文化祭当日① 入口が多い

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/10/16 📚 シリーズ: 追伸は必ず。 📝 5,549文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

学校の片隅に置かれた「応援ポスト」。 HELP(困ってる)とTHANKS(助かった)を、誰でも匿名で入れられる。 返事も誰でも書ける。極稀に先生も書く。ただし、ひとつだけルールがある。 “追伸だけは必ず書くこと。” 中学も、高校も、大学も。 頑張り方に迷う誰かの紙に、知らない誰かの言葉が届く。 励ましじゃなくて、明日を軽くする「やり方」が、追伸に残る。 学園青春×短編連作 匿名お悩み相談(手紙) じんわり回復+時々クスッ 更新:週1は守ります。基本14時に届きます。たまに増えます。

本文

中学の教室、高校の廊下、大学の掲示板のそば。

どこにでも現れる「応援ポスト」には、毎週ちがうHELPが届く。

返事を書くのは、同級生かもしれない。先輩かもしれない。先生かもしれない。

共通しているのはひとつだけ。

“追伸だけは必ず。”

 文化祭当日の朝、学校には入口が増える。

 校門はひとつなのに、入口はひとつではない。

 受付の入口。

 企画の入口。

 教室へ入る入口。

 声をかける入口。

 手伝う入口。

 知らない人の列に並ぶ入口。

 うまく楽しそうにするための入口。

 どれも同じ校舎の中にあるのに、朝の光を浴びると、それぞれ別の門みたいに見えた。

 前日まで【入口用】と貼られていた段ボールは、教室の前に出されていた。赤い紙が上、青い紙が下。遠くから見ると赤が目立って、近くに来ると青が落ち着いて見える。三人で廊下の端から確認して決めた入口だ。

 ちゃんと入口になっていた。

 それなのに、入口の前にはすでに少し迷いが溜まっていた。

「ここ、入っていいの?」

「受付って先?」

「パンフレット、ここでもらう?」

「中に友だちいるか見てから入りたい」

「見てから入るって、もう入ってない?」

「入口哲学やめて」

 受付係は仮のままだった。

 本決定ではない。けれど、パンフレットを渡すだけならできる人が二人。質問は箱へ回していい。そう決めていた。

 でも当日は、決めた言葉が少し揺れる。

 人が来る。

 本当に来る。

 紙の上で想定していた「来場者」が、靴音と荷物と声を持ってやって来る。

 応援ポストは、文化祭の日も廊下の端にあった。いつもより少し横へ寄せられて、通行の邪魔にならない場所に置かれている。その横に、朝いちばんでHELPが貼られた。

【HELP】

文化祭当日です。

入口に立つだけで緊張します。

パンフレットを渡すだけ、と決めていたのに、人が来ると何か言わなきゃいけない気がします。

入口にいる人が固まっていたら、だめですか。

 その横に、別のHELP。

【HELP】

文化祭、行きたい教室があるのに入口で止まります。

中が見えすぎても怖いし、見えなさすぎても怖いです。

入っていいのか、声をかけていいのか分からなくなります。

楽しみたいのに、最初の一歩で疲れます。

 さらに下に、小さい紙。

【HELP】

入口が多くて、どこから見ればいいか分かりません。

全部回れないのに、全部逃した気がします。

文化祭って、楽しいはずなのに、選ぶところから難しいです。

 当日のHELPは、前日までのHELPと少し違った。

 準備の紙ではなく、人の前で止まる紙だった。

 文化祭は始まると、紙の問題が人の問題になる。いや、紙の問題も残っている。残っている上に、人が来る。だから入口は多い。物理的にも、気持ちの上でも。

 最初の返事は、太い字で貼られた。

【返事】

入口の人は、全部を案内しなくていい。

最初の言葉を一つだけ決める。

「こんにちは、パンフレットどうぞ」

これで入口の仕事は始まっています。

質問されたら、

「確認します」

「聞く箱に回します」

「少し待ってください」

でいい。

追伸:入口は完璧な説明所ではなく、最初の一歩を軽くする場所です。

 最初の一歩を軽くする場所。

 受付係の一人が、その紙を読んでから、手に持ったパンフレットを少しそろえた。パンフレットの角がそろうと、声も少しそろう気がする。

 次の返事は、丸い字だった。

【返事】

入りにくい教室は、「入る前の小さい手順」を作る。

・入口の貼り紙だけ読む

・中を一秒だけ見る

・受付に「見てもいいですか」と聞く

・合わなければ一回離れる

入ったら最後まで楽しむ、じゃなくていい。

追伸:入口で戻れると分かると、入る足が軽くなります。

 戻れる入口。

 その言葉で、板の前にいた子が小さくうなずいた。

 入口は、入るためだけの場所だと思っていた。でも、戻れると分かっている入口は入りやすい。入ったら最後、楽しそうにしなければならない。買わなければならない。話さなければならない。そう思うと、入口は門ではなく罠になる。

