20話 大地たちの秘密基地

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/7/20 📚 シリーズ: 風待町シリーズ ~寺~ 📝 2,807文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

風待町シリーズ ~寺~ - 20話 大地たちの秘密基地

本文

山門の石に、四角い缶がかしゃんと当たった。

 大きい音ではない。けれど午後の寺では、そのくらいの金属の軽さが妙に耳へ残る。志波湊は犬の背を撫でていた手を止め、すぐに門のほうを見た。

 大地が、赤い缶を両手で持って立っていた。

 前に文具を広げた時の缶筆箱ではない。もっと平たくて、幅がある。昔の菓子缶みたいな形で、角が少しだけへこんでいる。持ち上げるたび、中で何かが転がって、からから鳴る。

「来た」

 湊が言う。

「来た」

 大地も返す。

 その横に奏多と美月もいた。奏多は丸めた紙を一本持っていて、美月は小さい布袋を両手で抱えている。三人とも、学校帰りの顔のままなのに、今日はどこか運んでくる人の顔をしていた。

「何ですか、それ」

 高瀬ひなが竹ぼうきを脇へ立てかけながら近づく。

「缶」

 大地が答える。

「見れば分かります」

「基地の」

 そこでひなは少しだけ嫌な顔をした。

「何の」

「秘密基地」

 大地は悪びれもせずそう言った。

 湊の目がすぐに明るくなる。

「きち」

「きち」

「ちょっと待ってください」

 ひなが先に止める。

「何で寺が秘密基地になるんですか」

 奏多がそこで、丸めた紙を肩に当てたまま言う。

「だって、集まるし」

「犬いるし」

 美月も小さく続ける。

「物、なくならないし」

 最後のがいちばん強かった。

 ひなは一瞬だけ詰まる。たしかに、ここへ来れば誰かしらいる。犬はいる。物を置いておく棚も器も増えた。前に描いた絵の短い鉛筆だって、まだ縁側の端の小皿に残っている。

 だからといって秘密基地扱いはどうなんだ、と思う顔をしていると、大地が缶を門の石へもう一度置いた。

 かしゃ。

 蓋が少し浮き、また戻る。

「これ、ここに置いときたい」

 率直だった。

「だめです」

 ひなが即答する。

「早いな」

「早いです。缶の中身も見てないのに」

「見てもたぶん同じ」

「そういう問題じゃないです」

 湊はもう缶の前にしゃがみこんでいた。赤い表面を指でなぞる。少し冷たくて、へこんだ角だけざらついている。犬も鼻先を寄せ、中の匂いを嗅いだ。

 大地が蓋を開ける。

 中には、丸めた紙、短い鉛筆、白いチョークのかけら、平たい石が二つ、色の違うビー玉が三つ、それから細い麻ひもがくるくる巻いて入っていた。どれも別に大したものではない。けれど、まとめて入ると急に「何か」らしく見える。

