【欄】(第七波)

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/9/13 📚 シリーズ: 泣かせない係のおねぇちゃん、世界を盛りすぎる 📝 2,692文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

真昼山の山頂に、ひとりの子どもが降り立った。 名はハル。泣きそうなほど眩しい朝日を見上げたその瞬間、世界は“きれいすぎる”方向へ盛られてしまう。音は響きすぎ、匂いは良すぎ、善意は増えすぎる。 原因は神界の「泣かせない係」。 生活感のあるお役所みたいな職員室で、主犯神アマネが今日も宣言する。 「おねぇちゃんに、まかせて!」 涙ゼロを目指すあまり、世界を盛りすぎて大パニック。ゆれりんが鳴れば朝礼集合、盛っては直して反省会。なおし係まで巻き込まれ、業務はいつも過多になる。 一方、地上では麓の共同保護の家「結び家」が、飯と湯と順番で今日も回る。 パニックは去らない。だけど生活に編み込めば、笑って眠れる。 泣かせないおねぇちゃんと、泣く暇のない日常が出会う、ドタバタほのぼのハイファンタジー。

本文

織帳院の朝は、だいたい「揃えたのに揃わない」から始まる。

今日は、その先だ。揃える場所が無い。

申請受付審査室。

はんこ係のチヨは、机に突っ伏していた。

「……いや……いやぁ……」

悲しい泣きじゃない。業務の泣きだ。

机の上に積まれた申請書は、角だけが命だ。角が揃えば世界が回る。回るって言うな。胸の中で回れ。

チヨは儀式を始めた。

束の側面を机に、とん、とん、とん。

よし。揃った。

今日こそ、いける。いけるって言うな。胸の中でいける。

その瞬間。

紙の中で、罫線が一拍だけ増えた。

縦が一本。横が一本。

欄が、しれっと増えた。

増えた分だけ、揃ったはずの角が、やさしくズレる。

「……角が……角がぁ……!」

チヨは叫びかけて、すぐ自分の口を押さえた。

声を増やすと周りが動く。周りが動くと欄が喜ぶ。欄は動くのが好きだ。最悪。

背後の壁は、今日も壁をしていた。

張り紙。張り紙。張り紙。

主任級持ち回りの貼り癖が、今日に限って全部「ここで勝ちたい」になっている。

右端ぴし派。

中央揃え派。

上二ミリ空け派。

下余白残し派。

そして、なぜか一人だけ「斜めの方が人は読む派」。

「……読ませたい欲、出すなぁ……」

チヨの泣きが、A(角)からB(壁)へ移る。

角がズレる。壁がうるさい。

AとBを行ったり来たりすると、脳が熱い。熱いと欄が増える。増やすな。

ゆれりんが鳴った。

りん。

空気が固まる。固まると余計な手が止まる。

止まったのに、壁の張り紙だけが、なぜか増えたい顔をしている。紙の顔って何だ。胸の中で考えろ。

廊下から乾いた声。

「第七波?」

マドカだ。入って来ない距離で刺すのが上手い。入ると増えるからだ。

室内に、淡々が入ってきた。ナギだ。

壁を一瞥して、机を一瞥して、天井を一瞥した。

「……上」

「上?」

チヨが涙目で顔を上げる。

天井近く。

照明の周りに、薄い格子が漂っていた。

欄だ。

貼る場所を失った欄が、ついに“貼る場所を探す”のをやめて、“貼れる高さ”へ逃げた。

「……天井に逃げたぁ……」

チヨの泣きが、B(壁)で揺れて、A(角)に戻る。

「角も壁も天井も足りないって、何なんですぅ……!」

その時、最悪の元気が開いた。

「チヨー! おはよー!」

主犯神アマネだった。

元気。明るい。現場の酸素を吸って欄を吐くタイプの元気。

「……おねぇちゃんに、まかせて!」

「任せた結果がこれですぅ……!」

チヨは机に突っ伏し直す。A泣き。

すぐ壁を見る。B泣き。

忙しい。忙しいと欄が増える。増やすな。

アマネは天井の欄を見て、目を輝かせた。輝くな。

「見て見て! 欄、上に行った!」

「行ったって言うな」

マドカが廊下から刺す。

「でもさ、上に行ったってことは“貼る場所が増えた”ってことじゃん!」

「増えたって言うな」

チヨが泣き声で刺して、また口を押さえた。泣き声でも正しいことを言うのが、さらに悲しい。

