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第三十話:削除できないデータ

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/6/24 📚 シリーズ: 継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~ 📝 4,206文字 ✅ 全年齢

あらすじ

日常に潜む小さな違和感を記録し続けると、100個集めたとき、何かが起きるらしい。 逆行する時計、誰もいない部屋の足音、鏡の中の自分…… でも、最後に待っているのは「終わり」ではなく、君へのバトンだ。 7人の語り部が紡ぐ、永遠に終わらない百物語。 次はお前が観測者になるのか?

本文

これは私が記録した、三十本目の違和感である。

三十本目を語ったのは、初めて私のもとを訪れた、二十一歳の大学生だった。

彼の名を、高坂陸という。

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「技術的には、あり得ないんですが」

陸は、笑いかけのような口元で、そう言った。

ノートパソコンを、私の前のテーブルに、置いた。

天板を、開いた。

画面には、デスクトップが、表示されていた。

中央に、テキストファイルが、ひとつだけ、置かれていた。

ファイル名は、

「log_riku_20260504.txt」

だった。

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陸は、情報工学の三年生だった。

専攻は、システム解析。趣味は、と聞かれて、考え込んでから、

「ゲームと、ネットの、変な話を、集めることです」

と答えた。

普段の語り口は、落ち着いていた。早口でもなく、力みもなく、図書館の閲覧机で隣に座っているような距離感の声だった。

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陸の説明は、整理されていた。

ファイルは、五日前に、デスクトップに、現れた。

陸が置いたものではなかった。

陸の使っているクラウドストレージにも、外付けのハードディスクにも、対応する原本は、なかった。

開発で使っている共有フォルダにもなかった。

最初は、マルウェアだと、思った。

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陸が、最初にやったのは、ウイルススキャンだった。

二種類のソフトを、走らせた。

検出件数は、ゼロだった。

通信ログも、チェックした。外部に向けて、データを送出している痕跡は、なかった。

「とりあえず、削除しました」

と陸は言った。

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削除して、五秒後、

同じ場所に、同じファイルが、戻ってきた。

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更新時刻は、

「削除した、五秒後」

になっていた。

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陸は、いったん、息を、吸った。

「ふつう、こういうとき、復活するファイルは、もとの更新時刻を、保持しているものなんです」

「コピーが残っていて、それが戻ってきているなら、もとの時刻のはずで」

「でも、これは、削除した瞬間から、更新時刻を、書き直してくる」

「つまり、復活じゃない。新しく、書かれている」

陸の指は、トラックパッドの上で、止まっていた。

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陸は、考えうる手段を、ひととおり、試した。

ごみ箱を、空にした。

完全消去用のソフトで、上書きを、九回、走らせた。

ファイルを、別の場所へ、移動させた。

拡張子を、変えた。

USBから別のOSを、立ち上げて、削除した。

パーティションごと、フォーマットした。

ストレージを、物理的に、外した。

「物理的に外した、というのは——」

陸は、机の隅に置いてあった、剥き出しのSSDを、私に、見せた。

「五分後に、これを差し戻したら——同じファイルが、同じ場所に、ありました」

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私は、メモを、取った。

陸の話す内容を、私が記録ノートに書く速度が、追いつかないので、いったん、ペンを、置いた。

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陸は、ファイルを、開いて見せた。

中身は、テキストだった。

時刻と、行動が、一行ずつ、並んでいた。

07:32 起床

07:45 コーヒーを淹れる

08:13 駅、三番線

09:02 講義室、最後列、右から二番目

10:48 空き教室で、ノートを開く

12:07 学食、Bランチ、味噌汁の具は豆腐とわかめ

13:35 図書館、二階、窓側、北から三番目の机

陸は、画面を指した。

「これ、全部、合ってます」

「今日の、自分の、行動です」

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私は、画面を、見つめた。

行動の記録は、その時、その瞬間まで、進んでいた。

最後の行は、

「20:14 観測者の前で、画面を、開く」

だった。

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カーソルが、その下で、点滅していた。

二、三秒、画面を見ていると、

新しい一行が、書き加えられた。

「20:15 観測者が、画面を、見る」

その下で、また、カーソルが、点滅していた。

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陸は、小さく、息を、吐いた。

「これ、ずっと、書かれてるんです」

「俺が、いま、何をしているか」

「時間を、置かずに」

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私は、訊いた。

「学食の味噌汁の具まで、書かれているのは——」

「誰かに、見られていなければ、わかりませんよね」

「写真は、ありません。レシートも、ありません。学食のメニュー表に、その日の具までは、出ません」

「俺の頭の中にしか、ない情報です」

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陸は、ファイルを、最後まで、スクロールした。

書き加えられたばかりの行の、さらに下に、もう一行、別の文字が、あった。

時刻のフォーマットが、揃っていなかった。

削除予定時刻:今日、23:59

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私は、画面を、見たまま、机の上の、置き時計を、確認した。

