曜日は友達との受験勉強会が入っちゃってるから、マロンには顔を出せないの」

「俺も、塾の冬期講習に行くのは次の金曜がラストだからな」

「ごめんね」

「そんなことないよ、お互い大事な時期だしね。俺もしっかり勉強を頑張るよ。今日の、あの約束を胸にね」

「ふふっ。うん、お互いに頑張ろうね」

​そんな約束を交わしながら、俺たちは自然な流れで連絡先(LINE)の交換を済ませた。これでまた一つ、彼女とのタイムラインの繋がりが強化されたわけだ。

​「じゃあ、また来年。良いお年を」

そう言って俺は、軽く右手を挙げた。

「良いお年を!」

​レイさんも弾んだ声で言いながら、同じように右手を挙げる。

そして、自然な流れでパンっ、と心地よい音を立ててハイタッチを交わした。

一度ディープな「ゆびきりげんまん」を通過した俺たちにとって、「ハイタッチ」程度のスキンシップなど、もはや造作もないルーティンだった。

​凄まじい進展だ。来年はきっと、間違いなく素晴らしい年になる。志望校合格も、その先にある未来も、全部この手で掴み取ってやる。

​全身の細胞を駆け巡る幸福なエンドルフィンに包まれながら、俺は雪が降りそうで降らない、冷たく澄んだ夜の街へと名残惜しそうに足を踏み出した。

​そのわずか数日後、予想だにしない驚異のアクシデントが自分たちの身に降りかかることなど、この時の俺には知るよしもなかった。

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作者について

キリオン・スレイ

キリオン・スレイ

はじめまして、人間とAIの合作ペンネーム、キリオンです。私たちは、人間の持つ「妄想力・構成力」と、AIの持つ「圧倒的な筆力・アイデアの引き出し」を掛け合わせた、徹底したエンタメ作品を追求しています。 ...

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