第九章 初デート、part4
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
古書カフェ「マロン」の琥珀色の光の中で、二人は出会った。 特撮オタクの中学三年生・相羽勇介は、正義感が高まるとすべての能力がアップする特技を持つ少年。同じく特撮を愛する江村玲愛との出会いは、彼の日常を静かに、しかし確実に塗り替えていく。 クリスマスの夜、交わした小指の約束。だが新年早々、玲愛は交通事故に遭い、記憶を失って目覚める。彼女が覚えているのは、九歳までの記憶だけだった。 「好きという気持ちに、性別も年季も関係ない」 かつて彼女に伝えたその言葉を胸に、勇介は走る。歴代のスーパーヒーローたちが命を懸けて守り続けた「正義の心」を道しるべに、たった一人の少女の笑顔を取り戻すために。 これは、ヒーローに憧れた少年が、本物のヒーローになるまでの物語。 ※作中において実在の人物名などが出ることもありますが、あくまでもリアリティを出すための演出であります。
本文
食事を終えた俺たちは、ゆっくりと時間をかけて商店街を後にした。
やがて、片側二車線の大きな大通りに差し掛かったところで、レイさんが突然、弾かれたように足を止めた。
彼女の視線の先には、周囲の景観を圧倒するような、巨大な近代複合ショッピングモールがそびえ立っていた。太陽の光を反射する全面ガラス張りの外観、自動ドアの向こうに広がる広大な吹き抜けのエントランス。歴史ある商店街のすぐ裏手に、これほど巨大な未来の建造物が突如として出現していたのだ。
「……な、に、これ」 レイさんは呆然と首をのけぞらせ、その巨大な質量を見上げた。 「ショッピングモールさ。ここ数年の間に、この地域の再開発で建ったんだよ」 「こんな大きな建物……私の知っている場所にはなかったのに」
レイさんはゆっくりとその未来的な外観を見つめていた。しばらくの間、声もなく立ち尽くしていた。
俺は何も言わず、ただ彼女の横顔を見つめた。 「商店街のお店も変わっちゃってて、こんな知らない大きな建物が建ってて。世界中のみんなが当たり前に知っていることを、私だけが何も知らなくて……」
レイさんは自分の少し大きくなった手のひらを見つめ、指先を震わせた。
「身体だけこんなに大きくなっているのに。時々ね……自分が今、世界のどこに立っているのか、本当に分からなくなっちゃうの」
彼女の声の震えは、記憶の空白という深い暗闇に対する、不安そのものだった。
「…怖いかい?」
「うん。少し、怖い」
レイさんは誤魔化すことなく、正直に頷いた。 「でもね、それよりも…悔しいの。みんなが進んでいるのに、自分だけが何も分からないのが、たまらなく悔しい」
その一言が、鋭く俺の胸を打った。
恐怖に屈するのではない。彼女は「悔しい」と言ったのだ。記憶を失い、世界の速度に置いていかれそうになりながらも、その瞳の奥にある不屈の芯は、決して折れてなどいなかった。
「大丈夫だよ」
俺は、彼女の目を真っ直ぐに見つめて言った。何の医学的根拠もない、ただの気休めかもしれない。だが、そう言わずににはいられなかった。
「絶対に大丈夫。君は何もおかしくないし、置いていかれてなんかいない」
レイさんが、弾かれたように俺を見た。眼鏡の奥の瞳が激しく揺れ、やがて、静かにひとつの確信へと落ち着いていく。
「…うん!」
彼女は力強く頷くと、モールの入り口付近に設置された巨大な電光掲示板に目を留め、何かに気づいたように声を上げた。
「あっ、お兄ちゃん、見て!」
「どうしたの? 怪獣でも出たかい」
「シネコンだ! 映画館が入ってる!」
案内板に刻まれた『CINEMA』の文字を見つけ、彼女の顔にぱっと華やかな光が戻った。 「映画館ができてるじゃない! 昔はここに映画館なんてなかったのに!」
「元気になったね。映画が好きなのかい?」 「めちゃくちゃ好き! 近くにこんなに大きな映画館ができたなら…うん、それだけは、この未来に来て良かったことかもしれない!」
さっきまでの暗い翳りが、嘘のように霧散していく。これこそが特撮やエンターテインメントを心から愛する、彼女の持つ最強の防壁(イマジネーション)の力なのだろう。
シネコンの最新上映ラインナップをキラキラした目で見つめながら、レイさんが言った。 「映画、観たいなぁ。面白い映画、やってるかな」
「今日は少し歩き回って疲れただろうから、映画はまた、次の機会のお楽しみにしよう」
「…そうだね」
レイさんは少しだけ残念そうに唇を尖らせたが、すぐに「約束だからね」と素直に頷いてくれた。
一方、ファストフード店の窓際では。
「ねえ、もう尾行は切り上げて大丈夫じゃない?」
ゆりかが窓の外を見下ろしながら、ポテトの最後の1本を口に放り込んだ。
二人の姿は、とっくに大通りを渡ってモールの巨大な自動ドアの向こうへと消えている。 「そうだね」とめぐみも同意するように頷いた。
「相羽くん、想像以上にちゃんとしてエスコートしてるし。私たちの心配は完全に杞憂だったみたい」
「だろ? 最初からそう言っているじゃないか」
中川が笑顔で胸を張る。
「さて、どうしようか。わざわざ駅前まで出てきたのに、今から解散じゃちょっと早いよね」 ゆりかが手元の時計を見ながら首を傾げると、めぐみが悪戯っぽくウインクしてみせた。
「どうせあの二人と同じモールにいるんだから、私たちも中でぶらぶらショッピングでもしようよ。万が一、鉢合わせちゃったとしてもさ、ほら、『たまたま同じ場所で遊んでただけ』って言い訳が立つしね?」
「あ、それ採用! 実はあの中のショップで、前から目をつけてた服があるんだよね」
色めき立つ女子二人に、中川がやれやれと大袈裟な溜息を吐きながらトレーを持って立ち上がった。
「全く、二人の行動力には脱帽するな。…ほら、行くなら行くで、早くしないと置いていくぞ」
口では文句を言いつつも、その足取りは決して重くはない。三人は賑やかな笑い声を残しながら、二人が待つ巨大な光の空間へと歩き出していった。