第十四章 強き意志で燃え上がる魂(ソウル)
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
古書カフェ「マロン」の琥珀色の光の中で、二人は出会った。 特撮オタクの中学三年生・相羽勇介は、正義感が高まるとすべての能力がアップする特技を持つ少年。同じく特撮を愛する江村玲愛との出会いは、彼の日常を静かに、しかし確実に塗り替えていく。 クリスマスの夜、交わした小指の約束。だが新年早々、玲愛は交通事故に遭い、記憶を失って目覚める。彼女が覚えているのは、九歳までの記憶だけだった。 「好きという気持ちに、性別も年季も関係ない」 かつて彼女に伝えたその言葉を胸に、勇介は走る。歴代のスーパーヒーローたちが命を懸けて守り続けた「正義の心」を道しるべに、たった一人の少女の笑顔を取り戻すために。 これは、ヒーローに憧れた少年が、本物のヒーローになるまでの物語。 ※作中において実在の人物名などが出ることもありますが、あくまでもリアリティを出すための演出であります。
本文
病院の出口で、待っていてくれたゆりかさんたちと合流した。
ツンと冷たい冬の風が頬を刺した。だが、心の中が芯から温まっているせいか、さっきまでよりずっと心地よく感じられた。
「相羽くん」と、ゆりかさんが真剣な目で言った。「本当に、本当にありがとう」
「いや……俺の方こそ、みんながいてくれて助かった。一人じゃどうしようもなかったから」
「謙遜しちゃて」とめぐみさんが悪戯っぽく笑う。
「でも本当にお疲れ、相羽くん」
中川くんが、心からの笑顔で言った。
「江村さんの友達として、俺からも礼を言う。ありがとう」
「……そういえば」
俺は歩きながら、何気ないトーンで口を開いた。
「商店街の玩具店を出た辺りから、ずっとついてきてたよね。三人とも」
一瞬の沈黙。
ゆりかさんとめぐみさんが、示し合わせたように同時に固まった。中川くんだけが、かすかに目を細めて前を向いたままだった。
「……い、いつから気づいてたの?」
ゆりかさんが、恐る恐る聞いてくる。
「玩具店に入って、しばらくして外を見たら、見覚えのある顔がいるな〜と思って…」
「えっ!? じゃあずっと……!?」
「うん、ずっと」
「な、なんで言わなかったの!」
「言ったら気まずいかなと思って。それに……」
俺は少し間を置いた。
「やっぱレイさんって愛されてんだなぁ…って思ってさ。それが嬉しくてね。それに、三人がいてくれるって分かってたから、俺も思い切って動けた部分もある」
めぐみさんが「うわあ……」と片手で顔を覆った。
ゆりかさんは「なんか恥ずかしいんだけど。汗出てきた…」と顔を手で仰ぎながら照れ笑いした。
中川くんだけが、静かに笑いながら言った。
「一本取られたね」
「お互い様だよ」
俺も笑い返した。
四人で顔を見合わせて笑いながら、黄昏時の駅前道を歩き出した。
オレンジ色の街灯が、ぽつぽつとフットライトのように点灯していく。
「寒くなってきたね」
めぐみさんが、お気に入りのマフラーをぎゅっと巻き直しながら呟いた。
歩きながら、俺は通学カバンの中のブロマイドを、無意識に外側から手で確かめた。
最高の、そしてとんでもない一日だった。確かに色々ハードな修羅場はあったが、終わってみれば、今日はただ大好きな彼女と楽しくデートしただけだったかな。―かなり特殊な状況下ではあったけれど。
それにしても、今回のレイさんの記憶喪失。
医学的な直接の原因は、もちろん自動車事故による頭部の打撲と、それに伴う逆行性健忘なのだろう。
だが、俺にはどうしても、それだけではない「何か」が働いた気がしてならなかった。
小学三年生の時、レイさんは梶山に大好きなものを貶された。言葉で言い返せず、感情のままにビンタをした。暴力に逃げた己への失望。その後、梶山が謝ってきた時も、どうしても許せない自分を「狭量で醜い」と責めた。
その悔恨の棘が、誰にも言えないまま、六年間も彼女の胸の奥底で膿み続けていたのか。
だから、彼女の精神が『九歳』に戻ったのは、決してただの偶然じゃない。
まだ清算されていない過去の傷が、江村玲愛をあの分岐点へと引き戻したのではないか。
今度こそ、大切なものを『言葉』で守り、過去と決着をつけるために、彼女が与えられた試練。
馬鹿げたオタクの妄想かもしれない。医者が聞いたら笑うだろう。だが、俺にはそう思えて仕方がなかった。
もっとも、巻き込まれて骨折したお父さんの本郷さんからしたら、とんでもない、もらい事故以外の何物でもないが。
そして、もうひとつ。
あの時、ロビーで俺の脳裏に響き渡った、あの声。
俺には分かっていた。あの声の正体が。
中二の夏。つまり、特撮ヒーローにのめり込んで行ったあの頃から、ずっと一人で抱えてきた秘密がある。
父親の影響で見始めた昭和特撮作品の映像の中に、サブキャラとして戦うスーツアクターの動きを見た時に、妙な既視感があった。
