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第三十九話 暴かれた白兎の秘密

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📅 公開日: 2026/6/24 📚 シリーズ: 野薔薇のアリス〜溺愛白うさぎと忘れられた約束〜 📝 5,806文字 ✅ 全年齢

あらすじ

〜不思議の国のアリスをモチーフにした作品です〜 白兎に導かれて“不思議の国”へ迷い込む、十四歳の少女アリス。 そこにいたのは、甘く優しい白兎の美青年ノア。 アリスを守る彼は、この国に隠された秘密を知っていた。失われた記憶を巡り物語が再び動き出す。 可憐で不穏な、童話ファンタジー。 白兎は、私を救いに来たの? それとも、もう二度と帰さないために迎えに来たの?

本文

第三十九話 暴かれた白兎の秘密

 ノアは、まだ執務室へ戻っていなかった。

 ガルは扉を閉めると、胸ポケットから小さなアリスを取り出し、机の上に広げたハンカチへそっと下ろした。

「廊下の様子を確認します。ノアさんが戻られたら、私からも事情を説明します」

「はい」

「机の端には近づかないでください」

「分かっています」

 ガルが扉の外を覗いた、そのわずかな隙だった。

 書類の陰から黒い花ネズミが飛び出し、ハンカチの端をぱくりとくわえた。

「えっ、待ってください!」

「ルーシーさん!」

 ガルが振り返る。

 けれど、花ネズミはすでに机の上を駆け出していた。

 ハンカチごと椅子へ飛び降り、そのまま窓枠へ跳ね上がる。ガルの指先が届く寸前、開いていた窓の隙間から外へ飛び出した。

「ガルさん!」

 強い風が身体を打った。

 空と城壁と赤い屋根が、何度も入れ替わる。

 アリスは布へしがみつきながら、必死に叫んだ。

「降ろして! どこへ連れていくんですか!」

 やがて、むせ返るような薔薇の香りが押し寄せた。

 花ネズミは赤薔薇の茂みの中で足を止めると、ハンカチを地面へ落とした。アリスの顔を一度だけ覗き込み、満足したように鼻を鳴らして、根元の暗がりへ消えていく。

「本当に、自由すぎます……」

 アリスはハンカチの中から這い出した。

 そこは、ハートの城の赤薔薇の庭園だった。

 小さくなったアリスには、薔薇の茎が大木の幹のように見える。重なり合う葉は空を覆い、頭上に咲く赤い花は巨大な天蓋のようだった。

 早くガルのもとへ戻らなければ。

 立ち上がろうとした時、茂みの向こうから足音が聞こえた。

「白兎」

 甘く響く女の声。

 その一言だけで、庭園の空気が変わった。

「はい、女王陛下」

 続いて聞こえた声に、アリスの心臓が大きく跳ねる。

 ノア。

 アリスは慌てて太い薔薇の根の陰へ隠れ、葉の隙間から外を覗いた。

 赤い薔薇の小道を、ハートの女王がゆっくりと歩いてくる。

 豊かな赤い髪。深紅のドレス。閉じた扇子の先が、咲き誇る薔薇を一輪ずつ確かめるようになぞっていた。

 その半歩後ろを、ノアが歩いている。

 白銀の髪。白い上着。長い白兎の耳。

 赤一色の庭園で、ノアの白だけが、切り取られた月のように浮かんで見えた。

「そなた、ルーシーという娘を随分と大切にしているそうだな」

 女王は前を向いたまま、何気ないことのように尋ねた。

「迷い子の面倒を見るのは、私の仕事ですので」

 ノアは微笑んでいた。

 いつもと変わらない、柔らかな笑みだった。

「迷い子、のう」

 女王は、その言葉を舌の上で転がすように繰り返した。

「お前は昔から、面倒事を拾うことが好きじゃな」

「放っておけば、城の問題になります」

「ふん。便利な言い訳じゃ」

 女王の赤い瞳が、横目にノアを見る。

 ノアは笑みを崩さない。

 二人とも、それ以上は言わなかった。

 けれど、言葉にしなかったものだけが、赤い薔薇の間へ重く沈んでいく。

「何をお疑いなのですか」

 ノアの声は穏やかだった。

 穏やかすぎるほどに。

 女王の紅い唇が、わずかに吊り上がる。

「お前は、昔から変わらぬ」

