掲示板を“正式設置”しても説明しない
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
真昼山の山頂に、ひとりの子どもが降り立った。 名はハル。泣きそうなほど眩しい朝日を見上げたその瞬間、世界は“きれいすぎる”方向へ盛られてしまう。音は響きすぎ、匂いは良すぎ、善意は増えすぎる。 原因は神界の「泣かせない係」。 生活感のあるお役所みたいな職員室で、主犯神アマネが今日も宣言する。 「おねぇちゃんに、まかせて!」 涙ゼロを目指すあまり、世界を盛りすぎて大パニック。ゆれりんが鳴れば朝礼集合、盛っては直して反省会。なおし係まで巻き込まれ、業務はいつも過多になる。 一方、地上では麓の共同保護の家「結び家」が、飯と湯と順番で今日も回る。 パニックは去らない。だけど生活に編み込めば、笑って眠れる。 泣かせないおねぇちゃんと、泣く暇のない日常が出会う、ドタバタほのぼのハイファンタジー。
本文
角の朝は、静かだった。
板は板。釘は少し。木札は一枚。箱は閉じてる。欠けの石は欠けたまま。
静かだと助かる。助かるって言うな。胸の中で助かる。
……のはずが、今日は静かなのに“音”が増えた。
とん。
とん。
とん。
木を叩く音。釘が入る音。
直し屋の人が角に来て、板の前で腕まくりをしていた。
「……板、替える」
直し屋の人が一語だけ言った。
それだけで分かる。分かるって言うな。胸の中で分かる。
今までの板は、薄い。軽い。軽いのは助かるが、軽いと風に負ける。
紙も木片も、軽いと飛ぶ。飛ぶと拾う。拾うと口が増える。増やすな。
板番のおばさんが腕を組んで見ている。顔が「分かってる」。
その横で、落とし物箱は閉じている。閉じている箱は良い。開きっぱなしは増える。
レンカが息を吸って口を押さえた。えらい。
「……正式っぽい」
「言うな」
ユリネが即座に刺す。
「……胸の中で、正式」
「胸の中なら勝手にしろ」
正式っぽい、が危ない。
正式っぽいと、人は説明を足したくなる。
説明を足すと、板が板じゃなくなる。欄になる。欄は増える。増やすな。
案の定、ミナギが目を輝かせた。輝くな。
「おっ! じゃあ“使い方”書こうぜ!」
「書くな」
ユリネが短く切った。
「えっ、でも初めての人困るじゃん」
「困るって言うな」
「……胸の中で困る」
「胸の中でも言うな」
タケルが真顔で板の前に立った。
立ち方が“壁”じゃない。“線”だ。
「説明しない」
一言。
怖いのに、刺さらない。生活の怖さだ。
「えっ」
「見るだけで回る」
「言うな」
ユリネが刺す。
「……胸の中で回る」
「胸の中なら勝手にしろ」
直し屋の人は、板の角を合わせて、釘を打った。
とん。
とん。
とん。
板が“座る”音がする。座ると落ち着く。落ち着くと、手が増えない。
でも増えるのは、ここからだ。
板が新しくなると、人は“何を掛けるか”を増やしたくなる。
「ここ、朝市」
「ここ、井戸」
「ここ、湯屋」
「ここ、落とし物」
「ここ、直し屋」
誰かが指で空中を区切って言い始めた。
区切り。
危ない。
区切りは欄の入口だ。入口が開くと、欄が増える。やめろ。
「区切るな」
ユリネが短く言った。
「えっ、でも分かりやすい」
「分かりやすいって言うな」
「……助かる?」
「助かるのは“薄い板”だ」
板番のおばさんが、板の端を指でとん、と叩いた。小さい音。呼び笛にならない。
「掛けるのは木片一枚」
言い切りそうになって、おばさんは言い直す。
「……今日は、それで回す」
今日だけ。
その言い方は増えない。助かる。助かるって言うな。
直し屋の人が、板の上に小さな釘を一本だけ打った。
一本だけ。
一本だけなら増えない。
釘が一本だと、掛けられるものも一本だ。
そして、木札が一枚だけ掛かる。
いつもの字。小さい。角ばってる。
見る
「……戻った」
ハルが小さく言いかけて、口を押さえた。えらい。
「言うな」
ユリネが刺す。
「……胸の中で戻る」
「胸の中なら勝手にしろ」
戻ったのは“使い方”じゃない。
戻ったのは“口の数”だ。
見る、があるだけで、口が増えにくい。
……なのに、正式っぽい板は、正式っぽい欲を呼ぶ。
「でもさ、“掲示板”って書いとけばさ」
誰かが言った。
名前を付ける。
危ない。
名前を付けると、説明が欲しくなる。説明が欲しくなると、紙が増える。紙が増えると、板が欄になる。
「書くな」
ユリネが短く言った。
「えっ」
「見れば分かる」
タケルが真顔で重ねた。
見れば分かる、が言えると、板は軽いまま。
そこへ、初めてっぽい人が来た。
