38話 美琴の回収

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/8/7 📚 シリーズ: 風待町シリーズ ~寺~ 📝 2,111文字 🤖 AI創作支援作品 ✅ 全年齢

あらすじ

風待町シリーズ ~寺~ - 38話 美琴の回収

本文

山門の木箱の上で、小さい器がこ、と鳴った。

 風で鳴ったというより、置き直した指先が離れた時の音だった。志波智明はその音で足を止めた。山門の内側、犬の張り紙の下。木箱の隅に、白地に薄い青の入った小皿が一つ置かれている。

 中には、洗濯ばさみが二つ。

 短い鉛筆が一本。

 なぜか飴の包み紙まで入っていた。

「何でここにあるんだ」

 言ってから、智明は犬を見た。犬は水皿の前で鼻先を上げただけで、別に知らない顔をしている。張り紙はいつものまま。木箱も前からある。なのに小皿だけが、家の中から半歩ずれて、門の番みたいな顔でそこに乗っていた。

 智明は皿を持ち上げた。

 指に当たる肌は少しひんやりして、底には木箱の粉がうっすらついている。皿の中の洗濯ばさみが、持ち上げた拍子にから、と軽く鳴る。

「美琴」

 呼ぶと、勝手口のほうからすぐ返事が来た。

「はい」

 声だけ先に来て、次に美琴が出てくる。手には、何も持っていない。何も持っていないのに、智明の手の中の小皿を見た瞬間、もう次の順番が見えている顔だった。

「あら」

「何で門に小皿がいる」

「回収ですね」

 返事が早い。

「回収って何だ」

「家のものが、ちょっと外へ行ったやつです」

 そう言って、美琴は台所から小さい盆を一枚持ってきた。最初からそれを取りに戻るつもりだったみたいな速さだった。智明が皿をのせる。こ、と木に当たる。洗濯ばさみと短い鉛筆が少しだけ転がる。

「これ、誰が置いたんだ」

「たぶん、誰かがちょっとだけ借りて、そのままです」

「雑だな」

「でも、分かるでしょう?」

 美琴は笑った。

「そこが門の『ちょっと置き』になってるの」

 たしかにそうだった。張り紙の下の木箱は、札や紙を一時的に受ける顔をしている。そこへ小皿が一枚混ざれば、洗濯ばさみくらいは入れたくなる。よくないが、分からなくはない。

 美琴はそのまま山門から茶の間へ戻る。智明もついていく。ついていくあいだに、茶の間の柱のところで今度は布の端が目に入った。

「これもか」

 座布団の陰に、台所の布巾が半分だけはみ出している。濡れてはいないが、折ったまま置きっぱなしにされた顔だ。美琴はそこで足を止めず、盆を片手で持ったまま、空いた手で布巾を拾った。

「これもですね」

「何でそんなに早いんだ」

「見つけた順に持つだけですよ」

 言いながら、布巾を盆の端へ重ねる。

 皿。布巾。洗濯ばさみ。鉛筆。包み紙。

 まだ大した量ではないのに、盆の上だけ見ると、もうちゃんと「回収」の顔になっている。

 茶の間の卓の端には、湯のみが一つ残っていた。さっきまで誰かが飲んでいたらしい、藍の線の入ったやつだ。中は空。底にだけ、茶のしずくがうすく残っている。

 智明がそれを見るより先に、美琴が言う。

「それも」

「分かってる」

 今度は智明が自分で持った。

 湯のみの肌はまだ少しぬるい。

 空なのに、さっきまでここに手があった感じだけが残っている。

 それも盆へ足す。器が器に軽く触れて、ちんと細い音がした。

「増えるなあ」

 智明が言う。

「増えるというより、散ってますねえ」

 文江が縁側からその盆を見た。

「回るねえ」

 ひと言で済ませた。

「回収です」

 美琴が答える。

 文江はうなずいて、それ以上は何も足さない。ただ、茶の間の隅を一度だけ見た。そこには赤い缶の横へ、犬のブラシがいつの間にか立てかけてある。前は小さい器に入っていたはずの白い引換札が、その下へ半分だけ潜っていた。

 美琴もそれに気づく。

「あ、そこもですね」

 盆を一度卓へ置いて、ブラシを抜く。札を拾う。札の角が棚板に触れて、ちり、と紙らしい音がした。

「何でそこへ入るんだ」

 智明が言う。

「手が空いてた人が、ひとまず差したんでしょうねえ」

「ひとまず、が強いな」

「強いです」

 そこはすぐ認める。

 そして認めたまま、札は小皿へ、ブラシはいつもの器へ戻る。

 最後に残ったのは、山門から来た小皿だった。

 洗濯ばさみは台所の紐のところへ。

 短い鉛筆は棚の缶の横へ。

 包み紙はごみ箱へ。

 布巾は洗いへ。

 湯のみは流しへ。

 小皿だけが、まだ盆の真ん中にいる。

「これ、洗いますね」

 美琴が言うと、智明はうなずいた。

「門の粉ついてたしな」

 台所で小皿を水にくぐらせる。

 水が表面をすべって、青い線が少しだけはっきりする。

 文江はその横で、洗った湯のみを伏せる位置を少しずらした。

 美琴が小皿の水を切って、乾いた布で縁だけをひと拭きする。

「美琴」

 智明がそこで言う。

「何です?」

「おまえ、こういうの見つけるの早いな」

 美琴は小皿を拭いたまま、少しだけ笑う。

「見つけるっていうか」

 そこで一度、小皿を見た。

 白い肌。薄い青。門の木箱の粉はもう落ちている。

 夕方、茶の間へ湯のみが並ぶ頃には、昼のずれはもうほとんど見えなくなっていた。

 小皿は棚のいつものところへ戻っている。

 犬のブラシも器に立っている。

 布巾は乾いた端を内にして畳まれ、洗濯ばさみは紐のところだ。

 短い鉛筆は赤い缶の横。

 白い札もちゃんと小さい器に入っている。

 文江が棚の前を通って、小皿を一度だけ見た。

「戻ったねえ」

「戻りました」

 美琴が言う。

「回収、終わりです」

 その小皿へ、湯のみの底がふれないように横の器が少しだけ距離を取る。

 美琴が最後にその並びを指先で直した。

 そこでようやく、回収の顔になった。

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