二十時十六分だった。

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「二十三時五十九分に、何が、起きるかは——」

陸の声が、わずかに、低くなった。

「分かりません」

「ファイルが、削除されるのか」

「俺が、削除されるのか」

「俺の、何が、削除されるのか」

「全部、可能性として、同じくらい、あり得ます」

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陸は、私を見た。

「論理的に考えると、ファイルが消える可能性が、いちばん、高いはずなんです」

「でも、そう言い切れない理由が、ひとつだけ、あって」

陸は、カップを、両手で、持ち直した。

「俺、子供のころ、似たようなことを、一度、経験したことが、あるんです」

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小学三年生のころ、陸は、ある古いオンラインゲームを、毎日、遊んでいた。

サービスは、すでに、終了している。

サーバーも、もう、ない。当時のログは、どこにも、残っていない。

ある夜、ゲームの中の、誰もいないはずのマップに、知らないキャラクターが、立っていた。

そのキャラクターは、陸の本名を、フルネームで、知っていた。

ゲーム内では、ハンドルネームしか、登録していなかった。

そのキャラクターは、陸に、こう言った。

「陸くん、気づいてる? このゲーム、バグってるよ」

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陸は、その言葉を、ずっと、覚えていた。

「あの時は、ただの、いたずらだと、思っていたんです」

「アカウントの、流出か、なにかだろうと」

陸は、目線を、画面に、戻した。

「でも、いまになって、分かるんです」

「あの言葉は、俺に、向けて、言われたものじゃ、なかった」

「俺の、画面の、外に、向けて、言われたものだったんじゃないか、って」

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私は、ノートに、その言葉を、書き写した。

書き終わって、顔を、上げると、

陸は、画面を、また、見ていた。

「20:42 観測者が、子供のころのゲームの話を、ノートに、書き写す」

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「俺、ずっと、見られてるんです」

陸は、淡々と、言った。

「子供のころから、ずっと」

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私は、訊いた。

「二十三時五十九分まで、あと、三時間、ありますね」

「どうしますか」

陸は、しばらく、画面を見ていた。

「分析、します」

「これだけ、特殊なケースは、なかなか、ない」

陸は、笑いかけた。

笑い終わる前に、口を、閉じた。

「……でも、ひとつだけ、確かめたいことが、あって」

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陸は、ノートパソコンを、閉じた。

電源を、落とした。

電源ケーブルを、抜いた。

バッテリーも、外した。

机の上に、ただの、金属とプラスチックの板が、置かれた。

画面は、もう、点かない。

陸は、その板を、見つめていた。

二、三分、見つめていた。

「もし、いま、俺の行動を、書いてくる『何か』が、いるなら」

陸は、机の隅に、置いてあった、自分のスマートフォンを、ゆっくり、手に取った。

ホーム画面を、表示させた。

「このスマホの、メモアプリにも、続きが、書かれていると、思います」

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陸は、メモアプリを、開いた。

最新のメモが、新規で、ひとつ、増えていた。

タイトルは、

「log_riku_20260504_continued.txt」

だった。

最後の行に、

「20:51 陸が、ノートパソコンを、閉じる」

と、書かれていた。

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陸は、スマホを、机に、置いた。

しばらく、何も、言わなかった。

「……俺が、消すべきだったのは」

「ファイルじゃ、なかったかも、しれません」

陸は、それ以上、言わなかった。

私も、それ以上、訊かなかった。

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私は、三十本目の蝋燭に、火を、灯した。

一本目の蝋燭の炎が、また、一瞬、左に、揺れた。

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陸は、しばらくして、立ち上がった。

「あの、ひとつだけ」

「あなたが、書いている、その記録ノート」

「あれの、過去の分も、見せてもらえますか」

私は、答えなかった。

陸は、続けた。

「絶対、パターンが、あると、思うんです」

「俺だけじゃ、ない気がする」

「あなたの、書いてきたもの、全部に、同じ構造が、走っているはずなんです」

「明日、また、来ても、いいですか」

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私は、いいですよ、と、答えた。

陸は、頭を、下げて、出ていった。

ドアが、閉まった。

私は、机の上の、ノートを、見た。

ノートには、陸の話が、書き写されていた。

最後の行の下に、私の筆跡で、書いた覚えのない一行が、足されていた。

「彼にも、同じものが、見えはじめている」

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その夜、二十三時五十九分に、何が起きたかは、私には、分からない。

陸からの、連絡は、なかった。

翌朝、陸は、約束どおり、私のもとに、来た。

ノートパソコンを、抱えていた。

少し、寝不足の顔だった。

私は、訊かなかった。

陸も、何も、言わなかった。

残り、七十本。

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今、あなたが、これを読んでいる、その時間。

あなたのデスクトップにも、置いた覚えのない、テキストファイルが、ひとつ、増えていないだろうか。

ファイル名に、あなたの名前が、入っていないだろうか。

開いて、最後まで、スクロールしたとき。

最終行に、書かれている時刻は——

今日の、何時だろうか。

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作者について

闇工房

闇工房

"正常"と"異常"の境界を、一話ずつ削り取る。 心理ホラー小説・TRPGシナリオを制作するソロクリエイター。 代表作は連作怪談「継承される百の違和感」—— 読み進めるうちに、あなたの"普通"...

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