6話:変わる世界
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
目を閉じても開いても変わらない無限の暗闇。気が付けばメルティは浮かんでいた。(ここは……どこ?僕…どうなったの?)
本文
目を閉じても開いても変わらない無限の暗闇。
気が付けばメルティは浮かんでいた。
(ここは……どこ? 僕…どうなったの?)
頭がぼんやりとする。
指一つ動かせない中でメルティはそばに温かい気配を感じた。
(あ…シュドーだ。良かった、無事だったんだ…)
大好きな幼馴染がいる事に安堵する内に、他にも気配を感じた。
(お父さん、おじいちゃん…それに、ミーネおばさんにタバンおじさんも…皆いる…)
◇
現実の世界。
悲壮感漂うシュドーを始めとする面々。
寝室には、苦しげなメルティの呼吸の音だけが響く。
高熱に浮かされるメルティの肌は、触れれば火傷しそうなほどに熱く、絶え間なく溢れ出す汗がシーツをぐっしょりと濡らしている。
メルティの父ガウディは力なく膝をつき、息子の手を握りしめていた。
ナザルは、メルティの脈を計り、その胸元に手をかざして魔力を流し込んでいたが、やがて力なくその手を下ろした。
ナザルはしばらくの間、奥歯を噛み締め、何かを言い淀むように視線を彷徨わせていたが、やがて重く、乾いた声を絞り出した。
「……すまん。ワシには、どうすることもできん。
これほどまでに悍ましい、底知れない魔力を含んだ強力な呪いは、今まで見た事も聞いた事もない」
ナザルの言葉が部屋全体を重く包む。
シュドーが半狂乱でナザルの胸倉を掴みかかるのをタバンが制する中、ガウディも涙ながらに叫んだ。
「おい、ふざけんなよジジイ!!
ジジイは二級魔導士で、国家が認めた一人前の魔導士だって自分で言ってただろうが!!だったらなんとかしてみせろよ!!!」
「なんとかならないのですか!?
妻が亡くなって、私には…もうこの子しか、メルティしかいないんです!!」
二人の叫びに黙って目を閉じ俯くだけのナザル。
無力な者達の叫びが、夜の闇に空しく響いた。
◇
メルティは遠い場所から誰かが自分を呼ぶ声が聞こえた気がした。
(シュドー…)
すぐに彼の元に駆け寄りたかった。
僕は大丈夫、と言ってあげたい。
だが体に力が入らない。
その時、闇の向こうから得体の知れない「何か」が、猛烈な勢いでメルティの内に流れ込んできた。
蜂蜜の甘い香りと肉が腐った様な匂いが入り混じった不快な存在感。
(なにこれ……やだ……怖いよ……助けて、シュドー……!)
熱く、粘り気のある意思を持ったエネルギーが血管を焼き、骨の形を軋ませ、内側から自分が作り変えられていく恐怖の中で、意識はやがて闇に溶けていった。
◇
窓から差し込む、朝の澄んだ光が寝室を照らす。
メルティの瞳が、重い瞼を押し上げるようにしてゆっくりと開かれた。
最初に見えたのは、見慣れたシュドーの家の天井。
シーツに染み込んだ汗の匂いとお日様の香りが鼻をくすぐる。
昨日までの、身体を焼き尽くさんばかりの熱や不快感は嘘のように消え去り、代わりに奇妙なほどに身体が軽く、そして、ひどく冷えていた。
(あれ……僕……)
思考がまだ霞の中にあった。
頭が目覚めるにつれて手から安心する温かい感触が伝わる。
ふと横を見ると、自分の右手をしっかりと握ったまま、ベッドの縁に顔を埋めて眠っているシュドーの姿があった。
壁際では、ミーネやタバン、そしてガウディやナザルも、疲労困憊した様子で床に座ったまま眠りに落ちている。
「シュドー……」
不意に口を突いて出た自分の声に、メルティ自身が息を呑んだ。
(え?今の…僕の声?なんか、変……)
耳に届いたのは、かつての自分の少年らしい声ではない。
鈴を転がすような、けれどどこか艶を含んだ、高く、柔らかな響き。
「ん……」
身じろぎしたシュドーが、微睡みから引きずり出されるように目を開けた。
正面に座るメルティと視線がぶつかり、シュドーの黒い瞳が限界まで見開かれる。
「メルティ……? おい、起きたのか!?」
その大きな声に、ナザルたちが弾かれたように目を覚ます。
「シュドー、僕……」
言いかけて、メルティはゆっくりと上身を起こした。
その瞬間、部屋の中にいた全員が、息をすることさえ忘れたかのように硬直した。
「メ、メルティ……!?」
ガウディが、震える指先で息子――だったはずの存在を指差す。
「お父さん……?」
「お、おい、メルティ…その体……!」
シュドーの声が、上ずっていた。
メルティは、自分の身体を包む異様な違和感に、ようやく意識を向けた。
シーツが滑り落ちた胸元。
昨日まで平坦だったはずのそこには、チュニックを丸く、豊かに押し上げる、柔らかな膨らみが二つ、重たげに鎮座していた。
「え……? なに、これ……?」
震える指先で、その膨らみに触れる。
指先から伝わるのは、紛れもない、自分自身の肉の感触。吸い付くような柔らかさと、微かな弾力。
さらに、下半身に覚える喪失感。
メルティは恐る恐るシーツの中でズボンの中に手を差し入れ、そこを確認した。
ない。
昨日まで、自分が男の子である証としてそこにあったはずの器官が、綺麗さっぱり消え失せている。
代わりにあったのは、ひっそりと湿り気を帯びた、未知の、滑らかな割れ目だった。
「シュ、シュドー…………僕…………」
メルティの声が、絶望と困惑に震える。
潤んだ大きな瞳から、大粒の涙が溢れ出した。
「僕…………お、女の子に、なっちゃった…………」
その告白と同時に
ボゥゥゥ…
シュドーやナザルが一目で分かるほどの巨大な魔力の奔流が淡い光となってメルティの全身から静かに湧き上がっている。
昨日までの相棒が、女に。
そして、膨大な魔力を持った存在に。
昨日のメルティがもういない。
「シュドー…!僕、僕、どうしたら……!」
縋りつく様にシュドーを見るメルティ。
だが、シュドーは言葉も出ず、ただ口をパクパクさせるしか出来なかった。
(どうすりゃ…いいんだ?これ…)
シュドーの辛うじて働いた頭がそう呟く。
その日、なにもかもが変わってしまった。