朝市籠を抱えた若い人。目が泳いでいる。泳ぐ目は口を増やす。
「これ、何……?」
説明しろ、って顔だ。
説明しないのが今日の回。
でも冷たくしない。暗くしない。
コトが笑顔のまま、指先だけで木札を示した。
見る。
それだけ。
言葉を足さない。
若い人は板を見る。
見る、の札を見る。
それから落とし物箱を見る。欠けの石を見る。
角を見る。
「……見る、ってことか」
肩が落ちた。
肩が落ちると、口が増えない。増えないと角が軽い。
ミナギが感動して言いかけた。
「うわ、説明無しで通った!」
「言うな」
ユリネが刺す。
「……胸の中で通る」
「胸の中なら勝手にしろ」
通ったなら次。
次は、誰かが“掲示したい”を持ってくる。
案の定、紙が来た。
紙一枚。端がきっちり。文字が小さい。
紙の顔が「丁寧」だ。丁寧は増える入口。
「これ、貼っていい?」
言い方が確認で助かる。断定じゃない。
でも貼るは危ない。貼ると残る。残ると増える。増えると欄になる。
「貼るな」
ユリネが短く言った。
「えっ、でも」
「でもじゃない。板は掛ける」
板番のおばさんが短く言う。
貼らない。掛ける。
掛けるなら外せる。外せるなら増えない。
直し屋の人が、板の横に小さい木の輪を一つだけ付けた。
輪。
輪は固定じゃない。ひっかけるだけ。外せる。
「紙は輪に」
直し屋の人が一語じゃなくて二語で言った。
でも短い。短いなら刺さらない。
紙は輪にひっかけられた。
ひっかけた瞬間、通りの人が寄りかける。寄ると背中が詰まる。詰まると口が増える。
「近い」
板番のおばさんが短く言った。
短いから刺さらない。刺さらないのに、半歩下がる背中が増える。
半歩下がるなら、角は回る。
紙の内容は、読まれない。
読まれない? いや、読ませないんじゃない。
“読む前に増やさない”が先だ。
コトが、紙を指で示して、笑顔で一言だけ言った。
「見る」
それで終わる。
読む人は読む。読まない人は行く。
口が増えない。
相乗は結果一行でいい。今日はこれだ。
輪があると、紙が増えないまま“消える”。
……でも増えるのは人だ。
紙があると、角を通る人が「何?」って寄る。寄ると、朝市の入口が薄く前倒しになる。前倒しになると混ざる。混ざると豆が転がる。ころん。やめろ。
「拾う!」
ミナギが言いかけて、
「拾うな」
ユリネが刺す。
「えっ、でも豆!」
「本人が拾え。周りは動くな」
タケルが真顔で豆の逃げ道だけ足で止める。
手を出さない。足だけ。足は偉い。
落とした人が拾って終わる。終わりがあると増えない。
板番のおばさんが、紙を輪から外した。
「今日だけ」
短い。短いと揉めない。
外すと、人が散る。散ると角が角に戻る。戻るって言うな。胸の中で戻る。
「えっ、もう外すの?」
紙の人が言う。
不満じゃない。驚きだ。驚きは増える入口になりやすい。
ここは柔らかく返す。
「外すのも掲示」
コトが笑って言った。
「言うな」
ユリネが刺す。
「……胸の中で外す」
「胸の中なら勝手にしろ」
紙は紙の人に戻された。
戻すと、責任が板に生えない。
板は軽いまま。軽いのは正義。正義って言うな。
昼前、板は落ち着いた。
釘は一本。
木札は一枚。
輪は一つ。
それだけ。
それだけで、角は回る。
レンカが小さく言った。
「正式にしたのに、説明しなかった」
「言うな」
ユリネが刺す。
「……胸の中で、しない」
「胸の中なら勝手にしろ」
タケルが真顔で頷く。
「説明が無いと、噂も太らない」
「言うな」
「……胸の中で太らない」
「胸の中なら勝手にしろ」
家に戻ると、鍋が鳴っていた。
ごっちゃ煮スープの湯気が上がる。
湯気は増えていい。増える湯気は生活の勝利だ。
ミナギが椀を取ろうとして、
「順番」
ユリネが一言。
「……はい」
ミナギが言い直す。言い直せるなら勝ち。
コトが笑って言った。
「板、かっこよくなったね」
「かっこよくするな」
ユリネが刺す。
「……胸の中で、かっこいい」
「胸の中なら勝手にしろ」
ハルが小さく頷く。
「……輪、助かる」
「助かるって言うな」
「……胸の中で助かる」
「胸の中なら勝手にしろ」
シノがぼそり。
「……紙、増えなかった」
レンカが小さく宣言して、すぐ口を押さえた。
「今日、“使い方”書かなかった!」
「書きかけた」
ミナギが真顔で言いかけて、
「未遂って言うな」
ユリネが刺す。
「……胸の中で未遂」
「胸の中でも言うな」
刺さらない笑いが湯気に混ざって、台所が軽くなる。
正式にした。
でも重くしない。
説明しないで回るのが、一番の“正式”だった。
ユリネが短く言う。
「飯! 湯!」