34話 ひなの友達は強い

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/8/3 📚 シリーズ: 風待町シリーズ ~寺~ 📝 1,756文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

風待町シリーズ ~寺~ - 34話 ひなの友達は強い

本文

学校のクリアファイルの角が、山門の石へぱた、と軽く当たった。

 紙より少し硬い、でも金具ほど強くない音だった。高瀬ひなは竹ぼうきを止め、門柱の影を見た。そこに立っていたのは、桜庭ひよりだった。肩に学校鞄、手には透明のファイル。中にはプリントが二、三枚、端のそろったまま入っている。

「来た」

 ひなが言うと、ひよりがうなずく。

「来た」

「何」

「英語のノート。あとプリント」

 差し出される。ひなは受け取りながら、ひよりの顔を見た。学校の帰り道の顔だ。けれど静縁寺の山門に立っていても、変にきょろきょろしない。

「わざわざ?」

「忘れてたでしょ」

「……まあ」

 そこへ犬が門の内側から寄ってきた。ひよりの足元で一度だけ鼻を鳴らす。ひなは反射で言う。

「噛まないけど、鼻は先」

「うん」

 ひよりは半歩だけ足を引いて、それから犬を見る。

「近いね」

「近い」

 その返しが、妙に落ち着いていた。

 勝手口のほうから、美琴の声が飛ぶ。

「ひなちゃん、お客さん?」

「友だちです」

 ひなより先に、ひよりが少しだけ頭を下げた。

「桜庭ひよりです」

 美琴が台所から出てきて、ひなの手のファイルを見て、ひよりを見て、すぐに笑う。

「あら、いつもどうも。ちょうどお茶入れるところなんですけど、少し寄っていきます?」

 ひなはそこで口を開きかけた。

「いや、プリント渡しに来ただけで」

 言い終わる前に、ひよりが言った。

「じゃあ、少しだけ」

 早かった。

 ひなはそこで、え、と思った。

 台所の前で、ひよりは靴をきちんとそろえた。鞄は壁際。ファイルはひなの手から取らず、そのまま持たせている。変に遠慮しすぎず、でも勝手にも動かない。その置き方がうまかった。

「ここ、でいいですか」

 ひよりが聞くと、美琴がうなずく。

「そこなら大丈夫です」

 その短いやり取りで、もう場所が決まる。

 文江が縁側から一度だけ顔を出した。ひよりと鞄と犬を見て、言う。

「座れるねえ」

「はい」

 ひよりはそれだけで、ちゃんと茶の間の端へ座った。座布団の真ん中へ深くではなく、少しだけ手前。湯のみが出た時に手を伸ばしやすいくらいの位置だ。

 ひなは横で見ていて、何となく落ち着かなかった。

 自分の友だちが、寺の家の受け方にいちいち引っかからない。引っかからないまま、ちゃんとその場へ収まっていく。

 美琴が盆を持ってくる。湯のみが二つ。ひなにはいつもの白いの、ひよりには藍の線が入ったやつだった。盆の端に、小さい器で甘い豆が三つだけのっている。

「どうぞ」

「ありがとうございます」

 ひよりは湯のみを両手で持った。熱すぎる時の持ち方ではなく、ちゃんと一口目まで分かっている持ち方だった。犬が縁側の外で水を飲んで、水皿がからんと鳴る。ひよりはそっちを見て、少しだけ笑う。

「ほんとに、いるね」

「いるよ」

 湊がすぐ言った。

「ひより」

「うん、ひより」

「ひなちゃんの」

「友だち」

 答え方まで早い。湊はそれで十分らしく、うなずいて犬の耳を見に戻る。ひよりも、そこで変に構いにいかない。

 美琴が台所へ戻る時、ひよりが一度だけ立った。

「何か持ちます?」

 ひながそこで目を丸くした。

「何で」

「だって、今持つ流れだった」

 ひよりは小さい声でそう言った。

 流れ。

「じゃあ、その小皿だけお願いします」

 美琴が明るく受ける。

 ひよりは器を一つ持って、卓へ置いた。こと、と軽い音。置く場所まで、そんなにずれていない。

 ひなは横で見ていて、思わず言った。

「……強いな」

「何が」

 ひよりが聞く。

「何か、全部」

「別に」

「別にで済ませないで」

 ひよりは少しだけ首をかしげた。

「だって、そういう家なんでしょ」

 ひよりはそこで言葉を切った。

 茶の間の空気は、そのうち本当に普通になった。学校のプリントの話を少しして、明日の宿題を確認して、湊が横から「英語ってなに」と聞いて、犬がまた水皿を鳴らす。ひよりはその全部に、いちいち驚かない。

 帰る時も早かった。

「じゃあ、また明日」

「うん」

「忘れないでね、ノート」

「分かってる」

 鞄を肩にかけ、靴を履いて、山門で一度だけ振り返った。

 外へ出ていくと、クリアファイルの角がまた石へ軽く当たった。

 ぱた。

 その音が遠くなってから、ひなは茶の間へ戻った。卓の上には湯のみが二つ。自分のはもう空で、ひよりの使った藍の線の湯のみだけが、まだ少しだけぬるかった。

 さっきまでいた速さだけが、そこへ静かに残っていた。

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