向かいの林武と会話
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
大学2年生の橘ひなたは、ごく普通の女子大生。ある日、学校一のイケメンと噂される林武蓮と同じゼミになったことで、自然と彼を意識するようになる。 しかし蓮は恋愛に全く興味がなく、女の子から告白されても断り続けるクールな男。ひなたが話しかけても素っ気ない態度ばかり。 それでも一緒にいる時間が増えるうちに、ひなたは彼の不器用な優しさに少しずつ惹かれていく。 恋愛に無関心なイケメンが、初めて「恋の病」にかかるまでのドキドキラブコメ!
本文
学食はいつも混んでいる。ひなたとさくらは列に並び、それぞれトレーに昼食を乗せて席を探した。ちょうどいいタイミングで二人席が空いていたのを見つけ、さくらが先に駆けて確保する。
「ここ取った!」
「ナイス」
ひなたが向かいに座ろうとした瞬間、隣の四人席に誰かが座る気配がした。何気なく視線を向けて——固まった。
林武だった。
一人でトレーを置き、静かに席に着いている。たまたま空いていた席に座っただけなのだろう。向こうもひなたに気づいたのか、一瞬視線が合ったが、すぐに逸らされた。何も言わなかった。
なんでまた近くにいるの。
ひなたは内心ため息をつきながら、さくらの向かいに腰を下ろした。さくらは何も気づいていない様子で、トレーの上のうどんをほぐしている。
「で、午後の講義何だっけ」とさくらが聞いてきた。
「経済学」
「だるい。寝そう」
「寝るなら起こすから安心して」
そんな会話をしながら食事を始めたところで、さくらのスマートフォンが鳴った。さくらは画面を見て、ちょっと顔をしかめた。
「あ、ごめん。お母さんから電話。すこし行ってくるね」
「いいよ、ゆっくり」
さくらが席を立ち、人の間をすり抜けて去っていく。ひなたは一人になったトレーの前で、味噌汁をすすった。
そのとき、ふと視線を感じた。
横を見ると、林武がこちらをちらりと見ていた。すぐに目を逸らされたが、確かに見られていた気がした。
気まずい。完全に気まずい。
何か話しかけるべきなのか、それともこのまま無視するべきなのか。ひなたは内心で迷いながら、結局味噌汁の椀に視線を落とした。
しかし、ふと頭に浮かんだのは、先週の光景だった。講義終了後何かを伝えていた女の子。それを静かに断っていた林武。あの場面が、なんとなくまだ気にかかっていた。
聞いてみようかな……いや、変かな。
迷った末、ひなたは思い切って口を開いた。
「ね、ねえ」
林武が視線を上げた。「……なに」
その「なに」に、また少しイラッとしたが、ひなたは構わず続けた。
「この前、講義室の前で告白されてたよね?見えちゃったんだけど」
林武の表情が一瞬、わずかに動いた。「……見てたのか」
「たまたま。別に詮索する気はないんだけど」
林武は何も答えず、フォークでパスタを巻いていた。しばらく沈黙が続いたあと、ぽつりと言った。
「よくあることだ」
「よくあることって……」
「断るのも、慣れた」
その言い方が、あまりにあっさりしていて、ひなたは少し驚いた。慣れた、という言葉の裏に、どれだけの場面があったのか想像もつかなかった。
「大変だね」
思わずそう口にした。林武がこちらを見た。少し意外そうな表情だった。
「大変、というのは」
「告白する方も、勇気出してるわけだし。断る方だって、何でも言葉選ばないといけないわけでしょ。どっちもしんどそうだなって、ただ思っただけ」
林武はしばらく黙っていた。何か考えているような、いつもより少しだけ柔らかい顔だった。
「……そう言われたのは、初めてだ」
「え?」
「大抵は、こっちが悪者にされる」
林武はそれだけ言って、また食事に戻った。ひなたは何と返せばいいかわからず、味噌汁をもう一口飲んだ。
悪者にされる、という言葉が少し引っかかった。確かに、断られた側は傷つくだろう。でも断る側だって、好きでもない相手に気を遣って言葉を選んでいるはずだ。それを「悪者」と一括りにされるのは、なんだか気の毒な気がした。
——あれ、私、今この人のこと気の毒だと思ってる?
ひなたは自分の中の変化に、少し戸惑った。先週まで「感じ悪い」としか思っていなかったはずなのに。
「まあ、私はそう思っただけだから」
「……そうか」
それだけ言って、林武は食事を続けた。ひなたも黙ってうどんを口に運んだ。会話は途切れたが、さっきまでの気まずさとは少し違う空気だった。
しばらくして、さくらが戻ってきた。
「ごめん、長くなった。お母さん長話で——」
そこで言葉を止め、さくらは隣の席をちらりと見て、それからひなたを見た。何か察したような顔だった。
「何かあった?」
「何もないよ」
「ふーん」
さくらは何か言いたそうな顔をしながらも、それ以上は突っ込まずに席に着いた。ひなたは横目で林武を見た。彼は変わらず黙って食事をしている。
何かが変わったとは思わない。でも、さっきまでの「感じ悪い人」という印象に、少しだけ違う色がついたような気がした。
それが何の色なのか、ひなたにはまだわからなかった。