「なにこれ」

 ひなが聞く。

「いるやつ」

 大地が言う。

「何に」

「基地に」

 またそこへ戻る。奏多が横から一本の紙を抜いた。広げると、寺の庭の簡単な絵だった。本堂、山門、犬の寝床、板を広げた場所。そのへんが太い線で描いてある。

「地図?」

 ひなは思わずそう言った。

「違う」

 奏多が笑う。

「決めるやつ」

「何を」

「どこで何するか」

 美月が布袋の口を少し開けた。中には洗ったどんぐりと、丸い木の実がいくつか入っている。

「これも入れる」

「何でですか」

「いるから」

 子ども側の理屈はどれも短く、どれも妙に動じない。ひなが止める言葉を探しているあいだに、犬はビー玉へ鼻先を寄せて、すぐに興味をなくした。

 勝手口のほうから、美琴が顔を出した。

「あら」

 門のところの人数と缶を見て、それだけでだいたい分かったらしい。

「増えてますねえ」

「増えてます」

 ひなが言う。

「秘密基地です」

「そうですか」

 美琴は少しだけ笑った。

「じゃあ、まず何を置きたいのか聞きましょうか」

「聞くんですか」

「聞かないと、どこまで困るか分からないでしょう」

 その返しが美琴だった。止めるにしても、先に生活の形へ変える。

 大地は待ってましたみたいに言う。

「缶」

「それは見えてます」

「あと、地図」

「地図って言ってますよ」

 奏多が口を挟む。

「決めるやつ」

「はいはい」

 美琴はうなずく。

「それで、毎日持って帰るのは面倒なんですね」

「うん」

 美月が一番先にうなずいた。

「忘れるし」

「汚れるし」

「犬いるし」

 最後のは湊だった。

 それを聞いて、美琴は一度だけ茶の間のほうを見た。縁側の端、小皿、短い鉛筆、本堂前の籠、犬の寝床。もうすでに、子どものものが半歩ずつ寺に混ざっている。

「ひと箱だけなら」

 言いかけたところで、智明が庫裏から出てきた。

「何が、ひと箱だけだ」

 早かった。

 大地たちは少しだけ背筋を伸ばす。ひなは少し安心した顔をする。湊だけは缶を抱えたまま振り向いた。

「きち」

「秘密基地はだめだ」

 智明が即答する。

「寺だ」

「でも、集まる」

 大地が言う。

「集まるのはいい」

「犬いる」

 奏多が言う。

「犬はいる」

「物もいる」

 美月が言う。

「そこは分からない」

 智明は缶の中身を一度見た。短い鉛筆、石、ビー玉、チョーク、麻ひも。どう見ても、いらないと言い切るには弱いものばかりだ。危ないものではない。けれど家の中へ増やすには、少しだけ癪に障る。

「台所には入れるな」

 最初に出た線はそれだった。

「食べものと混ざる」

「はい」

 美月がすぐ返す。

「茶の間の卓にも広げるな」

「はい」

 今度は大地。

「ひもはほどくな」

「はい」

 奏多が返して、それから少し笑った。

「置く場所くれるの」

「まだ決めてない」

 言いながらも、智明はもう「どこならましか」を見始めている顔だった。

 文江が縁側からひとこと言う。

「箱だねえ」

 短い。

「箱です」

 ひなが受ける。

「赤い」

「見れば分かる」

 智明が言ってから、少しだけ息を吐いた。

「……茶の間の棚の下なら、一箱だけ置ける」

 そこで子ども三人の顔が一斉に上がる。

「ほんとに」

 大地が言う。

「一箱だけだ。毎日増やすな。台所に持ち込むな。終わったら蓋閉めろ」

「はい」

 返事だけはみんな早い。

 美琴はそこで、すぐ台所へ戻った。戻って、古い布を一枚持ってくる。赤い缶をそのまま棚の下へ置くと底がこすれそうだったからだ。

「これ敷いときましょう」

「何でそこまで」

 智明が言う。

「棚が傷むでしょう」

 もっともだった。

 茶の間では、棚の下の空いたところへ布が一枚敷かれた。大地が赤い缶をそこへ置く。こと。さっき山門の石で鳴ったより、ずっとやわらかい音だった。

 奏多は丸めた紙を缶の中へ戻し、美月は布袋の木の実をそっと隅へ寄せる。湊はビー玉を一つ指で転がして、ひなにすぐ止められた。

「遊ばない」

「でも、きち」

「だからこそ閉めるんです」

 ひなが言うと、大地が素直に蓋を閉めた。

 ぱちん。

 小さいのに、妙に気持ちのいい音だった。

 犬はその音で耳を動かし、茶の間の外で伏せ直す。棚の下へ赤い缶が入り、その横には前からあった小皿と短い鉛筆、本堂前の籠、白い缶コーヒーの受け皿だった器が並んでいる。

 大地たちは帰っていった。門のところで缶筆箱がまた一度、かしゃ、と鳴る。奏多の自由帳は脇に挟まれ、美月は「消しゴム、明日もある?」と湊に聞き、湊は「ある」と答えた。

 約束みたいな言い方だった。

 夕飯の前、湊はそっと棚の下へ手を伸ばし、赤い缶の端をひと撫でした。昼の山門の石で触った時より、少しだけぬるい。茶の間の空気を吸った金属の手触りだった。

 指を離すと、缶が棚板へほんの少しだけ触れた。

 それだけで、明日の置き場所まで決まったみたいだった。

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