となりの確認
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
大学2年生の橘ひなたは、ごく普通の女子大生。ある日、学校一のイケメンと噂される林武蓮と同じゼミになったことで、自然と彼を意識するようになる。 しかし蓮は恋愛に全く興味がなく、女の子から告白されても断り続けるクールな男。ひなたが話しかけても素っ気ない態度ばかり。 それでも一緒にいる時間が増えるうちに、ひなたは彼の不器用な優しさに少しずつ惹かれていく。 恋愛に無関心なイケメンが、初めて「恋の病」にかかるまでのドキドキラブコメ!
本文
朝のキャンパスは、まだ少し肌寒い空気が残っていた。ひなたは講義棟へ向かう道を歩きながら、なんとなく辺りを見回していた。
別に、探してるわけじゃないんだけど。
そう自分に言い訳をしながらも、視線は無意識に人の流れの中を彷徨っていた。黒髪の、すらりとした後ろ姿を探している自覚はあった。理由もちゃんとある——もしまた講義で隣になったら、嫌だからだ。
先週、先々週と二週連続で隣の席になった。三回連続なんてことになったら、さすがに気が滅入る。だから先に見つけて、今日は反対側の列に座ろうと決めていた。それだけだ。それ以外の理由なんて、何もない。
「ひなた、おはよー」
さくらが小走りで追いついてきた。横に並んで歩きながら、ひなたの顔を覗き込む。
「なんかキョロキョロしてるけど、誰か探してるの?」
「いや、探してないよ。ただの確認」
「確認って何の」
「……特に何も」
さくらが訝しげな顔をしたが、それ以上は聞かれなかった。ひなたは内心で安堵しながら、再び視線を講義棟の入り口あたりに向けた。
いない。
まだ来ていないのか、それとももう中に入ってしまったのか。どちらにしても、入り口で確認できなかったということは、講義室に着いてから判断するしかない。
講義棟に入り、階段を上る。教室のドアを開けると、すでに何人かの学生が席に着いていた。ひなたは扉のところで立ち止まり、さっと教室全体を見渡した。
窓際の列。先週、先々週と座っていたあの席。
そこに、黒髪はいなく、前の方にいた
林武はすでに席に着き、いつものように静かにノートを開いている。
やっぱりいた。
ひなたは小さく息をついた。見つけた以上は、もう簡単だ。遠くの列、できるだけ離れた席を選べばいい。
そう決めて教室の反対側へ足を向けたところで、ひなたは自分の中の小さな違和感に気づいた。
なんで、こんなにほっとしないんだろう。
見つけた瞬間、確かにほっとした。でも、それと同時に、自分でもよくわからない何かがある。
隣にならずに済むから、なのか。それとも——別の何かなのか。
考えても答えは出てこなかった。ひなたは反対側の列の、空いている席に腰を下ろした。窓際とは反対方向だから、林武の姿は視界の端にも入らない。それでいい。これでいい。
さくらが隣に座って、「今日はあっちじゃないんだ」と何気なく言った。
「うん、今日はこっち」
「珍しいね。いつも窓際にいるのに」
「気分」
ひなたは適当に答えながら、テキストを取り出した。鬼島教授が入室してきて、いつもの低い声で講義が始まる。
90分間、ひなたは一度も窓際の方を見なかった。見る必要がないと思っていたし、見たいとも思っていなかった。少なくとも、そう自分に言い聞かせていた。
講義が終わり、教室を出るとき、ひなたはなんとなく窓際の列に視線を流した。林武はすでに席を立ち、鞄を持って廊下へ向かっていた。今日も誰とも話さず、誰にも目を向けず、静かに消えていく。
その背中を見て、ひなたは小さく息をついた。
——よかった。今日は隣じゃなくて。
そう思う一方で、なぜか少し物足りないような感覚もあった。それが何なのか、ひなたは深く考えないようにした。考えたら、もう頭がパンクしそうだからである。
廊下に出ると、さくらが横から覗き込んできた。
「ひなた、今日は反対側にいたね」
「うん、なんとなく」
「林くんとまた隣になるの嫌だったんでしょ」
「……まあ、そんな感じ」
さくらが少し意味深な笑みを浮かべた。「ふーん」とだけ言って、それ以上は突っ込まなかった。
ひなたは廊下を歩きながら、もう一度自分の気持ちを確認しようとした。隣になりたくない。それは本当だ。あの静かな気まずさを、もう経験したくない。
でも、今日わざわざ朝から探していたのは——本当にそれだけの理由だったのか。
「次の講義、移動しよっか」
さくらの声に、ひなたは思考を切り上げた。
「うん、行こう」
二人で歩き出しながら、ひなたは小さく首を振った。きっと、ただ隣が嫌だったから探していただけだ。それ以上の意味なんて、何もないはずと言い聞かせていた。
そう結論づけて、ひなたは足早に次の教室へ向かった。