となりは大変?
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
大学2年生の橘ひなたは、ごく普通の女子大生。ある日、学校一のイケメンと噂される林武蓮と同じゼミになったことで、自然と彼を意識するようになる。 しかし蓮は恋愛に全く興味がなく、女の子から告白されても断り続けるクールな男。ひなたが話しかけても素っ気ない態度ばかり。 それでも一緒にいる時間が増えるうちに、ひなたは彼の不器用な優しさに少しずつ惹かれていく。 恋愛に無関心なイケメンが、初めて「恋の病」にかかるまでのドキドキラブコメ!
本文
講義室に入った瞬間、ひなたは窓際の席に座る黒髪を見つけて、思わず足を止めた。先週と同じ席。同じ横顔。同じ、静かな存在感。
……なんでまた隣なの!!
心の中で盛大にため息をついたひなたは、それでも他に空いている席がないことを確認して、観念した。そろりそろりと窓際の列へ向かい、林武の隣にそっと腰を下ろす。
気づかれていないといい。そう思っていたら、林武がわずかに視線を動かした。ひなたの方を一瞬だけ見て、それからまたノートに目を戻した。
何も言わなかった。
ひなたも何も言わなかった。
気まずい。先週よりも気まずい。先週は初対面だったから気まずかった。今週は一度あの「なに」を経験した上での気まずさだから、さらに違う。
ひなたはバッグからテキストを取り出しながら、できるだけ自然に、できるだけ平然と、前を向いた。
鬼島教授が入室してきた。「では始める」といつもの低い声。教室がしんと静まり返る。
ひなたはペンを走らせながら、頭の片隅でずっと考えていた。隣の気配を、意識しないようにしようとすればするほど、意識してしまう。ペンの音。ノートをめくる音。それだけで存在感がある。
なんで私がこんな気を遣わないといけないんだ。
理不尽だと思った。完全にそう思った。こっちは何もしていないのに——いや、見ていたのは認める。でもそれだけだ。あんな気まずい空気を作ったのは向こうだ。そういうことにしておいた。
講義が終わったのは90分後だった。教授が「今日はここまで」と言った瞬間、ひなたはほっと息をついた。早くこの空気から抜け出したい。テキストをバッグに詰め込んで、立ち上がろうとした。
そのとき、講義室のドア近くが少し騒がしくなった。
何事かと視線を向けると、廊下との境目あたりに人だかりができている。いや、人だかりというほどでもない。ただ、一人の女の子が林武の前に立っていた。
ひなたは思わず動きを止めた。
女の子は同じ講義を受けていた学生だろうか。長い髪をきれいに巻いた、見るからに華やかな雰囲気の子だった。少し頬を赤らめながら、林武に向かって何かを発している。
あ、これは。
見なくてもわかった。
林武はそれから女の子の顔を見た。表情はいつも通り動かない。少しの間があって、林武は口を開いた。何を言ったのかは聞こえなかった。でも女の子がぱっと顔を俯かせてた、理解した。
断られたなんだなと。
女の子は小さく頭を下げて、足早に廊下へ消えていった。林武は特に表情を変えることもなく、鞄を持って歩き出した。
ひなたはその一部始終を、なんとなく見ていた。
……大変だな。
正直、そう思った。告白する方も大変だけど、される方も大変だろうな、と。あんな顔で断られたら傷つくだろうし、でも林武からしたら好きでもない相手に曖昧な返事はできないだろうし。どっちの立場も、なんとなくしんどそうだった。
感じ悪い人だとは思っている。今も思っている。でもあの場面だけは、少しだけ気の毒だと感じた。毎回あんな場面を経験しているなら、それはそれで疲れるだろう。
廊下に出ると、さくらがいつものように駆け寄ってきた。
「見た?今の」
「見た」
「林くん、また断ってたね。なんか、しょっちゅうらしいよ」
「そうなんだ」
「ひなたにしては冷静じゃん。感じ悪いとか言わないの?」
ひなたは少し考えた。
「……告白は別に感じ悪くないでしょ。断るのは仕方ないし」
さくらが意外そうな顔をした。「へえ、珍しい。ちょっと見直した?」
「見直してはない」ひなたはきっぱり言った。「講義中の態度は今でも感じ悪いと思ってる」
「どっちなの」
「どっちもよ」
さくらがくすくす笑った。ひなたは歩きながら、さっきの場面を頭の中で整理した。女の子の顔。それを静かに断った林武の顔。どちらも、なんとなく忘れられない気がした。
あの子、大丈夫かな。
ひなたが心配したのは、断られた女の子の方だった。林武のことは、正直どうでもよかった。少なくとも、そのつもりだった。
「ねえ、お昼どうする?」とさくらが聞いてきた。
「学食でいいや」
「じゃあ行こ」
さくらと並んで歩き出しながら、ひなたはもう一度だけ後ろを振り返った。
林武の姿は、もうどこにもなかった。