20話 大地たちの秘密基地
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あらすじ
風待町シリーズ ~寺~ - 20話 大地たちの秘密基地
本文
山門の石に、四角い缶がかしゃんと当たった。
大きい音ではない。けれど午後の寺では、そのくらいの金属の軽さが妙に耳へ残る。志波湊は犬の背を撫でていた手を止め、すぐに門のほうを見た。
大地が、赤い缶を両手で持って立っていた。
前に文具を広げた時の缶筆箱ではない。もっと平たくて、幅がある。昔の菓子缶みたいな形で、角が少しだけへこんでいる。持ち上げるたび、中で何かが転がって、からから鳴る。
「来た」
湊が言う。
「来た」
大地も返す。
その横に奏多と美月もいた。奏多は丸めた紙を一本持っていて、美月は小さい布袋を両手で抱えている。三人とも、学校帰りの顔のままなのに、今日はどこか運んでくる人の顔をしていた。
「何ですか、それ」
高瀬ひなが竹ぼうきを脇へ立てかけながら近づく。
「缶」
大地が答える。
「見れば分かります」
「基地の」
そこでひなは少しだけ嫌な顔をした。
「何の」
「秘密基地」
大地は悪びれもせずそう言った。
湊の目がすぐに明るくなる。
「きち」
「きち」
「ちょっと待ってください」
ひなが先に止める。
「何で寺が秘密基地になるんですか」
奏多がそこで、丸めた紙を肩に当てたまま言う。
「だって、集まるし」
「犬いるし」
美月も小さく続ける。
「物、なくならないし」
最後のがいちばん強かった。
ひなは一瞬だけ詰まる。たしかに、ここへ来れば誰かしらいる。犬はいる。物を置いておく棚も器も増えた。前に描いた絵の短い鉛筆だって、まだ縁側の端の小皿に残っている。
だからといって秘密基地扱いはどうなんだ、と思う顔をしていると、大地が缶を門の石へもう一度置いた。
かしゃ。
蓋が少し浮き、また戻る。
「これ、ここに置いときたい」
率直だった。
「だめです」
ひなが即答する。
「早いな」
「早いです。缶の中身も見てないのに」
「見てもたぶん同じ」
「そういう問題じゃないです」
湊はもう缶の前にしゃがみこんでいた。赤い表面を指でなぞる。少し冷たくて、へこんだ角だけざらついている。犬も鼻先を寄せ、中の匂いを嗅いだ。
大地が蓋を開ける。
中には、丸めた紙、短い鉛筆、白いチョークのかけら、平たい石が二つ、色の違うビー玉が三つ、それから細い麻ひもがくるくる巻いて入っていた。どれも別に大したものではない。けれど、まとめて入ると急に「何か」らしく見える。
「なにこれ」
ひなが聞く。
「いるやつ」
大地が言う。
「何に」
「基地に」
またそこへ戻る。奏多が横から一本の紙を抜いた。広げると、寺の庭の簡単な絵だった。本堂、山門、犬の寝床、板を広げた場所。そのへんが太い線で描いてある。
「地図?」
ひなは思わずそう言った。
「違う」
奏多が笑う。
「決めるやつ」
「何を」
「どこで何するか」
美月が布袋の口を少し開けた。中には洗ったどんぐりと、丸い木の実がいくつか入っている。
「これも入れる」
「何でですか」
「いるから」
子ども側の理屈はどれも短く、どれも妙に動じない。ひなが止める言葉を探しているあいだに、犬はビー玉へ鼻先を寄せて、すぐに興味をなくした。
勝手口のほうから、美琴が顔を出した。
「あら」
門のところの人数と缶を見て、それだけでだいたい分かったらしい。
「増えてますねえ」
「増えてます」
ひなが言う。
「秘密基地です」
「そうですか」
美琴は少しだけ笑った。
「じゃあ、まず何を置きたいのか聞きましょうか」
「聞くんですか」
「聞かないと、どこまで困るか分からないでしょう」