アマネは大きく頷いた。頷くと決定が増える。増やすな。

「つまり! 欄は増えた! 解決!」

「解決するな」

ナギが淡々。

「えー? だって貼れるじゃん、ほら!」

アマネは椅子を引きずり出した。椅子が出ると現場が動く。動くと欄が喜ぶ。最悪。

椅子の上に立とうとするアマネの足元で、チヨが半泣きで叫びかけて止めた。

止めたのが偉い。止められなかったら今ごろ天井が申請書だ。

「……落ちるのは紙だけにしてぇ……!」

「落ちるって言うな」

マドカが刺す。

「紙が落ちるのも困るんだよ!」

チヨが言い返して、A泣きがB泣きに跳ねる。忙しい。

ナギが淡々と、天井の欄を見上げて言った。

「欄が上に行くと、読む角度が増える」

「角度増やすなぁ……!」

チヨが机に額を当てた。

その額の振動に反応するみたいに、天井の欄が、ふわ、と広がった。

照明の周りに、吊り下げ式の罫線が増えていく。

紙のモビールみたいに、欄だけが揺れる。揺れると、誰かが読みたくなる。読まれると、また増える。

最悪の循環が、上で静かに回っている。回るって言うな。

「ほら! 欄が空気に馴染んだ!」

アマネが元気に言う。

「馴染ませるな」

ナギが淡々。

「馴染んだら“常設”じゃん!」

「常設にするなぁ……!」

チヨが泣いた。A泣き。B泣き。どっちもセットで来る。来るな。

その時、にこにこが来た。

「おはようございます」

院代。にこちゃん先生。

にこにこ怖い。

椅子の上のアマネ。天井の欄。壁の張り紙。机の角。

全部を一度に見て、にこにこで“一言”だけ落とした。

「天井を申請書にしないでください」

一言。

一言だけで空気が一段だけ整う。

整うと、アマネの足が止まる。止まれるなら勝ち。

「……え」

アマネが口を開けかけて、閉じた。閉じられるなら勝ち(二回目)。

そして、朱肉の匂いが入ってきた。

ゲンだ。

「まだ終わってない顔だな」

「終わってません……!」

チヨが即答する。今日は泣きより怒りが勝ってる。怒れるなら生きてる。

ゲンは天井を見た。

次に壁を見た。

次に机を見た。

最後に、椅子の上のアマネを見て、雑に言った。

「上に貼るなら、上に印だろ」

意味が分からないのに、なぜか現場に効く。

雑は時々救命具だ。

ゲンは朱肉を開け、判を構えた。

ゲン印【幸】。

どん。

……どん、は本来机で鳴る音だ。

でも今日のどんは、椅子の上から天井へ向かって鳴った。

ゲンが椅子に乗った。乗るな。胸の中で乗るな。

乗ったのに、転ばない。転ばないのがゲンの雑な強さだ。

赤い【幸】が、天井の欄の中心に、きっちり乗った。

乗った瞬間。

欄が「仕事終わり」の顔になった。

ふわ、と揺れていた罫線が、すう、と薄くなる。

吊り下げ式の格子が、畳まれて、紙の内側へ戻っていく。

照明の周りの“貼れる高さ”が、ただの天井に戻る。

壁の張り紙も、ぴた、と止まった。

めくれかけていた紙の端が、元の位置に戻る。

貼り癖の主張が一段だけ静かになる。静かって言うな。

机の角が、やさしく揃い直された。

チヨの視界に、角が戻る。角が戻ると呼吸が戻る。戻るって言うな。

「……角……角が……」

チヨは泣きそうな顔で笑いそうになって、どっちにも行けずに机に額を当てた。

「……生きましたぁ……」

「生きたら飲め」

ゲンが雑に言って、湯呑みを指でちょん、と叩いた。

給湯室の方から急須が来る。急須は増えていい。増える急須は平和の匂いがする。

アマネが椅子から降りて、にこにこ先生を見て、胸の前で小さく拳を握った。

「……胸の中で、欄」

「胸の中なら勝手にしろ」

ナギが淡々と返して、なぜか全員が少しだけ笑った。刺さらない笑いがいちばん助かる。

チヨは最後に、壁を見た。

貼る場所は、ある。

でも今日は貼らない。貼らないのが一番の勝ちだ。勝ちって言うな。胸の中で勝ち。

ゲンが朱肉を閉めて、雑に言い放つ。

「終いが良ければそれでよし!」

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