9話:魔法大学受験① 未練と決起
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
「魔法大学……王都の、ステラ・マリス……」メルティはその煌びやかな案内状を、まるで壊れ物を扱うような手つきで捧げ持ち、金色の装飾に縁取られた文字を食い入るように見つめた。その瞳には、今まで夢想だにしなかった世界への憧憬が、宝石のような輝きとなって宿っている。ナザルはゆっくりと喉を鳴らし、弟子の反応を確かめるように言葉を継いだ。
本文
「魔法大学……王都の、ステラ・マリス……」
メルティはその煌びやかな案内状を、まるで壊れ物を扱うような手つきで捧げ持ち、金色の装飾に縁取られた文字を食い入るように見つめた。その瞳には、今まで夢想だにしなかった世界への憧憬が、宝石のような輝きとなって宿っている。
ナザルはゆっくりと喉を鳴らし、弟子の反応を確かめるように言葉を継いだ。
「その魔法大学は、単なる知識の集積所ではない。
本来ならば、国家試験で取る『三級魔導士』の資格試験が、在学中の進級カリキュラムの中に組み込まれておるのじゃ」
その劇的な説明にメルティは頬を紅潮させ、思わず身を乗り出した。
しかし、隣に座るシュドーの横顔は、石像のように硬く、険しいままだった。
「さらに稀な例ではあるが、在学中に『二級魔導士』、つまりワシと同じ位階まで登り詰めた前例すらある。魔法の深淵を学びながら、魔導士としての社会的地位をも同時に確立できる。お前たちのような、後ろ盾を持たぬ若者にとっては、これ以上ない跳躍台となるはずじゃ」
(おじいちゃんと同じ…!)
メルティは輝かしい未来を想像して目を輝かせ高揚するが、隣のシュドーは対照的に冷たく、どこか悲し気に目を伏せる。
「……その大学の評判なら、俺も港の連中から聞いたことがある。調べたこともあるさ。…でもよ、ジジイ」
シュドーはため息をつき、背もたれに背を預ける。
「あそこは『貴族御用達』だ。募集要項の最初の一行目、親の爵位と家系図を提出しろって書いてあったぜ。俺たちみたいな、あくせく小銭を稼いでる平民の餓鬼が、どうやって門を叩くってんだ。門番に杖で叩き出されるのが関の山だ」
シュドーの言葉は、冷徹なまでの現実感を帯びていた。その指摘に、浮き足立っていたメルティも現実に引き戻されたように肩を落とし、視線を落とした。希望の光が、身分という高く厚い壁に遮られて消えようとする。
だが、ナザルは鼻を鳴らし、あざ笑うかのように深く首を振った。
「それは数年前までの、腐りきった旧弊の話じゃ、シュドー。
お前たちの時計は、あの事件から止まったままなのか?」
ナザルの鋭い眼光に、二人は顔を上げた。
「お前たちは忘れたわけではあるまい。
あの『大異変』の日から、世界の理そのものが、音を立てて崩れ、変質し始めておるのじゃ」
二年前、空をピンク色に染めた不気味な雲。そして、愛する幼馴染を女性へと作り替えてしまった、あの忌まわしき光。
それと自分たちの進学がどう結びつくのか、二人は訝しげな表情を浮かべた。ナザルは、まるで見えない敵を凝視するかのように、声を一段と低めた。
「あの解呪不能な強力な呪い……魔導連盟は、あれを魔界の主、『魔王』による目覚めの咆哮ではないかと見ておる。
数百年前の、魔族と人類による『大戦』の再来の懸念じゃ」
突然語られた、歴史の教科書の中にしかないような壮大な話の規模に、二人は面食らった。
「ちょっと待てよ、ジジイ。話が飛躍しすぎててついていけねぇ。
魔王がどうとか大戦がどうとか、それが俺たちの進路とどう関係するんだよ」
ナザルは再び薬湯を一口啜り、ゆっくりと話を戻した。
「世界中に、その『再来』の予兆が出始めておるのじゃ。本来、魔力というものは貴族の血を引く者にのみ濃く宿るものであり、平民の身体には宿らぬもの…だった」
ナザルがテーブル越しの二人の目を見た。
「だが、ごく稀に例外が起こる。
遠い祖先が貴族だった者が数代を経て突然変異的に目覚める『先祖返り』と、強大な魔力の奔流にその身を晒された、防衛本能で魔力の門をこじ開ける『覚醒者』。
シュドー、メルティ。お前たちのように、平民でありながら魔力に目覚める者たちが、今、世界全土で爆発的に増え始めておるのじゃよ」
二人は思わず顔を見合わせた。メルティの強大な魔力の目覚めは、確かにあの日、天からの光に貫かれた後のことだった。
「魔導連盟は、一つの苦渋に満ちた結論を下した。大戦が現実となったとき、血筋や家柄にこだわって才能ある芽を摘んでいる余裕などないとな。
有事の際、一人でも多くの戦力を、一人でも強力な魔導士を育成すべきであると」
「…なるほどな。つまりその大戦に俺達みてぇな奴らも大戦の駒にしようって事か」
シュドーが合点が言ったとばかりに納得する中で、メルティだけが頭に疑問符がつきながらも頷いた。
「え、えっと…つまり…僕達も魔法大学に通えるって事だよね、シュドー!?」
ようやく頭が理解をし始めメルティは興奮で手を動かすが、
シュドーは依然として腕を組み、不機嫌そうな顔を崩さない。
「……ああ、でもなメルティ。お前、一番大事なことを忘れてるぞ。
学費はどうするんだよ」
「えっ……あ……」
メルティの動きが止まる。シュドーは膝の上で拳を握りしめ、絞り出すように言った。口の中に、僅かに鉄分の味が混ざる。
「入学資格が得られたところで、俺たちには金がねぇ。
この田舎町で、港の小遣い稼ぎをして、どれだけの年月をかければ入学金が貯まると思ってんだ。王都の生活費だって馬鹿にならねぇだろ。
…金のない奴は、スタートラインにも立てねぇんだよ」
シュドーの言葉には、貧しさを知る者特有の悲哀が混じっていた。
その時、ナザルが無造作に、ずしりと重みのある革袋をテーブルの中央に叩き置いた。
チャリン、と硬貨同士がぶつかり合う重厚な音が響く。
袋の口からは、使い込まれた銀貨と大量の銅貨が溢れ出していた。
「……これ、俺たちが毎月ジジイに払ってた月謝か!?
