遭遇
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
大学2年生の橘ひなたは、ごく普通の女子大生。ある日、学校一のイケメンと噂される林武蓮と同じゼミになったことで、自然と彼を意識するようになる。 しかし蓮は恋愛に全く興味がなく、女の子から告白されても断り続けるクールな男。ひなたが話しかけても素っ気ない態度ばかり。 それでも一緒にいる時間が増えるうちに、ひなたは彼の不器用な優しさに少しずつ惹かれていく。 恋愛に無関心なイケメンが、初めて「恋の病」にかかるまでのドキドキラブコメ!
本文
土曜日の朝、ひなたはスニーカーを履いて家を出た。最近、運動不足が気になっていた。講義とバイトの往復だけの生活が続いて、体力が落ちている気がする。せっかくの休日だから、近所を軽くジョギングしようと決めていた。
「よし、今日は三十分だけ……」
そう自分に言い聞かせて走り出したものの、十分も経たないうちに息が上がってきた。
無理かも。
弱音が早速漏れたが、ひなたは何とか歩くペースに切り替えて続けた。歩くだけでも運動には違いない。そう自分を納得させながら、住宅街をふらふらと進んだ。
走るのをやめてしばらく歩いていると、喉の渇きを覚えた。ちょうど近くにコンビニがあったので、ひなたは中に入ることにした。
スポーツドリンクを取り、レジへ向かおうとしたところで、ひなたは入り口付近にいる人影に気づいた。
黒髪。すらりとした体型。
——林武だった。
私服姿だった。講義中とは違う、ラフなシャツとパンツ姿。普段のきっちりした雰囲気とは少し違って見えたけれど、整った輪郭はすぐにわかった。林武はおにぎりとお茶をいくつか持って、レジに並んでいた。
ひなたは思わず足を止めた。
なんでこんなところで。
驚きながらも、ひなたはなんとなく声をかけるべきか迷った。声をかけずに済ませることもできる。でも、向こうもこちらに気づいたのか、ふと視線を向けてきた。
「……橘?」
「あ、林武くん。こんなところで会うとは思わなかった」
「……俺もだ」
林武はひなたの服装——汗で少し湿ったTシャツとジョギング姿を見て、わずかに眉を上げた。
「運動してるのか」
「うん、ダイエットというか、運動不足解消というか……」
恥ずかしくなって、ひなたは早口で言った。
「林武くんは?買い物?」
「ああ。昼飯」
レジに並ぶ順番が来て、林武がおにぎりとお茶を会計した。ひなたもスポーツドリンクを買い、二人は自然な流れで一緒に店を出た。
外に出ると、林武がイートインの方にに行って、おにぎりの包装を開け始めた。
「ここで食べるの?」
「……ああ。家まで遠いから」
「歩いて帰るんだ?」
「運動不足だから、これくらいは」
その言葉に、ひなたは少し驚いた。林武も運動不足を気にしているとは思わなかった。意外な共通点だった。
「林武くんも運動不足気にするんだ」
「……前にそう言われたから」
「私が?」
「先週、課題が溜まるって言ったとき。体壊したら本末転倒だと言われたから」
ひなたは少し驚いた。あの時の何気ない一言を、林武が覚えていたことに。
「そんなの覚えてるんだ」
「まあ」
その言い方が妙に素直で、ひなたは少し気恥ずかしくなった。何と返せばいいかわからず、席に、なんとなく腰を下ろした。
「私も座っていい?」
「……好きにしろ」
相変わらず言い方は素っ気ないが、拒否しているわけではないことは、もうわかるようになっていた。ひなたはスポーツドリンクのキャップを開けながら、林武の隣の席に腰を下ろした。
二人の間に、特に会話はなかった。林武はおにぎりを黙々と食べ、ひなたはスポーツドリンクを飲んだ。それでも、不思議と気まずさは感じなかった。
「……運動、続けてるのか」
ふと、林武がそう聞いてきた。
「今日が初日。三十分走るつもりだったけど、十分でギブアップしたよ」
「向いてないんじゃないか、運動」
「うるさいな。これから慣れるから」
林武が小さく口元を緩めた。ほんの少しだけ。それでも、ひなたにはその変化がはっきりわかった。
——今、ちょっと笑った?
その小さな表情の変化に、ひなたは思わず見入ってしまった。普段は表情がほとんど動かないからこそ、その僅かな緩みが妙に印象に残った。
「……何か」
「ううん、何でもない」
ひなたは慌てて視線を逸らし、スポーツドリンクを一口飲んだ。心臓が少し速く動いているのは、たぶん運動の後だからだろう。そう自分に言い聞かせた。
休日のコンビニ前で、二人はそれぞれの昼食と水分を取りながら、特に意味のない時間を過ごした。それなのに、ひなたにとってその時間は、なぜか妙に居心地が良かった。
「じゃあ、私そろそろ帰るね」
おにぎりを食べ終えた林武が立ち上がったタイミングで、ひなたも腰を上げた。
「……ああ。また」
「うん、また講義で」
ひなたは小さく手を振って、林武と反対方向へ歩き出した。少し歩いてから、ふと自分が笑っていることに気づいた。
何がそんなに楽しかったのか、自分でもよくわからなかった。ただ、休日に偶然会って、何気ない会話をしただけ。それだけのことなのに。
家に帰る道、ひなたの足取りは、来た時よりも少し軽かった。