第五章 序盤
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
古書カフェ「マロン」の琥珀色の光の中で、二人は出会った。 特撮オタクの中学三年生・相羽勇介は、正義感が高まるとすべての能力がアップする特技を持つ少年。同じく特撮を愛する江村玲愛との出会いは、彼の日常を静かに、しかし確実に塗り替えていく。 クリスマスの夜、交わした小指の約束。だが新年早々、玲愛は交通事故に遭い、記憶を失って目覚める。彼女が覚えているのは、九歳までの記憶だけだった。 「好きという気持ちに、性別も年季も関係ない」 かつて彼女に伝えたその言葉を胸に、勇介は走る。歴代のスーパーヒーローたちが命を懸けて守り続けた「正義の心」を道しるべに、たった一人の少女の笑顔を取り戻すために。 これは、ヒーローに憧れた少年が、本物のヒーローになるまでの物語。 ※作中において実在の人物名などが出ることもありますが、あくまでもリアリティを出すための演出であります。
本文
その朝、助手席の窓から見えた空は、青かった。
抜けるように、痛いほど青かった。
江村玲愛は、父の運転する軽トラックに揺られながら、シートベルトの固さをぼんやりと意識していた。助手席は少し窮屈で、暖房が足元に当たりすぎて暑い。
「寒くないか」
「うん、むしろ暑い」
父が短く笑った。それだけの、何でもない会話だった。
交差点が近づいてきた。信号は青だった。
玲愛は、自分が次に何を考えようとしていたか、後になっても思い出せなかった。
ただ——
右側の視界に、何かが映った。
速い。あれは、止まらない。
「—お父さん!」
声が出た瞬間、世界が横に弾けた。
衝撃は音より先に来た。骨を揺さぶる振動。金属が悲鳴を上げる。ガラスが粉になって散る。体が慣性のまま引っ張られて、シートベルトが胸に食い込む。
何がどうなっているのか、わからなかった。
わかったのは、すべてが止まった後、右側のドアが完全に潰れていることと、父の声が、遠くで何かを叫んでいることだけだった。
視界が、白くなった。