なんで、ジジイがまだ持ってんだよ!」
「フン。お前たち餓鬼の小遣いなど、ワシのような隠居が食い繋ぐには、あってもなくても変わらぬ端金よ。元より、時期を見てお前たちに叩き返すつもりで、一銭も使わず取っておいたのじゃ。
……それと、これを使うがいい」
ナザルはさらに戸棚の奥から、あの日二人に見せた小箱を取り出した。
蓋が開かれ、夕刻の光を吸い込んで、宝石があしらわれた金の腕輪が傲慢なほどに輝きを放つ。
「おい、ちょっと待てジジイ。
それ、お前が若い頃に命懸けで迷宮から持ち帰った、唯一の宝物だろ……!」
シュドーの制止を鼻で笑い、ナザルはしれっと答えた。
「この腕輪を換金すれば、お前たち二人の学費と、王都での当面の生活費は十分に賄える。ワシのような、明日をも知れぬ老いぼれが抱えていたところで、これこそまさに宝の持ち腐れというやつじゃ」
「待てよ!!」
シュドーとメルティが同時に立ち上がり、ナザルを詰め寄った。
「ジジイがそこまでする必要なんてねぇだろ!
これは俺たちの夢で、俺たちの問題なんだ!
足りねぇ学費くらい、俺たちが自分で……死ぬ気で働いてなんとかする!」
「そうだよ、おじいちゃん! それは大切な思い出の宝物なんでしょ!?
僕たちのために売っちゃダメだよ!」
二人の必死の訴えを受けながら、ナザルは椅子に深く腰掛け、遠い昔に思いを馳せるように話し始めた。
「……ワシは若い頃、貴族だけが支配するこの魔導士の世界を根底から変えてやりたいと思っておった。
じゃが……当時のワシには、それを変えるほどの力がなかった。
何も成し遂げられぬまま、いつの間にかただ日銭を稼ぐだけの無為な日々に飲み込まれ、気がつけばこんな老いぼれになっておった。
……もう、何もかもが遅すぎた。そう思って、ここで朽ちるのを待っていたんじゃ」
ナザルは二人を真っ直ぐに見据えた。
その瞳には、かつてないほどの熱量が宿っていた。
「じゃがあの日、お前たち二人が初めて魔弾を放ったあの日……。
泥に塗れても諦めずに門を叩き続けたお前たちの姿を見て、ワシは気づいた。
世界が変わるのは、力ある者が動く時ではない。
理不尽に抗う、若き意志が爆ぜる時なのだとな。
ワシは未練たらしく、夢の残像をお前たちに縋っていただけかもしれん。
じゃが今、世界は確実に動き出そうとしておる。
お前たちなら……ワシが成し遂げられなかった、その先へ行けるのかもしれん」
そう言って、ナザルは枯れ木のような手で、金の腕輪をシュドーたちの前へ押し出した。
「頼む。ワシの最後の手向け、ワシという無力な老人の『未練』を、手伝わせてくれ」
一分にも、一時間にも感じられる沈黙が部屋を支配した。
メルティは溢れる涙を拭い、シュドーは唇を噛み切りそうなほど強く結んでいた。
やがて、シュドーが震える手で腕輪を掴み取り、ナザルの顔を真正面から見据えた。
手からはズシリとした重みと、冷たさを感じ取る。
「……わかったよ、ジジイ。そこまで言われちゃ、断るわけにもいかねぇ。
……やるだけ、やってやるよ。ただし!」
シュドーは金の腕輪を高く掲げ、宣言するように叫んだ。
「俺は、借りを作られっぱなしにするのは大嫌いなんだ!
いずれ大魔導士になって、この腕輪の価値を百倍にして返してやる!!」
「ぼ、僕も……!! シュドーが行くなら、僕も絶対に行きます! おじいちゃんの夢も一緒に背負って、立派な魔導士になってみせるから!」
二人の決意に、ナザルは初めて満足げに、そして悪戯っぽくニカッと笑った。
「よし! ならば決まりじゃ! 今日から早速、試験勉強の詰め込みを開始するぞ!
特にメルティ、お前は魔法の出力は合格点だが、座学が壊滅的じゃ。
王都へ行くまでに、その頭を徹底的に叩き直してやるからな!!」
「えぇぇ!? い、今から!? もう夜だよぉ……!」
「やかましい! 夢を叶えるのに昼も夜もあるか! ほれ、魔導理論の初級書を開け!」
「よし、やるぞメルティ! 勉強で俺に遅れんなよ!」
「う、うん……頑張る……!」
煌々と燃える暖炉の火に照らされながら、王都への旅立ちを懸けた、過酷で熱い夜が始まった。