星の狩人(二)
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
一話完結・オムニバス(好きな所からお読みください)
本文
星の狩人(二)
嵐の惑星は、近づく者を選ばない。
高度三千メートルから下は、常に暴風と稲妻が渦巻いている。雲の層が幾重にも重なり、その下に何があるのか、軌道上からは誰にも見えない。古い星図には「立ち入り禁止」とだけ記されている。理由の説明はない。理由など、必要ない。
それでも純がここにいるのは、依頼があったから。
グレイヴの大気圏上層部、嵐の届かないギリギリの高度に、小型の無人観測ユニットが漂っている。十年前に放棄されたそのユニットの中に、ある組織が極秘データを隠している。回収してこい、という依頼。危険度の記載はない。依頼書に危険度の欄すらなかった。それ自体が、危険のサインだと純は知っていた。
それでも受けた。
報酬が、破格。
ナイトホークは観測ユニットの百メートル手前で静止していた。ドッキングアームを伸ばし、接続を試みている。ユニット側のポートが錆びついていて、なかなか噛み合わない。純は操縦桿から手を離し、アームの操作に集中した。
こういう細かい作業が、一番神経を使う。
戦闘ではない。嵐でもない。錆びたポートと格闘しているとき、人間は妙に無防備になる。
だからか、レーダーへの確認が、一瞬遅れた。
「…まずい」
反応が三つ。しかも速い。純はすぐにアームを格納し、操縦桿を握った。来た方向を確認する。グレイヴの夜側、暗闇の中から三隻が迫ってくる。ライトを消している。最初から気づかれないように動いていた。
追跡ではない。最初から純の位置を知っていた。
「また依頼人か」
純は舌打ちをした。前回と同じ構図だ。仕事を終わらせた後、回収した人間ごと消す。あるいは今回は、回収させる前に消すつもりか。どちらにせよ、話は単純だ。
逃げるしかない。
だがどこへ。後方は追跡船三隻。左右は開けているが、あちらの方が速い。挟まれる。上は軌道上、逃げ込めば的になる。
下しかない。
純はスロットルを叩き込んだ。ナイトホークが急降下する。高度計の数字が凄まじい速度で減っていく。三千、二千五百、二千。嵐の上層部が見えてきた。白と灰色が混ざり合った巨大な渦が、惑星全体を覆っている。
追跡船が後を追ってくる。
「本気で来るか」
純は歯を食いしばった。嵐の中に突っ込めば、追跡船は離脱するかもしれない。だがナイトホークも無事では済まない。嵐の中の乱気流は、機体を文字通り引き裂く力がある。
選択肢を考える時間は、もうなかった。
雲の層に突入した瞬間、世界が白に塗り潰された。
視界がゼロになる。計器だけが頼り。乱気流が機体を左右に叩きつける。シートベルトが食い込む。警告音が鳴り響く。エンジンの出力が不安定になる。大気の密度が、純の想定より高い。
「落ち着け」
自分に言い聞かせながら、純は操縦桿を微調整し続けた。力で抗うな。流れを読め。乱気流には方向がある。その方向に逆らわず、しかし飲み込まれもせず、境界線を走り続ける。
稲妻が、すぐ横を走った。
光の柱が視界を焼く。コンマ一秒遅れていたら、直撃していた。純は反射的に機体を右へ捻った。その瞬間、別の稲妻が左側を走る。
挟まれた。
だが純はそこに、一つの法則を見た。
稲妻は、必ずペアで走る。一本目が来たら、反対側に二本目が来る。タイミングは不規則に見えて、実は大気の電位差が生み出す規則がある。純は三度それを確認した。確信した。
次の一本目が走った瞬間、純は動かなかった。
二本目が来る。その直前に、純はスロットルを全開にした。稲妻と稲妻の間、一瞬だけ開く電気の空白を、ナイトホークが矢のように抜けた。
雲の層を突き破った。
惑星の低層大気、嵐の下側に躍り出た瞬間、視界が一気に開けた。眼下には荒れ狂う風が地表を削り、赤茶けた岩盤が広がっている。上空は嵐の雲が天井のように覆い被さり、まるで巨大な洞窟の中にいるようだった。
追跡船の反応を確認した。
二隻は雲の層で離脱していた。残り一隻が、まだ追ってきている。
「しぶとい」
その一隻が雲を抜けてきた瞬間、純は目を疑った。
船の形が、見覚えがある。
小型で、エンジン部分が改造されている。機体の右側面に、細かい傷が無数についている。小惑星帯を飛んだ痕跡。
純は通信を開いた。
「…お前か」
返事が来るまで、三秒かかった。
「相変わらずの操縦。見惚れるわね」
女の声だった。
「追跡船のふりをして近づいてきたのか」
「ライトを消して飛んでいたら、あなたが勝手に逃げ始めたのよ。自意識過剰じゃない?」
「紛らわしい飛び方をされては困る」
「あなたこそ、なんで嵐の中に突っ込んだの。自殺志願者?」
「追われていたからな」
「私を含めて?」
「お前だとわかっていたら、もう少しマシなエスコートを考えた」
短い沈黙があった。
「その言葉、一応受け取っておくわ」
「事実を言ったまでだ」
純はレーダーを確認した。離脱した二隻が、雲の上層部で旋回している。降りてくる気配はない。だが時間の問題。
「ここで何をしている」
「同じ依頼を受けたのよ。観測ユニットの回収」
「依頼人は同じか」
「別ルート。でも回収するものは同じ。つまり」
「競合している」
「そう。でも今は、上の二隻を片付ける方が先決じゃない?」