 戻れるなら、門に戻る。

 三枚目の返事は、少し実務寄りだった。文化祭のパンフレットの裏に書かれている。

【返事】

全部回れない日は、「入口を三つだけ」にする。

①今いる場所から近い入口

②人が少ない入口

③あとで戻りたい入口

全部を逃さないのは無理。

でも、三つ入口を選べば、文化祭は始まります。

追伸:全部入れない日も、ひとつ入れたら当日です。

 ひとつ入れたら当日。

 それは当たり前のようで、かなり救いだった。

 文化祭当日は、全部を楽しむ人が強く見える。パンフレットに丸をつけて、友だちと回って、写真を撮って、食べて、笑って、次へ行く人。そういう人は、文化祭の扱いが上手そうに見える。

 けれど、ひとつの入口で止まる人もいる。

 その人にも、当日は来ている。

 受付の仮係は、深呼吸をした。

 最初の来場者は、知らない大人だった。たぶん誰かの保護者。校内の案内図を見ながら、少しきょろきょろしている。

 受付係は、パンフレットを持ち上げた。

「こんにちは、パンフレットどうぞ」

 言えた。

 声は少し高かった。けれど出た。

 大人は「ありがとう」と受け取った。

 それだけだった。

 それだけで、一人目が通った。

 入口は爆発しなかった。

 次に来たのは、小学生くらいの子を連れた人だった。小さい子は入口の赤い紙を見上げている。赤と青の飾りが少し揺れて、朝の光を拾っていた。

「ここ、何をやってるんですか?」

 来た。

 質問だ。

 受付係の頭の中で、決めていた言葉が少し散った。

 何をやってる。

 何を。

 説明。企画名。中の流れ。注意事項。混雑時。質問は箱へ。どこまで言う。どこまで言えばいい。

 短い負けだった。

 手の中のパンフレットが少し曲がる。

 でも、負けたまま固まらなかった。

「確認します。えっと、ここは展示と、短い体験です。詳しくは中の係に聞いてもらって大丈夫です」

 完璧ではない。

 けれど、大人は「分かりました」と言った。小さい子は「赤い」と言った。赤い、だけで入口が一つ仕事をした気がした。

 受付係は、心の中で小さく丸をつけた。

 確認します。

 使えた。

 廊下の反対側では、入口で止まっていた子がいた。

 行きたい教室はある。

 友だちが「あとで行こう」と言っていた場所だ。でも、その友だちはまだ来ていない。先に見ておいてもいい。いいはずなのに、入口の前に立つと足が重くなった。

 中は少し見える。

 見えるから怖い。知らない人の背中。机の配置。受付の人。壁の飾り。笑い声。全部がもう始まっている。自分だけ、開始のタイミングを逃したように見える。

 その子は、応援ポストの返事を思い出した。

 入口の貼り紙だけ読む。

 中を一秒だけ見る。

 受付に「見てもいいですか」と聞く。

 合わなければ一回離れる。

 最初から入らなくていい。

 貼り紙だけ読む。

【本日の展示】

手順で助かったもの展

星の修理コーナー

聞く箱のしくみ

入口の色、赤と青

 変な展示だった。

 いや、文化祭の展示はだいたい少し変だ。変でいい。変だから、少し入りやすいこともある。

 中を一秒だけ見る。

 一秒は短い。

 でも、一秒見ると、入口の近くに「見るだけOK」と書かれた紙があるのが分かった。

 見るだけOK。

 その五文字は、強かった。

 その子は受付に言った。

「見るだけでもいいですか」

「大丈夫です。見るだけOKです」

 返事は、すぐ来た。

 中に入った。

 一歩だけ。

 入ってみると、さっき外から見えていた背中は、ただ展示を見ている人の背中だった。知らない人ではある。けれど、敵ではない。笑い声も、自分を置いていく音ではなく、紙コップ保護の競技結果を見た誰かの笑いだった。

 黒板の端には、こう書かれていた。

【本日の競技結果】

紙コップ保護:勝ち

箱の名札貼り:勝ち

廊下を走らない:だいたい勝ち

休憩係:仮採用

 その子は、少し笑った。

 入口を一つ越えた。

 全部はまだ分からない。でも、一つ越えた。

 大学の掲示板でも、入口の話が広がっていた。

【HELP】

友人に誘われた展示が三つあります。

全部行ける気がしません。

ひとつ選ぶと、ほかを断ったみたいでしんどいです。

どこから入ればいいか決められません。

 返事は短かった。

【返事】

誘われた入口が多い日は、順番ではなく「戻れる言葉」を先に作る。

「今日は一つだけ見て、あとで感想を聞かせて」

「途中で抜けるかも」

「全部は無理だけど、ここから行く」

断るではなく、入口を減らす。

追伸:行けない入口にも、あとで聞く窓を残せます。

 あとで聞く窓。

 その言い方は、文化祭の午後に少し合っていた。

 行けなかった企画は、完全に消えるわけではない。誰かの感想で聞ける。写真で見られる。片付けのときに残りを触れる。全部をその場で体験できなくても、あとで窓を開けることはできる。

