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浄化じゃない、虐殺だ

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/6/21 📚 シリーズ: 八百万の内緒の仕事 📝 1,108文字 ✅ 全年齢

あらすじ

神様も妖怪も、普通に隣にいる。 それが当たり前の現代東京で、 音源オタクの柏木蒼が上野公園で拾ったのは、 硬水を飲んで腹を壊して倒れていた、やたらきれいな男だった。 「軟水……いろはすでいい……頼む……」 なし崩しで同居することになった相手の名は、闇龗神。 飛沫感染担当の龍神で、毎日どこかの湿度を調整しながら、 台風を沈めて帰ってきては冷蔵庫の水をチェックしている。 神様の「仕事」は、人間には内緒だ。 でも蒼は知っている。 こいつ、すごくいい音がする、と。 八百万の神々と妖怪が跋扈する上野を舞台に、 感染症と戦う神様たちのほのぼの日常コメディ。

本文

 梅雨が、本格的に居座りはじめた。

 毎日どこかで雨が降っていて、部屋の湿度計は、ずっと不機嫌な数字を指している。蒼の機材にとっては受難の季節だったが、くらは相変わらず、水を得た魚——いや、文字どおり水を得た龍神として、上機嫌だった。

 その日、蒼はふと思いついて言った。麦茶を切らして、また業務スーパーのパックを買い足すのが、地味に面倒になってきたところだった。

「ウォーターサーバー、便利じゃないすか」

 くらの耳が、ぴくりと動いた気がした。

「いいね。入れよう」

 即答だった。水と名のつくものに対して、この龍神の食いつきは早い。蒼はスマホで適当に検索して、よく広告で見るメーカーのページを見せた。

「じゃあ、このアクアクララってやつが安——」

「待て」

 くらの声が、低くなった。

「それ、RO水だ」

「え、知ってんの?」

「俺を誰だと思ってる。水だぞ」

 胸を張って言うことではない気がしたが、事実なので反論はできない。くらは画面を睨んだまま、苦々しげに続けた。

「RO……逆浸透膜ってやつだ。水を限界まで濾して、中身を全部抜く。ミネラルも、何もかも」

「それ、きれいってことじゃ」

「お前ら人間は、水を殺す技術まで開発したのか?」

「……浄化、って言ってくれません?」

「浄化じゃない。虐殺だ」

 真顔だった。台風の話をする時よりも、なお真剣な顔をしている。蒼は、自分が何かとんでもない倫理問題に触れてしまった気がして、そっと口をつぐんだ。

 ベッドで爪を整えていた玉藻前が、呆れたように口を挟む。

「出た、くらの水語り。蒼、こいつに水のこと振っちゃだめよ。三時間は止まらないんだから」

「もう、知りました」

「水を入れるなら、富士山の天然水。それ以外は認めない」と、くらは聞いてもいないのに続ける。

「高いんだけど……」

「金の問題じゃない。命の問題だ」

「いや、金の問題なんだよ。誰の財布だと思って」

「だいたいお前、自分ちの水道の水が、誰のおかげで飲めてると思ってんだ」

「……は? 今なんて?」

 聞き返したが、くらは答えなかった。すました顔で、いろはすのキャップを開けている。何でもない、というふうに。

 蒼は一瞬、その横顔をじっと見た。

 自分の家の水が、誰のおかげ。意味はわからない。けれど、聞き流してはいけない種類の一言だった気もする。くらが普段、水道の蛇口に手のひらをかざして、しばらく真剣な顔で何かを確かめているのを、蒼は何度か見ていた。あれは、ただの利き酒ではなかったのかもしれない。

 引っかかりを覚えたまま、けれど追及する糸口もなく、蒼はスマホのウォーターサーバーのページを、そっと閉じた。

 結局、麦茶は今夜も自分で沸かすしかなさそうだった。

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灯屋いと

灯屋いと

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