自分の身体の動きを見ているような、不思議な感覚だった。
その夜から、夢を見てうなされるようになった。
砂埃の舞う撮影現場。ヒーロースーツの圧迫感。炎の熱さ。仲間の笑い声。断片的な記憶が、夢の中で繰り返し蘇っては、目が覚めると霞んで消えていく。
そしてある日、その人物が代役として初めてメインを張った回の映像に辿り着いた。
画面を見た瞬間、堰が切れた。
アクションスーツの感触。カメラの前に立つ緊張と興奮。アクションを決めた瞬間の、全身を貫く快感。次々と溢れ出す記憶の奔流に、俺はしばらく動けなかった。
そして、静かに腑に落ちた。
(俺の前世、最高にカッコいいじゃないか)
それが、中二の夏の俺の、正直な第一印象だった。
羽月流星
1980年代、特撮ヒーロー番組の現場で身体を張り続けたスタントマン。今で言う「スーツアクター」だ。
宇宙刑事シリーズをはじめとする数々の作品で、スーツの中からヒーローを体現し続けた男。
撮影現場への移動中、交通事故現場に偶然遭遇した彼は、炎に包まれた車の中から子どもを救出中に、車は爆発する。
子どもを身を挺して守った彼は、爆風をもろに受け、それが致命傷となり、若くして命を落とした。
それが、かつての俺だった。
炎の熱さ。高い場所から飛び降りた時の、なんとも言えない浮遊感。仲間のスタントマンたちの声。カメラが回る直前の、あの張り詰めた空気。そして、無意識に口をついて出ていた、あの音。
シュピーン。
俺が「変身」と呼んでいるあの現象の正体も、あの音の正体も、中二の夏にすべて分かった。流星が撮影前に発していた、集中状態への合図が、そのまま俺に受け継がれていたのだ。
(どうりで「シュピーン」が止まらないわけだぜ)
一人で笑った。誰にも言えなかったが、内心では相当テンションが上がっていた。
だが記憶の中には、カッコいいだけではないものもあった。
好きだという気持ちを、最後まで言葉として伝えることができなかった、最愛の女性がいたことを、俺は知っている。
相思相愛だったのに「あなたの気持ちが分からない」と言われて破局。
「時空戦士スピルバン」のパートナー、ダイアナのようなパーマがかったショートヘアの女性は、どこかレイさんに雰囲気が似ていた。
余命わずかな母親に、素っ気ない態度を取り続けた後悔も、知っている。
本当は、ただ現実を受け入れられなかっただけ。
衰弱していく母を前に、「大丈夫」という気休めのひと言すら口にできなかった。ただすがるように「死なないで」と繰り返すことしかできなかった自分が、情けなくて、悔しくてならなかった。
身体は動いた。炎の中でも、高所からでも、どこへでも飛び込めた。
なのに言葉だけが、いつも間に合わなかった。
それが彼の、大いなる後悔だった。
だから今日、俺の前に現れた。
好きという気持ちを踏みにじられ、言葉の代わりに手が出てしまって、そんな自分を責め続けたレイさんの姿に、自分自身の後悔が、重なって見えたから。
(レイさんは、あんたにとっても他人事じゃなかったのか)
俺は歩調を緩め、夕日に染まる空を見上げた。冬の星座たちが、凛烈な空気の中で冷たく瞬いている。
カバンの中のブロマイドを、今度は愛おしさを込めてそっと手のひらで確かめた。
大葉健二氏の、あの力強く豪快な筆跡。
レイさんが「相羽くんに持っていてほしいの」と、少しはにかみながら手渡してくれた、あの聖夜の瞬間が鮮明に蘇る。
この一枚には—大葉さんの魂が宿っている。そして、かつて大葉さんと同じ現場に立っていた、彼の魂も、一緒に。
彼の後悔と、意志と、「まだやり残したことがある」という執念が、この一枚に宿って、今日の瞬間を待っていたのかもしれない。
だから、あの時光ったのか。あれは幻覚ではなかった。
(俺は大葉さんと肩を並べてたんだぜ。我ながらなんて素敵な前世だ)
誰にも言えない自慢を、胸の中だけで高らかに宣言した。
だがそれと同時に、彼が言葉にできなかったものを、今日俺が言葉にできたことが、静かに誇らしかった。
身体を張ることは、彼から受け継いだ。
だが言葉は、俺自身のものだ。
ふと、妙なことを考えた。
俺は「相羽勇介として人生を生き直している羽月流星」なのか。
それとも「羽月流星の記憶を持つ別人」なのか。
どっちなんだ、俺は。
……まっ、どっちでもいいか。
もし誰かにどっちかと聞かれたら、ドヤ顔でこう答えりゃいい。
「両方さ」
聞かれないだろうがな。たぶん。
「……ありがとう、流星」
冬の空に向かって、小さく呟いた。
それから少しだけ間を置いて、付け加えた。
「お前のやり残したこと、今日ちゃんとやり遂げたぞ。任せといて魂よかっただろ」
遥か上空で、数多の星の中の一つが、強き「意志」で燃え上がる魂(ソウル)の如く、ひときわ眩しく「シュピーン」と瞬いた気がした。
そしてその光は呆れたように、しかし嬉しそうに、笑っているように見えた。