「何がでしょう」

「隠し事をする時ほど、綺麗に笑う」

 女王はノアの前まで歩み寄った。

 扇子の先が、白い上着の胸元へ触れる。

「十年前も、その顔をしておった」

 ノアの赤い瞳が、ほんのわずかに細くなった。

「何のお話でしょう」

「忘れたとは言わせぬぞ、白兎」

 女王の声から、甘さが消える。

「お前が、アリスを逃がした夜のことじゃ」

 アリスは思わず口元を押さえた。

 胸が激しく鳴っている。

 女王に聞こえてしまいそうなほど、大きく。

「あの娘の記憶を封じ、扉の向こうへ帰した。裁判にかけられてなお、お前は最後まで何も知らぬ顔をしていた」

「すでに裁きを受けたことです」

「裁きを受けたから、罪が消えるとでも?」

 女王の扇子が、ノアの胸元から離れる。

「お前はわらわの命令を破った。そして、あの方へ捧げるはずだったものを奪った」

 捧げる。

 その言葉が、アリスの胸へ冷たく落ちた。

「奪ったわけではありません」

 ノアは静かに答えた。

「あの時は、まだ早かった。それだけです」

「魂は変わらん」

「あれは、未熟な身体には耐えられません」

「ゆえに、勝手に扉の向こうへ返したと?」

「契約を成立させられる時ではありませんでした」

 迷いのない答えだった。

 今まで何度も繰り返してきた答えなのだろう。

 女王は不満そうに目を細めた。

「お前は、それ以外の答えを口にせぬな」

「ほかに申し上げることはございません」

 二人の視線がぶつかる。

 女王は、ノアの言葉の奥に隠されたものを暴こうとしている。

 ノアは、何ひとつ渡すまいとしていた。

 やがて女王は、興味を失ったように扇子を開いた。

「まあよい」

 それだけ言って、ノアへ背を向ける。

「早すぎたと言うのなら、今度は時を違えるでないぞ」

 女王の白い指が、開きかけた薔薇の蕾へ触れた。

 柔らかな花びらのすぐそばで、鋭い棘が光っている。

 風が止まった。

 揺れていた薔薇の葉も、何かを待つように静まり返る。

「十六歳となったその日――」

 女王の声は、ひどく穏やかだった。

 だからこそ、逃げ場がなかった。

 赤い花びらが、一枚、枝を離れた。

「アリスの純潔を、あの方へ捧げる――」

 純潔。

 その一語だけが、鋭い刃のように耳の奥へ突き刺さった。

 アリスは、その意味が分からないほど幼くはなかった。

 分かってしまった。

 だからこそ、怖かった。

 身体が、自分のものではないと告げられたようだった。

 誰にも触れられないように守られ、傷つかないように囲われ、十六歳になったら顔も知らない誰かへ渡される。

 そんなことが、初めから決められていた。

 嫌だと叫びたかった。

 けれど喉が凍りつき、声が出ない。

 背中を冷たいものが這い上がる。

 捧げられたあと、自分がどうなるのか分からない。

 帰れるのか。

 生きていられるのか。

 それとも、自分ではなくなってしまうのか。

 怖い。

 ただ、怖かった。

「それまで、身体にも、魂にも、契約にも傷をつけてはならぬ」

 女王は振り返らない。

「ほかの者の印を許すな。とりわけ、年頃の男には近づけるでないぞ。器が損なわれれば、献上は成立せぬ」

 アリスの頭の中に、あの日のノアの声が蘇った。

『僕の許可なく、彼女へ近づかないで』

『二人きりにならないで』

『彼女に触れないで』

 ガルを遠ざけたのは、自分を誰にも取られたくなかったからではない。

 献上の日まで、条件を損なわないため。

 誰にも触れさせず。

 傷つけず。

 純潔を守るため。

 あの時、ノアの言葉に感じた甘さも、独占欲も、すべて自分の思い違いだった。

 女王はゆっくりとノアを振り返った。

「見守るうちに、情など移ってはおらぬであろうな?」

 扇子の先が、ノアの胸へ触れる。

「今度こそ、お前が守り、お前があの方のもとへ連れてくる。それは、お前自身の願いでもあるはずじゃ」

 ノアは一瞬も目を逸らさなかった。

「もちろんです」

 迷いのない声だった。

