隣の席の希望
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
大学2年生の橘ひなたは、ごく普通の女子大生。ある日、学校一のイケメンと噂される林武蓮と同じゼミになったことで、自然と彼を意識するようになる。 しかし蓮は恋愛に全く興味がなく、女の子から告白されても断り続けるクールな男。ひなたが話しかけても素っ気ない態度ばかり。 それでも一緒にいる時間が増えるうちに、ひなたは彼の不器用な優しさに少しずつ惹かれていく。 恋愛に無関心なイケメンが、初めて「恋の病」にかかるまでのドキドキラブコメ!
本文
講義室に入った瞬間、ひなたは窓際の列に黒髪を見つけた。
お、来てる。よかった。
そう思った瞬間、ひなたは自分の中の「よかった」に少し戸惑った。前なら、隣になりたくないと思っていたはずなのに。
でも今日は理由がある。先週の様子が気になっていたからだ。体調はもう良くなったと言っていたけれど、無理して講義に出ているような節があった。
今日もまた、無理しているんじゃないか。そう思うと、隣の様子を確認しないと落ち着かなかった。
空いている席はまだいくつかあった。それでも、ひなたの足は迷わず窓際の方へ向かった。
林武の隣に腰を下ろすと、彼がちらりとこちらを見た。
「顔色、良くなってるね」
ひなたが先に言うと、林武が少し意外そうな顔をした。
「……ああ、もう平気だ」
「咳は?」
「もう出ない」
「本当に?無理してない?」
林武は少し黙ってから、小さく頷いた。
「本当だ」
その答えに、ひなたは内心ほっとした。よかった、ちゃんと治ったんだ。
——あれ、私、なんでこんなに安心してるんだろう。
ひなたは自分の反応に、わずかな違和感を覚えた。いつもの相手の体調が良くなったくらいで、こんなに安心する必要はないはずだ。それなのに、肩の力がふっと抜けたような感覚があった。
鬼島教授が入室し、講義が始まった。ひなたはノートを開きながら、もう一度横目で林武の様子を確認した。顔色は確かに良くなっている。普段の落ち着いた雰囲気が戻っていた。
それを見て、ひなたは小さく安堵の息をついた。
——よかった、今日は本当に隣になれて。
そこまで思って、ひなたは自分の考えに違和感を覚えた。
今日、隣になって良かった、と思っている。それは、確認できたからだ。林武の体調が、本当に良くなっているかどうかを。
つまり——隣になることを、期待していた。
その事実に、ひなたは内心で動揺した。避けたいと思っていたはずの席が、今日に限っては「確認できる場所」になっていた。だから自然と足が向いた。教室に入った瞬間から、無意識にその席を選んでいた。
いや、でも、これは心配してたからってだけで……。
ひなたは自分に言い訳をするように、心の中で繰り返した。心配していたから、確認したかった。それだけだ。それ以上の意味はない。
講義の途中、林武が小さく身を乗り出して、ノートの端に書かれた数式を覗き込んできた。
「これ、どうやって解いた?」
珍しく、林武の方から声をかけてきた。ひなたは少し驚きながらも、ノートを少し傾けて見せた。
「ここ、こうやって代入するだけだよ」
「……なるほど」
林武が小さく頷いて、自分のノートに書き写した。それだけのやり取りだったけれど、いつもより会話が続いたことに、ひなたは内心少し嬉しくなった。
——嬉しい、というのも、変な感覚だった。
講義が終わり、林武がいつも通り席を立った。今日はふらつくこともなく、しっかりとした足取りだった。それを見届けて、ひなたはもう一度安心した。
廊下に出ると、さくらが追いついてきた。
「ひなた、今日も隣だったね。林くん、もう元気そうじゃん」
「うん、良かった」
「そんなに気にしてたの?」
「気にしてたっていうか……まあ、ちょっとは」
さくらがにやりとした。「今日、自分から隣の席選んでたよね」
ひなたは思わず固まった。
「……見てたの」
「見てたっていうか、丸わかりだったよ。空いてる席いっぱいあったのに、まっすぐ窓際に向かってったから」
「それは、ただ……体調が気になってただけで」
「うんうん、それを気にしてるって言うんだよ」
さくらが軽く笑いながら言った。ひなたは何も言えなくなって、歩く速度を少し早めた。
確かに、今日は隣になることを期待していた。それは認める。でも、それはただの心配からくるものだ。恋愛的な意味では、決してない。そのはずだ。
——でも、なんで、こんなに安心したんだろう。
ひなたは自分の中のその問いに、まだ答えを出せなかった。ただ、隣に座って、顔色が良くなっているのを確認できたこと。それだけで、今日一日がなんだか少し軽くなった気がした。