24話 ひなの巫女服

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/7/24 📚 シリーズ: 風待町シリーズ ~寺~ 📝 2,012文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

風待町シリーズ ~寺~ - 24話 ひなの巫女服

本文

白い紐は、指先にかかると少しだけ冷たい。

 茶の間の横の小さい部屋で、高瀬ひなはその紐を見下ろしていた。学校から戻ってきたばかりで、まだ靴下の足先に廊下の冷えが残っている。制服の上着は座布団の端へ置き、紺のカーディガンは畳んだつもりで少しだけ袖がはみ出していた。

 白い上衣を羽織って、赤い袴の紐を持つ。そこまではいい。けれど毎回、最後の結び目だけが少し手に余る。

「そこ、ずれます?」

 台所のほうから美琴が来た。手を洗ってきたらしく、指先がまだ少し濡れている。

「ずれます」

「後ろ、向いてください」

 ひなは素直に向きを変えた。背中のあたりで、紐が一度ほどける。美琴の指が布の端をそろえ、左右を引いて、もう一度結び直す。きゅ、と締まる音は小さいのに、位置が決まると息が少しだけ楽になる。

「こっちのほうが動きやすいですよ」

「毎回むずかしいなあ、これ」

「毎回着てないですしねえ」

 明るく返されて、ひなは少しだけ口をとがらせた。鏡代わりに障子のガラスを見る。白い袖、赤い袴。学校の制服で戻ってきた時と、色の置き方がまるで違う。

 そこへ、山門のほうで小さく金具が鳴った。

 ち、と乾いた音だった。学校鞄の横についた金具みたいな音で、ひなはすぐに顔を上げた。

「ひよりだ」

「分かるんですか」

「分かります」

 もう一度、今度は少しだけ近くで鳴る。ひなはそのまま草履も履かずに廊下へ出た。白い足袋の裏が板を軽くすべって、ぱたぱたと音が続く。

 山門のところには、桜庭ひよりが立っていた。

 学校の鞄を肩にかけたまま、腕にひなの紺のカーディガンを抱えている。教室の椅子に引っかけたまま帰ってきてしまったやつだと、見た瞬間に分かった。

「あ」

 ひよりが先に言った。

「あ」

 ひなも返す。

 その「あ」のあいだに、白い袖と紺のカーディガンが一度きれいに並んだ。

「忘れてた」

「持ってきた」

 ひよりはそれだけ言って、カーディガンを差し出した。ひなは受け取ろうとして、自分の袖口が白いのを見て一瞬だけ手を止める。そこへ、美琴が後ろから自然に入った。

「ありがとうございます」

 美琴が受け取ると、ひよりは少しだけ肩を抜いた。

「帰り道なんで」

「助かりました。明日だと朝ばたつくでしょうし」

 その返しが生活のほうへ早い。ひなは横で、白い袖を少しだけ引いた。

 ひよりはその袖を見て、ふっと笑う。

「ひなの巫女服、ほんとに白いね」

「巫女服じゃないっていうか」

 ひなは言いかけて、やめた。何がどう違うのかを山門で説明するのも変だったし、ひよりの言い方はからかっているわけでもなかった。

「白いのは、そう」

 それだけ返すと、ひよりはうなずいた。

「うん。白い」

 犬がそこへ寄ってきて、ひよりの足元を一度だけ嗅いだ。ひよりは驚きすぎずに半歩だけ下がり、でも逃げない。その感じが、もう二度目の来方だった。

「じゃ、明日学校で」

「うん」

「カーディガン、忘れないで」

「今は忘れない」

 ひよりは少し笑って、山門の外へ戻った。鞄の金具がもう一度、ち、と鳴る。その音が遠くなるまで、ひなは白い袖のまま門のところに立っていた。

 台所へ戻ると、美琴はもう紺のカーディガンを茶の間の座布団の上へ広げていた。置きっぱなしだった制服の上着の横へきれいに重ね、はみ出していた袖を中へ入れる。紺は紺でまとめ、白は白でまとめる。その手が早い。

「見られましたねえ」

 美琴が言う。

「見られました」

「そりゃ見えますよ」

「そうなんですけど」

 ひなはそこまで言って、茶の間に置かれた紺と、自分の袖の白さを見た。近くにあるのに、混ざらない。学校の色と寺の色が、同じ畳の上でちゃんと別の顔をしている。

 美琴はカーディガンを畳み終えると、それを茶箪笥の横へ置いた。明日の朝、すぐ取れるところだ。

「これはこっち」

 次に、ひなの白い袖の端を軽く持つ。

「こっちは今」

 その言い方だけで十分だった。学校は明日、寺は今。長く言わない。置く場所だけで分かるようにする。

「袖、汚さないでくださいね」

「分かってます」

「ほんとですか?」

「……気をつけます」

 ひながそう返すと、美琴は笑って手を離した。

 夕方の手伝いは長くなかった。湯のみを出して、紙を一つ運んで、戻ってくる。そのあいだも白い袖は少し気になる。学校の帰りに着ていた服より、どこへ腕を出すかを先に考える。そういう手間がある。

 夜、終わってから茶の間の横の小さい部屋へ戻ると、制服の上着はきれいに畳まれたまま端へ寄せてあった。ひなは白い上衣を脱ぎ、赤い袴の紐をほどく。結ぶ時より、ほどく時のほうが静かだ。きゅ、ではなく、するり、と布がほどける音だけが残る。

 美琴が横で受け取って、畳む。白い布は手の中で少しだけ光を残す。紺のカーディガンはもう隣にあって、明日の学校の顔をしていた。

「返しますね」

 美琴が言う。

「はい」

 ひなは短くうなずいた。

 畳まれた白は茶箪笥の下の引き出しへ入る。

 こと、と小さい音がする。

 隣では紺のカーディガンが、もう明日のための置き方で収まっていた。

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