第二章 我が愛しのハンサム・ウーマン part2
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
古書カフェ「マロン」の琥珀色の光の中で、二人は出会った。 特撮オタクの中学三年生・相羽勇介は、正義感が高まるとすべての能力がアップする特技を持つ少年。同じく特撮を愛する江村玲愛との出会いは、彼の日常を静かに、しかし確実に塗り替えていく。 クリスマスの夜、交わした小指の約束。だが新年早々、玲愛は交通事故に遭い、記憶を失って目覚める。彼女が覚えているのは、九歳までの記憶だけだった。 「好きという気持ちに、性別も年季も関係ない」 かつて彼女に伝えたその言葉を胸に、勇介は走る。歴代のスーパーヒーローたちが命を懸けて守り続けた「正義の心」を道しるべに、たった一人の少女の笑顔を取り戻すために。 これは、ヒーローに憧れた少年が、本物のヒーローになるまでの物語。 ※作中において実在の人物名などが出ることもありますが、あくまでもリアリティを出すための演出であります。
本文
カランコロン、とドアベルが鳴り、冬の冷気を連れて彼が出ていった。
レイはカウンターに手をついたまま、しばらくその扉を見つめていた。
(彼……「レイさん」って、呼んでくれた)
火照った頬を、自分の両手でそっと包み込む。
江村玲愛、十五歳。名前は玲愛と書いて「れい」と読む。自宅は「マロン」から少し歩いた場所にあるマンション。父親がこの店のオーナーで、受験勉強の息抜きも兼ねて、時々手伝いをしている。
幼い頃に見た「烈車戦隊トッキュウジャー(’14)」をきっかけに、特撮作品にのめり込んでいった、生粋の「特オタ」だ。
学校には仲のいいクラスメイトや、幼なじみの大親友もいる。でも、同じ趣味を持つ子はいない。
一応、理解はしてくれている。それでも、どこかに距離や心のすき間を感じてしまうのは、どうしようもなかった。
最初に勇介をこの店で見た時の、レイが彼に抱いた印象は「同じ趣味を持つ、親しみやすそうな同世代の男子」だった。
いつも決まった曜日に来店して、隅の席でコーヒーを飲み、商品棚を満面の笑みで眺めながら、古本をまるで宝物のように大切に扱っている人。
トッキュウジャーのトッキュウ一号、ライトを演じた俳優、志尊淳に少し似ていると思っていた。
正直、かっこいい人だと思っていた。時々、チラ見していた。
「イケメン目当て」って言われても文句は言えないかな、と彼女は苦笑いした。
イケメンが好きで、何が悪いの?とも思ったけれど。
何をきっかけに話しかけようか、とずっと考えていた。
彼がこれまで購入した商品の傾向から、八十年代の作品が好きではないかと分析した。八十年代の特撮といえば「宇宙刑事シリーズ」だろうと予想して、自分のコレクションの一冊だった『宇宙刑事大全』を取り置きしておいたのだ。
初めて声をかけた時は、本当に胸がドキドキした。
だが、なぜここまで彼のことが気になるのか。その答えは、数日前のあの光景にある。
店の備品が足りなくなって、近くのスーパーへ買い出しに行った時のことだった。夕闇が迫る中、突然怒号と悲鳴が響き、ひったくり犯が目の前を横切っていった。
呆然と立ち尽くすレイの視界に、道端で遊ぶ子供たちの姿があった。
(危ない!)
そう叫ぼうとした瞬間だった。
自転車に乗っていた少年が、勢いよく飛び降りて、ひったくり犯に向かって猛然と駆け出したのだ。近くの木箱を踏み台にして、高く跳ぶ。夕日を背負い、大きな放物線を描くシルエット。空中で一瞬静止したかのように見えた右足が、真っ直ぐに犯人を射抜いた。
「ライダーキック!」
街の騒音をかき消して、鋭い気合が響いた。
確かに「ライダーキック」と聞こえた気がした。
そしてレイは気づいた。彼がいつもこの店に来ている、あの人だということに。
テレビの中のヒーローに憧れるだけじゃない。誰かがピンチの瞬間に、自分の怪我も顧みず飛び込んでいける「本物」の強さを持っている。
本物のヒーローだと思った。
そんな彼と、今日初めてちゃんと話せた。
会話は弾んだ。驚くほど心地よかった。
だからこそ、不安になった。
話の内容が深まれば深まるほど、レイの胸の奥で、古い記憶がじわじわと頭をもたげてきた。弾んでいた心が、急激に重力を増していく。勇介の笑顔を見つめながら、レイはいつの間にか拳を握りしめていた。
脳裏にこびりついている呪詛めいたあの言葉。
「女の子が、本当の良さなんてわかるの?」
「どうせイケメン俳優が目当てでしょ」
「知識が浅いね」
かつて、同じように特撮を語り合えると思っていた同世代の男子に、投げつけられた言葉だった。
それだけじゃない。小学生の頃、SNSで見かけたある投稿が、今も頭の片隅に残っている。
「女の子がライダーや戦隊を見ていたら、男の子はその子が泣くまで馬鹿にするべき。それを乗り越えた女の子だけが、特撮ヒーロー好きになる資格がある。男の子向けのコンテンツに間借りさせてもらってる、という認識を持ってもらう必要があるから」
そんな内容だった。そして彼女は、現実にそれと同じ扱いを受けたのだ。
にわかだと決めつけられ、知識の量を検品されるような視線。性別というフィルターを通した偏見。
気にしなければいいだけの話かもしれない。でも、純粋な「好き」という気持ちが、偽物やぶりっ子として扱われること、オタクとすら認めてもらえないことは、彼女にとってどうしようもなく屈辱だった。
勇介との会話は心が弾む。けれど、話が深まれば深まるほど、いつか彼の中にも「女のくせに」という冷ややかな壁が現れるのではないか。
この温かな時間が、たった一言の毒を持つ鋭い刃に変わってしまう。そんな末路が、頭をよぎって離れなかった。
だから、言ってしまった。正直に。
だが彼は、それを笑い飛ばすでもなく、論破するでもなく。ただ、まっすぐにレイの目を見て言ってくれた。
「特撮作品を心から愛してる仲間」だと。
彼は「女だから」という偏見に対して、知識で言い返そうとはしなかった。ただ、アクションや特撮を愛するレイの純粋な感性を、大切なものとしてそのまま肯定してくれた。かつて自分を否定した者たちの誰よりも、その言葉には重みがあった。
「最高に、かっこいいじゃないですか」
独り言が、静かなクラッシックの流れる店内にこぼれた。
(次は、何を話そうかな)
彼に売ったばかりの『宇宙刑事大全』の、自分が一番好きだったページを思い出す。
次に彼が来た時、もっと深い話をしても、きっと引かずに笑顔で語り合える。
「にわか」だの「女なのに」だのという言葉に傷つくことのない、対等に楽しめる時間が、そこには約束されていた。
レイは鼻歌まじりに、本棚の整理を始めた。