その返しが美琴だった。止めるにしても、先に生活の形へ変える。
大地は待ってましたみたいに言う。
「缶」
「それは見えてます」
「あと、地図」
「地図って言ってますよ」
奏多が口を挟む。
「決めるやつ」
「はいはい」
美琴はうなずく。
「それで、毎日持って帰るのは面倒なんですね」
「うん」
美月が一番先にうなずいた。
「忘れるし」
「汚れるし」
「犬いるし」
最後のは湊だった。
それを聞いて、美琴は一度だけ茶の間のほうを見た。縁側の端、小皿、短い鉛筆、本堂前の籠、犬の寝床。もうすでに、子どものものが半歩ずつ寺に混ざっている。
「ひと箱だけなら」
言いかけたところで、智明が庫裏から出てきた。
「何が、ひと箱だけだ」
早かった。
大地たちは少しだけ背筋を伸ばす。ひなは少し安心した顔をする。湊だけは缶を抱えたまま振り向いた。
「きち」
「秘密基地はだめだ」
智明が即答する。
「寺だ」
「でも、集まる」
大地が言う。
「集まるのはいい」
「犬いる」
奏多が言う。
「犬はいる」
「物もいる」
美月が言う。
「そこは分からない」
智明は缶の中身を一度見た。短い鉛筆、石、ビー玉、チョーク、麻ひも。どう見ても、いらないと言い切るには弱いものばかりだ。危ないものではない。けれど家の中へ増やすには、少しだけ癪に障る。
「台所には入れるな」
最初に出た線はそれだった。
「食べものと混ざる」
「はい」
美月がすぐ返す。
「茶の間の卓にも広げるな」
「はい」
今度は大地。
「ひもはほどくな」
「はい」
奏多が返して、それから少し笑った。
「置く場所くれるの」
「まだ決めてない」
言いながらも、智明はもう「どこならましか」を見始めている顔だった。
文江が縁側からひとこと言う。
「箱だねえ」
短い。
「箱です」
ひなが受ける。
「赤い」
「見れば分かる」
智明が言ってから、少しだけ息を吐いた。
「……茶の間の棚の下なら、一箱だけ置ける」
そこで子ども三人の顔が一斉に上がる。
「ほんとに」
大地が言う。
「一箱だけだ。毎日増やすな。台所に持ち込むな。終わったら蓋閉めろ」
「はい」
返事だけはみんな早い。
美琴はそこで、すぐ台所へ戻った。戻って、古い布を一枚持ってくる。赤い缶をそのまま棚の下へ置くと底がこすれそうだったからだ。
「これ敷いときましょう」
「何でそこまで」
智明が言う。
「棚が傷むでしょう」
もっともだった。
茶の間では、棚の下の空いたところへ布が一枚敷かれた。大地が赤い缶をそこへ置く。こと。さっき山門の石で鳴ったより、ずっとやわらかい音だった。
奏多は丸めた紙を缶の中へ戻し、美月は布袋の木の実をそっと隅へ寄せる。湊はビー玉を一つ指で転がして、ひなにすぐ止められた。
「遊ばない」
「でも、きち」
「だからこそ閉めるんです」
ひなが言うと、大地が素直に蓋を閉めた。
ぱちん。
小さいのに、妙に気持ちのいい音だった。
犬はその音で耳を動かし、茶の間の外で伏せ直す。棚の下へ赤い缶が入り、その横には前からあった小皿と短い鉛筆、本堂前の籠、白い缶コーヒーの受け皿だった器が並んでいる。
大地たちは帰っていった。門のところで缶筆箱がまた一度、かしゃ、と鳴る。奏多の自由帳は脇に挟まれ、美月は「消しゴム、明日もある?」と湊に聞き、湊は「ある」と答えた。
約束みたいな言い方だった。
夕飯の前、湊はそっと棚の下へ手を伸ばし、赤い缶の端をひと撫でした。昼の山門の石で触った時より、少しだけぬるい。茶の間の空気を吸った金属の手触りだった。
指を離すと、缶が棚板へほんの少しだけ触れた。
それだけで、明日の置き場所まで決まったみたいだった。
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