 昼過ぎ、入口の混雑が一度増えた。

 パンフレットを持った人が立ち止まる。

 友だちを待つ人が入口の前に固まる。

 中から出る人と、外から入る人がぶつかりそうになる。

「入口、詰まってる」

「入口が入口じゃなくなってる」

「人だまり」

「どうする?」

 実行委員が、少し焦った顔をした。

 走らない。

 前回決めた言葉が、ここで戻ってきた。

 急いでいる気分と、急ぐ必要は別。

 入口は急いで解決しようとすると、さらに詰まる。

 受付係が、聞く箱の横にあった紙を一枚取った。

【入口用】

入る人:右

出る人:左

待つ人:壁側

 昨日までの名札貼りが、当日の導線になった。

 紙を貼る。

 声を出す。

「入る人は右、出る人は左でお願いします。待つ人は壁側で大丈夫です」

 大丈夫です、まで言えたのがよかった。

 命令だけだと角が立つ。大丈夫です、がつくと、少し床が柔らかくなる。

 人の流れが、少しだけほどけた。

 完璧ではない。

 でも、ぶつからなくなった。

 廊下の端に、休憩係の札をつけた子が立っていた。仮採用だった係が、当日も仮のまま生きている。手には紙コップと小さい水筒。競技名がそのまま仕事になったような姿だった。

「受付、一回水」

「今?」

「今。声、細くなってる」

 受付係は、言われて初めて喉の乾きに気づいた。

「でも人が」

「二分だけ代わる」

「受付できる?」

「こんにちは、パンフレットどうぞ、だけなら」

 休憩係が受付に入った。

 少しぎこちなかった。でも、パンフレットは渡せた。

 文化祭の係は、本決定でなくても、仮のまま支え合うことがある。

 二分の水は、思ったより効いた。水を飲むと、入口の音が少し下がる。人の声、紙の音、足音、笑い声。全部が大きかったことに、飲んでから気づく。

 午後、応援ポストにTHANKSが貼られた。

【THANKS】

受付で固まりました。

でも「こんにちは、パンフレットどうぞ」は言えました。

質問されたときも「確認します」が使えました。

入口が完璧な説明所じゃなくていい、が助かりました。

 その下に、別のTHANKS。

【THANKS】

入りたい教室の前で止まりました。

貼り紙だけ読んで、中を一秒だけ見て、「見るだけでもいいですか」と聞きました。

見るだけOKと言われて、一歩だけ入れました。

入ったら、紙コップ保護が勝っていて笑いました。

 さらに、来場者らしい字のTHANKSもあった。

【THANKS】

入口が分かりやすかったです。

赤が見えて、近くに来たら青が見えました。

「入る人は右、出る人は左」も助かりました。

待つ場所があると、入口で邪魔になってない気がしました。

 待つ場所がある。

 それは、入口にとって大事だった。

 入る人だけではない。出る人だけでもない。まだ入らない人、誰かを待つ人、迷っている人、戻る人。入口には、そういう人たちも来る。だから入口には、流れる道と、立ち止まる場所の両方がいる。

 最後に、白い返事が一枚増えた。

【返事】

入口が多い日は、全部の入口を正しく使わなくていい。

入る入口。

戻る入口。

見るだけの入口。

待つ入口。

聞く入口。

あとで感想を聞く入口。

文化祭当日は、楽しむ人だけの日ではありません。

入り方を探している人も、もう当日の中にいます。

追伸:入口で迷った時間も、文化祭の外ではなく、ちゃんと文化祭の一部です。

 文化祭の一部。

 その一文を読んで、入口で一度戻った子が、もう一度前を見た。

 戻った時間も無駄ではなかった。見るだけも、待つだけも、聞くだけも、当日の外ではない。入口にいるだけで、当日に触れている。

 夕方に近づくと、入口の赤と青の紙は少し疲れていた。

 端が一箇所だけ浮いている。

 誰かが透明テープで直した。

「また紙、鳴ってる」

「前夜ほどじゃない」

「今日は入口の音」

「入口にも音あるんだ」

「ある。人が来る音」

 廊下には、朝よりたくさんの足音があった。

 入る人。

 出る人。

 待つ人。

 戻る人。

 もう一度来る人。

 見るだけの人。

 質問する人。

 水を飲む受付係。

 紙コップを守る休憩係。

 壁側で友だちを待ちながら、パンフレットの端を折らないように持っている人。

 入口は、ひとつではなかった。

 でも、多すぎて壊れたわけでもなかった。

 赤と青の飾りの下で、誰かが言った。

「ここ、入っていいですか」

 受付係は、少し笑って答えた。

「はい。見るだけでも大丈夫です」

 見るだけでも大丈夫。

 その言葉が、今日の入口を少し広くした。

 文化祭当日は、まだ続く。

 中には、迷う人もいるだろう。出る場所が分からなくなる人もいるだろう。友だちと離れる人も、戻りたい教室を見失う人もいるかもしれない。

 でも今は、入口が一つ、ちゃんと開いている。

 それなら、今日の前半はこれでいい。

 追伸:入口は、入る人だけでなく、迷って立つ人のためにも開いている。

頑張る人ほど、追伸に救われる。

追伸は週1以上、基本は14時更新

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