第七章 もう一度、好きになる
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
古書カフェ「マロン」の琥珀色の光の中で、二人は出会った。 特撮オタクの中学三年生・相羽勇介は、正義感が高まるとすべての能力がアップする特技を持つ少年。同じく特撮を愛する江村玲愛との出会いは、彼の日常を静かに、しかし確実に塗り替えていく。 クリスマスの夜、交わした小指の約束。だが新年早々、玲愛は交通事故に遭い、記憶を失って目覚める。彼女が覚えているのは、九歳までの記憶だけだった。 「好きという気持ちに、性別も年季も関係ない」 かつて彼女に伝えたその言葉を胸に、勇介は走る。歴代のスーパーヒーローたちが命を懸けて守り続けた「正義の心」を道しるべに、たった一人の少女の笑顔を取り戻すために。 これは、ヒーローに憧れた少年が、本物のヒーローになるまでの物語。 ※作中において実在の人物名などが出ることもありますが、あくまでもリアリティを出すための演出であります。
本文
二日後。
塾の講義が始まる前、俺は病院へと急いだ。面会の予約は、ゆりかさんが整えてくれている。遅れるわけにはいかない。
病室のドアを軽くノックすると、中から二つの華やかな声が漏れてきた。ゆりかさんとめぐみさんだ。今日も親友の元へ駆けつけていたらしい。
「どうぞ」 楓さんの柔らかな声に促され、ドアを開ける。 ベッドの上に座っていたレイさんと目が合った瞬間、彼女の表情がひまわりが開くように輝いた。
「あっ、ヒーローのお兄ちゃんだ!」
ヒーローのお兄ちゃん。
背後でゆりかさんとめぐみさんが、噴き出しそうになるのを必死に堪えて肩を震わせている。楓さんも口元を隠して上品に微笑んでいた。
「どうも。ヒーローのお兄ちゃんです」
俺は努めて冷静に、ポーカーフェイスを維持して応えた。だが、耳の付け根が火照っているのは隠しようがない。
「来てくれると思ってた!」
「約束したからね。男に二言はないよ」
俺は椅子を引き、彼女の傍らに腰を下ろした。レイさんは待ちきれないとばかりに身を乗り出してくる。
「ねえねえ、この前言ってた『宇宙刑事』って何? ずっと気になってたんだ」
「相変わらず食いつきがいいね」
「だって気になるんだもん。スマホで調べたいけど、うちは禁止だから……」
後になって知ることだが、彼女がスマホを手にするのは中学進学後だ。教育方針として、この時期の彼女にデジタルデバイスの自由はなかった。その制限が、かえって彼女の想像力を逞しくしていたのかもしれない。
俺はカバンから自分のスマホを取り出し、画面を彼女に向けた。
「宇宙刑事ギャバン。一九八二年の作品。今から四十年以上も前のヒーローだよ」
画像が表示された瞬間、レイさんの瞳が大きく見開かれた。
「なにこれ…ピカピカしててかっこいい! 」
「メタリックスーツを一瞬で装着する『蒸着』が特徴でね。変身シーンの格好良さは折り紙つきさ」
「見たい! 絶対に見たい!」
堰を切ったように質問が飛び出してきた。必殺技の名前、全何話あるのか、今でも映像は見られるのか。俺はYouTubeの公式配信をいくつか見せながら、一つひとつ丁寧に解き明かしていく。 ゆりかさんとめぐみさんは、その光景を温かな眼差しで見守りながら、時折楽しそうに顔を見合わせていた。
話がひと段落したところで、俺は本題を切り出した。
「レイさん、一つ提案があるんだけど。今度の日曜日、少し外に出てみない? 近くの商業施設をぶらぶら歩くだけでも、いい気分転換になると思うんだ」
レイさんの瞳に、更なる光が宿る。
「いいの……!?」
「もちろん、身体に無理のない範囲でね」
「やったぁ!」
ベッドの上で小さなガッツポーズ。それを見守っていた楓さんが、苦笑混じりに釘を刺した。
「でもレイ、お医者様の許可が出ればの話よ」
しまった。手順を誤った。まずは保護者に筋を通すべきだった。
「すみません。つい先走ってしまいました」
俺が楓さんに頭を下げると、彼女は「段取りを間違えちゃったのね?」と愉快そうに笑った。
「先生に相談してみますね」 そう言い残し、楓さんは病室を後にした。
数分後、彼女は担当医を連れて戻ってきた。医師はレイさんのバイタルをチェックし、快活な様子を見て静かに頷いた。
「良いでしょう。気分転換は回復の助けになります。ただし、人混みを避けること、疲れたらすぐに切り上げること。これが条件です」
「はい! 絶対に守ります!」
レイさんの元気な返事が病室に響く。 こうして、日曜日の「外出」が決まった。
「それじゃあ、俺はそろそろ。塾の時間が迫っているんだ」 カバンを肩にかけ、立ち上がる。
「もう行っちゃうの?」 途端にしょんぼりと肩を落とす姿は、まさに九歳の子供そのものだった。
「勉強してくるよ。日曜日は楽しみに待っていて」
「うん!」 彼女は再び満面の笑みを浮かべ、ベッドの上で大きく手を振った。
病室を後にし、静まり返った廊下を歩きながら俺は小さく息を吐いた。
(やばいぜ、本当に……)
頭の中ではすでに日曜日の作戦会議が始まっている。歩行距離の算出、休憩ポイントの選定、食事の場所。ヒーローショーは刺激が強すぎるか? ならば屋上庭園はどうだ? 課題は山積みだったが、足取りは驚くほど軽やかだった。
その頃、病室では。
ゆりかとめぐみが、レイを挟むように座っていた。 レイは、先ほど彼を見送った手をそのままぎゅっと胸に抱きしめ、うっとりとした表情を浮かべていた。
「ヒーローのお兄ちゃん、かっこいいね……」
「……そうだね」 ゆりかは少し遠い目をして、親友の横顔を見つめた。
「日曜日、楽しみだなあ」 窓の外には、冬の澄み切った青空がどこまでも広がっている。
めぐみが、ゆりかの耳元で小さく囁いた。
「……記憶がなくても、また好きになっちゃうんだね」
ゆりかは何も答えなかった。ただ、柔らかな光を湛えた瞳で、静かに微笑んでいた。