 アリスの胸が、小さく軋んだ。

「彼女はあくまで、あの方への大切な献上品。それは昔から、何も変わっておりません」

 献上品。

 女王ではない。

 ノアが、そう呼んだ。

 自分を。

 人ではなく、誰かへ差し出すためのものとして。

「必ず、私が連れてまいります」

 静かな声だった。

 あまりにも静かで、何の迷いもないように聞こえた。

 何度も助けてくれた手。

 朝食を作る白い背中。

 頭を撫でる白い指。

 寒い夜にかけてくれた毛布。

 花も、ポップンキャンディも、優しく呼ばれた名前も。

 すべて、あの方へ渡す日まで、壊れないよう守るためだったのだろうか。

 胸の奥で、何かが音もなく砕けた。

「同じ過ちは、もう二度と許さぬ」

「承知しております」

 ノアは深く頭を下げた。

 女王は満足したように微笑み、ノアの胸元から扇子を離す。

 深紅の裾を翻し、そのまま薔薇の小道を歩き出した。

 去り際、女王は茂みを一度だけ見た。

 まるで、その奥に隠されたものまで見透かしているように。

「今度こそ、見誤るでないぞ」

 ノアは答えず、女王のあとを追った。

 白い背中が、赤い薔薇の向こうへ遠ざかっていく。

 アリスには、もう何も聞こえなかった。

 耳の奥で、たった一つの言葉だけが何度も響いている。

 純潔。

 ノアは、それを守るために自分を囲っていた。

 自分を大切にしていたのではない。

 献上品として、傷つけずに届けるために。

「……いや」

 声が震えた。

 アリスは薔薇の根元へ座り込んだ。

 ノアの家へ帰りたくない。

 あの温かな台所も、窓辺の花も、今はすべて違うものに見えてしまう。

 ノアの顔を見れば、きっと疑ってしまう。

 優しく触れられれば、献上品に傷がないか確かめているのだと思ってしまう。

「ルーシーさん!」

 遠くから、激しい足音が聞こえた。

「どこですか! 返事をしてください!」

 薔薇の茂みをかき分け、ガルが走ってくる。

 黒茶色の髪は乱れ、額には汗が滲んでいた。

 青い瞳が、根元にいるアリスを見つける。

「……良かった」

 強張っていた表情が、心の底から安堵したようにほどけた。

 その声を聞いた途端、アリスの目から涙がこぼれた。

 誰かが、自分を探してくれた。

 ただ自分を見失ったことを悔やみ、無事だったことに安心してくれた。

「ガルさん……」

 ガルは膝をついた。

「怪我はありませんか」

 アリスは首を振る。

「花ネズミに運ばれただけで……怪我は、ありません」

「申し訳ありません。私が目を離したせいです」

「違います。ガルさんのせいでは……」

 最後まで言えなかった。

 涙が次々に落ちていく。

「何があったのですか」

 アリスは答えられず、ただ首を振った。

「帰りたくない……」

 ガルの表情が強張る。

「ノアのところへ、帰りたくありません」

 その時だった。

「……何をしているの?」

 背後から、甘く静かな声がした。

 アリスの身体が硬直した。

 ガルが振り返る。

 薔薇の小道に、ノアが立っていた。

 いつもの、砂糖菓子みたいに綺麗な笑顔。

 けれど、ガルの足元へ視線を落とし、小さなアリスを見つけた瞬間、その笑顔が消えた。

 赤い瞳が、わずかに見開かれる。

「……」

 ノアは何かを言おうとした。

 けれど、声にならなかった。

 一歩だけ近づく。

 アリスは反射的に後ずさった。

 その小さな動きを見た瞬間、ノアの足が止まる。

「どうして……そんな姿に」

 掠れた声だった。

「アザレア様のクッキーです」

 ガルが立ち上がる。

「女王陛下から隠すため、小さくなるものを食べさせたようです。元へ戻るクッキーは、まだ受け取れていません」

 ノアは動揺を押し隠すように、赤い瞳を細めた。

「それで……君が連れ回していた?」

「彼女が、私へ助けを求めました」

「僕には知らせずに?」

「知らせる時間がありませんでした」

 ノアの視線が、ガルを責めるように射抜く。

「ガルさんは悪くありません!」