純は同意した。今は競合している場合ではない。
「観測ユニットの位置はまだ覚えているか」
「当然」
「二人で回収する。データは後で話し合う」
「相変わらず強引ね」
「効率の問題だ」
また短い沈黙。
「いいわ、ついていく」
二隻は嵐の下層を並んで飛んだ。上空では稲妻が走り続け、轟音が絶え間なく響いている。地表すれすれを飛ぶと、風が機体を横に押しつける。純は常に三度から五度、機体を風上に傾けて補正し続けた。
「あなた、この惑星に来たことある?」
「初めてだ」
「信じないわ。なのにこの飛び方、どこで仕込んだの?」
「機体が勝手に動いてくれる」
「ロマンのない答えね」
「最高の褒め言葉として受け取っておく」
彼女が笑った。前回と同じ、声のトーンが変わる笑い方。
観測ユニットが見えてきた。嵐の中層、雲に半分埋もれるようにして漂っている。位置が、上から見ていたときより下に移動していた。嵐に流されている。
「動いている」
「風に押されてる。完全に呑まれる前にカタをつけるわよ」
純はスロットルを上げた。ナイトホークが加速し、観測ユニットへ接近する。ドッキングアームを再展開した。錆びついたポートが、また噛み合わない。
「急いで。上の二隻が動き出した」
「焦らせるな」
乱気流が機体を揺さぶる。アームの先端が、ポートの縁に当たっては弾かれる。純は呼吸を整えた。焦るな。機体の揺れに合わせて、アームも動かせ。波に乗るように。
タイミングを測った。
乱気流が一瞬弱まった瞬間、純はアームを押し込んだ。
噛み合った。
「接続した。データへのアクセスを開始する」
「ちょっと待って、接続に相乗りしてもいい?」
「好きにしろ」
「……見えた。全く同じ極秘データのファイルが二つ保存されてるわ。バックアップ用かしらね」
「二つ?」
「そう。二つのファイルにそれぞれアクセスコードを設定して、今、別々にダウンロードしてる。これなら取り合う必要はない」
純はレーダーから目を離さなかった。二隻が雲の層に突入し始めている。稲妻の法則に気づけば、抜けてくる。猶予はない。
「十秒」
「来るぞ」
「七秒」
「急げ」
「完了。二つ、別々に各自のストレージへ同期した。これでお互い、手元にある」
純はアームを格納し、同時にスロットルを叩き込んだ。ナイトホークが急加速する。
二隻が雲を抜けてきた。
光線が走った。純の機体の真横を掠める。熱気がコックピットに伝わった。
「左にクリアしろ」
純は彼女に指示した。
「何をするの」
「いいから合わせろ」
二隻は並んだ。追跡船が後方から追ってくる。地表まで高度五百メートル。これ以上下げたら岩盤に激突する。
「上に抜けるぞ」
「嵐の中を、また?」
「稲妻には法則がある。俺のラインをトレースしろ。絶対に離れるな」
「……あなたの背中、信じる」
純はナイトホークの機首を上に向けた。全開のスロットル。重力に逆らって上昇する。追跡船が追ってくるが、上昇速度では純の方が速い。
雲の層に再突入した。
白い闇。乱気流。稲妻の音。
純は最初の一本が走るのを待った。来た。右側。純は左へ微調整した。二本目が来る直前、スロットルを最大にした。
空白を抜けた。
雲の上層部に躍り出た瞬間、彼女の船が隣に並んだ。
「……抜けたわね」
彼女の声に、荒い息が混じっていた。
追跡船の反応が、雲の下で止まっている。上がってこない。嵐の中で稲妻に捕まったか、あるいは諦めたか。どちらでもよかった。
「データのことだが」
純は落ち着いた声で切り出した。
「もう話し合うことなんてないじゃない。私は私の依頼人に、あなたはあなたの依頼人に渡すだけ」
「そうだな」
「お互い大金が手に入る。最高にスマートな結末じゃない?」
純はしばらく黙った。グレイヴの嵐が、眼下で渦を巻き続けている。
「悪くない」
「でもその前に、言うべきことがあるんじゃない?」
「何だ」
「また会えたわね、ってこと」
純は少し間を置いた。
「奇遇だな」
「ただの仕事の重複。それだけ?」
「そういうことにしておこう」
彼女の声が、また少し柔らかい響きを帯びた。
「純、一つ聞いていい?」
「内容による」
「あなた、ハンター以外の生き方、考えたことは?」
純は答えるまでに、少し時間がかかった。
「考えたこともないし、必要もない」
「そう」
「お前は」
「私もなかった。でも、今回の仕事、ちょっと拍子抜けするくらい綺麗に収まったわね」
「何が言いたい」
「データが最初から二つに分かれていて、お互いに別々の依頼人に持ち帰るだけ。余計な揉め事もなくて、最高にスマートだと思わない?」
「確かに、それぞれの依頼人に引き渡せば、それでおしまいだ」
「ええ。お互いに大満足、ってわけ」
「報酬も、予定通り満額入る」
「そういうこと。だから、たまにはこういう効率のいい共同作業も悪くないんじゃない?」
純はしばらく黙ってから、操縦桿を握り直した。
「悪くない。効率の観点から言えば、な」
「決まりね。本当に、一筋縄ではいかないハンター」
「最高の褒め言葉として受け取っておく」
今度は二人同時に、少し笑った。
二隻は並んで、グレイヴの軌道を離脱し始めた。
嵐の惑星が、遠ざかっていく。
星の海はまた静かで、広大で、どこまでも続いていた。
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