カフェでの愚痴
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
大学2年生の橘ひなたは、ごく普通の女子大生。ある日、学校一のイケメンと噂される林武蓮と同じゼミになったことで、自然と彼を意識するようになる。 しかし蓮は恋愛に全く興味がなく、女の子から告白されても断り続けるクールな男。ひなたが話しかけても素っ気ない態度ばかり。 それでも一緒にいる時間が増えるうちに、ひなたは彼の不器用な優しさに少しずつ惹かれていく。 恋愛に無関心なイケメンが、初めて「恋の病」にかかるまでのドキドキラブコメ!
本文
翌週の木曜日、講義の前に時間が余ったひなたは、キャンパス内のカフェに立ち寄った。さくらと示し合わせて、いつもの窓際の二人席に陣取る。注文したカフェラテを両手で包みながら、ひなたはぼんやりと外を眺めた。
「ねえ、聞いてよ」とさくらがトレーをテーブルに置きながら言った。「昨日の講義の課題、全然意味わかんなかったんだけど」
「わかる。私も半分くらい諦めた」
「半分って何。ちゃんとやってよ、一緒に提出するやつなんだから」
「やったよ!半分は」
さくらが盛大にため息をついた。ひなたはカフェラテを一口すすりながら、ふと先週の講義のことを思い出した。
あの気まずさは、今でもじんわり残っている。
林武君がね!
ただ目が合っただけで「なに」と言われたあの瞬間。あの目の温度のなさ。別に怒っていたわけじゃないのはわかる。
でもあんな目で見返されたら、誰だって居心地が悪くなる。こっちはただちょっと見ただけなのに。
来週の講義、また隣になったらどうしよう。
考えただけで少し気が重くなった。できれば席が離れていてほしい。いや、そもそも向こうはひなたのことなんて覚えていないかもしれない。あの様子だと、ちらっと見て「なに」と言って、それで終わりだったはずだ。記憶にも残っていないだろう。
それはそれで少し腹が立つ気もするけど、まあ好都合だ。
「ひなた、聞いてる?」
「聞いてる聞いてる」
「絶対聞いてない。また変なこと考えてたでしょ」
「変なことじゃないよ。来週の講義のこと考えてた」
さくらが眉を上げた。「珍しい。真面目じゃん」
「真面目じゃなくて……また林武君が隣になったら嫌だなって」
「あー」さくらが納得したように頷いた。「まだ気にしてたんだ」
「気にしてるわけじゃないけど。ただ、あの気まずさをもう一回経験するのはしんどいなって話」
「でもひなたが見てたのが原因じゃ——」
「ちょっと待って」
ひなたはさくらの言葉を遮って、カップをそっとテーブルに置いた。
「見てたのは認める。でもあの『なに』の言い方、もう少しなんとかならなかったのかな。普通に話しかけてきたわけでもないのに、いきなりあんな目で見返すのはどうなの」
「……いや、それは」
「感じ悪いでしょ、普通に」
さくらが何か言いかけて、やめた。苦笑いをしながらストローをくるくると回している。その顔が「それはひなたが悪いと思うけど」と言っていた。でもひなたは気づかなかった。
「まあ、また隣になってもひなたが見なければいいだけじゃない?」
「そうなんだけど……なんか、悔しいじゃん」
「何が」
「なんか……うまく言えないけど」
ひなたはカフェラテを一口飲んだ。自分でも何が悔しいのかよくわからなかった。ただ、あの目で静かに見返されて、それで終わりだったことが、どこかひっかかっていた。
そのとき、カフェの入り口のドアが開いた。
ひなたは何気なく視線を向けて——固まった。
黒髪。整った横顔。静かな足取り。
林武君だった。
一人でカウンターに向かい、短い言葉で注文を済ませている。店員の女の子が少し顔を赤くしているのが遠目でもわかった。当の本人はそれに全く気づいていない様子で、スマートフォンを取り出して画面を見ていた。
ひなたは反射的に視線を逸らした。
「……来た」
「え?」さくらが首を傾けた。「誰が?」
「林武」
さくらがぱっと顔を上げ、入り口の方を見た。「本当だ」と小声で言う。「すごい、やっぱりかっこいいね」
「見ないでよ、気づかれたら嫌じゃん」
「ひなたが言う?」
ひなたは口をつぐんだ。確かに先週自分がやったことと全く同じだった。でも今は違う。あの気まずさを二度と経験したくないから!ということをさくらは知らない。
カップを持ったまま、ひなたはさりげなく横目で確認した。林武はカウンター横で飲み物を受け取り、辺りをざっと見渡している。席を探しているのだろうか。
頼む、こっちに来るな。
心の中でそう念じた瞬間、林武の視線がひなたのいる方向を向いた。
ひなたは瞬時に顔を正面に戻した。カフェラテを口に運びながら、さも何事もなかったような顔をする。
「……大丈夫?」とさくらが小声で聞いてきた。
「大丈夫。気づかれてないと思う」
「いや、たぶん気づかれてたよ」
「なんで言うのそういうこと」
さくらがくすくす笑った。ひなたはカップを握りしめながら、視線だけそっと横に流した。
林武は窓際の一人席に腰を下ろしていた。ひなたたちの席からは少し離れた斜め前。スマートフォンを見ながら静かに飲み物を口に運んでいる。誰とも話さず、誰にも目を向けず、ただそこにいる。
やっぱり感じ悪い人だな、とひなたは思った。
でもなぜか、視線がそちらへ引き寄せられそうになるのを、必死にこらえていた。
「ねえ、課題の話しようよ」
ひなたは努めて明るい声でさくらに言った。
「急にやる気出たじゃん」とさくらが笑った。
「うるさい。早く進めよっか」
カフェラテを一口飲んで、ひなたはテキストを広げた。林武のことは、もう見ない。そう決めた。