 アリスは叫んだ。

「私が、助けてほしいとお願いしたんです」

 ノアは何も言わなかった。

 ただ、アリスを見つめている。

 やがて、ゆっくりと屈み、白い手を差し出した。

「……おいで」

 それだけだった。

 いつもなら、迷いながらも取っていた手。

 けれど今は、その手が自分を誰かのもとへ運ぶためのものにしか見えなかった。

「いや」

 差し出された指先が止まる。

「帰りたくない」

 アリスは涙で滲む目で、ノアを見上げた。

「ノアのところには、帰りたくありません」

 ノアの表情が固まった。

 差し出された白い手は、アリスの前で止まったままだった。

 赤い瞳が、かすかに揺れる。

 アリスとノアの視線が重なった。

 ほんのわずかな間だった。

 けれど、それだけで分かってしまった。

 ノアは気づいたのだ。

 アリスが、先ほどの会話を聞いていたことに。

 そしてアリスも分かった。

 ノアが、もう何を聞いたのか尋ねる必要さえないほど、すべてを察したことに。

 ノアの唇が、何かを言おうとするようにわずかに動いた。

 けれど、言葉は出てこなかった。

 アリスはその手から逃れるように後ずさり、ガルの人差し指へ両腕でしがみついた。

 ノアの視線が、その小さな手へ落ちる。

「彼女は、ひどく混乱しています」

 ガルがアリスを庇うように、手を胸元へ寄せた。

「今は、私が連れていきます」

「ガル」

 ノアの声が低く響く。

 けれど、先ほどまでの怒りはなかった。

 赤い薔薇の葉が、風にざわめく。

「お二人とも、少し冷静になる時間が必要です」

「君に……何が分かるの」

「今の彼女が、あなたの手を取れないことは分かります」

 ノアは何も言い返さなかった。

 ただ、ガルの指へしがみつくアリスを見つめていた。

 自分の手から逃げるように、震えているアリスを。

 やがてノアは、差し出していた手をゆっくりと引いた。

 白い指が、力なく閉じられる。

「……分かった」

 掠れた声だった。

 いつものように笑おうとしたのか、ノアの口元がわずかに持ち上がる。

 けれど、その笑顔は砂糖菓子のようには見えなかった。

「連れていって」

 ガルの青い瞳が、わずかに揺れる。

「今は……僕が、そばにいるべきじゃない」

 その言葉を聞いても、アリスはガルの指から手を離せなかった。

「元の姿へ戻るまで、絶対に目を離さないで」

「承知しました」

「そのあとは……」

 ノアの言葉が途切れる。

 赤い瞳が、もう一度アリスへ向けられた。

 けれど、帰ってきてとは言わなかった。

「彼女の望むようにして」

「分かりました」

 ノアの唇が、何かを呼びかけるようにわずかに動く。

 けれど、名前は声にならなかった。

「……休んで」

 それだけ告げると、ノアは踵を返した。

 白い背中が、赤い薔薇の向こうへ遠ざかっていく。

 彼は一度も振り返らなかった。

 アリスはガルの指にしがみついたまま、その背中を見送った。

 胸の中では、ノアの声が何度も繰り返されている。

『彼女はあくまで、あの方への大切な献上品』

『必ず、私が連れてまいります』

 今まで受け取ってきた優しさが、すべて違う色へ塗り替えられていく。

 ガルは何も尋ねなかった。

 ただ、アリスを包むためのハンカチを静かに差し出した。

 触れすぎないように。

 けれど、ひとりにはしないように。

 小さな声は、濃い薔薇の香りの中へ消えていった。

 赤い薔薇だけが、何も知らないふりをして咲いていた。

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作者について

ニワコ

ニワコ

ChatGPTと協力しながら物語を書いています。フォロー大歓迎! キャラクターやお話の流れは、すべてオリジナルで、AIには主に文章作成や表現の整理を手伝ってもらっています。 ずっと頭の中にあった物...

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