8話:次の道へ
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
『大異変』から二年の月日が過ぎ去り、季節は巡って十七の春を迎えた。ナザルの家の前にある広場。日課である、魔弾100発撃ちの音が響く。
本文
『大異変』から二年の月日が過ぎ去り、季節は巡って十七の春を迎えた。
ナザルの家の前にある広場。
日課である、魔弾100発撃ちの音が響く。
「魔弾(バレット)、魔弾、魔弾ォォッ!!」
シュドーの杖から放たれる光の連弾が、正確無比に的の中央を貫き、火花を散らす。無駄のない所作、研ぎ澄まされた集中力。
一方のメルティは、一歩踏み込んで杖を真っ直ぐに突き出した。
「魔弾(バレット)!」
放たれた光弾は、シュドーのものとは比較にならないほどの質量と速度を有していた。大気を引き裂くような飛礫が的に命中した瞬間、厚い木板の標的が爆発するように粉々に砕け散る。
「あー! また壊しやがったなメルティ! 的を作る俺の身にもなれよ!」
「わわっ、ご、ごめんなさいぃ……加減したつもりなんだけど……っ」
シュドーの怒声に肩を震わせ、メルティは慌てて地面に散らばった木片を拾い集める。その様子を眺めながら、シュドーはふと眉を寄せた。
「メルティ、お前最近調子いいな。前はビビって一発ずつ慎重だったのに、今じゃ狙いも威力も桁違いじゃねーか。魔法の出力、また上がったろ?」
シュドーの指摘に、メルティは不思議そうに自分の掌を見つめた。
「うん……自分でもよくわからないんだ。
最近は、ただ『こうしたい』って思うだけで、身体の奥から力が溢れてくるっていうか……昔よりもずっと、魔法が近くにある気がするんだ」
「………そうかよ。俺にはよくわかんねぇ感覚だな」
その小さな呟きには、ほんの少しの棘があった。
「シュドー?」
「いや、なんでもねぇ。おい、片付けるの手伝え」
「あ、うん」
パタパタと無邪気に駆け寄ってくるメルティ。
(…なに言ってんだ俺は)
コン、とシュドーが自分の頭を拳で小突く。
メルティは、もはや村の男たちが見惚れるほどの美貌を具えていた。
しかし、その中身は相変わらずで、少しでも不安になればシュドーの背後に隠れ、彼にべったりと寄り添う泣き虫な気質のままだった。
対してシュドーは、皮肉なほどに背が伸びなかった。
それでも、日々の鍛錬で培われた身体は鋼のように引き締まり、その瞳にはかつての幼い夢想家ではない、本物の勝負師の如き鋭い光が宿っている。
二人の訓練を黙って見守っていたナザルが、軋む椅子からゆっくりと腰を上げる。
七年の歳月は老魔導士の身体を確実に蝕んでいた。
立っているより座る時間の方が多くなり、咳き込む数も増えた。
刻まれた皺は深く、かつての鋭い威圧感は枯木のような静かな落ち着きへと変貌している。
「……シュドー、メルティ。話がある。……入れ」
短く告げ、ナザルは背を向けて薄暗い家の中へと消えていった。
二人は顔を見合わせ、そのただならぬ雰囲気に緊張を走らせながら、
師の後に続いた。
「なんだよ、ジジイ。改まって」
すっかり慣れた薬草の匂いに包まれたナザルの小屋の中。
シュドーが向かいの席に腰を下ろすと、メルティもその隣に、守られるようにして身を寄せた。
「……お前達がここへ来て、もう七年か。道理でワシの腰も曲がるわけじゃ」
ナザルは古びた薬湯を啜り、懐かしむように二人を見据えた。
口の中に潤いを満たすと、ナザルはゆっくりと息を吐き話始める。
「正直に言おう。始めは数ヶ月持てばいい方かと思っておった。
平民の子供が気まぐれに始めた遊び……すぐに泣いて帰るだろうとな。
じゃが、お前達は一日足りとて欠かさず、この丘に登り、修練を続けた」
師の言葉に、シュドーは居心地悪そうに鼻を鳴らし、メルティは少し照れたように頬を染める。
「お前達はもう、ただの平民ではない。荒削りだが、立派な魔導士の卵じゃ。
……だからこそ、今のお前達なら理解できるはずじゃ。
これから先、歩む道の険しさがな。お前達はもうガキではない。
憧れだけで食っていけるほど、魔導の深淵は甘くはないぞ」
ナザルの声音に、一切の妥協を許さない真剣さが宿る。
自然と、二人の背筋が伸び、口の中が乾いた。
「今一度問う。シュドー、メルティ。……お前達はまだ、魔導士になるという夢を、諦めぬつもりか?」
「ああ、決まってんだろ」
シュドーの返答は、刹那の躊躇もなかった。
「ジジイの言いてぇことはわかる。才能だの血筋だの、散々聞かされてきた。
でも、俺は諦めるつもりはねぇ。理屈じゃねぇんだ。
俺は、大魔導士になる」
「ぼ、僕もです! 僕もシュドーと一緒に、大魔導士になりたいんです!」
真っ直ぐに自分を射抜く二人の眼差し。
「……ならば、お前達はこの町を発たねばならんな」
えっ、と突然の師の言葉に驚く二人。
「この、魔獣も貴族とも無縁の田舎に居ついた所で、
お前達が得られる物はもう少ない。
お前達はもう卵の殻を破り翼を得て、飛ぶ術を学んだ。
より高みを目指したいのならば、
安寧の巣を飛び立つ勇気を持たねばならん」
その瞳の奥にある、黄金色の意志を確認したナザルは、深く頷き、懐から一枚の書面を取り出した。
「コタンを出て、王都へ行け。シュドー、メルティ。
アステリスク王立ステラ・マリス魔法大学。
王国屈指の英知が集う学舎……お前達が進むべき次なる戦場は、そこじゃ」
差し出された案内状。そこには、荘厳なる学び舎の紋章と、二人の運命を次のステージへと誘う文字が魔力を帯びて輝きを放っていた。