10話:魔法大学受験② 試験開始
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
港町コタンに吹き抜ける潮風は、肌にじっとりと汗をにじませ、どこか火照った匂いがした。照りつける日差しの下で、試験に向けてナザルの容赦のない怒号が飛び交う。「遅い!シュドー、足元を疎かにするな!」
本文
港町コタンに吹き抜ける潮風は、肌にじっとりと汗をにじませ、どこか火照った匂いがした。
照りつける日差しの下で、試験に向けてナザルの容赦のない怒号が飛び交う。
「遅い! シュドー、足元を疎かにするな! 」
ナザルが放つ変幻自在の魔弾や、盾を食い破るほどの鋭い打撃。
「メルティ、お前は威力を気にするあまり予備動作が大きすぎる! 相手が貴族の英才であれば、その一瞬で首が飛んでおるぞ!」
ナザルの放つ強烈な魔弾に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる二人。
老いたとはいえ、かつての二級魔導士が放つプレッシャーは凄まじく、二人は毎日、魔力が底を突き、全身の筋肉が悲鳴を上げるまで広場を転げ回った。
(ちっくしょう…!ジジイの癖に元二級ってだけでもこんなに強いのかよ…!
けど負けねぇ!絶対に王都に行くって決めたんだ!)
シュドーは口の中に広がる血の味を噛み締めながら立ち上がり杖を構える。
しかし、肉体の疲労よりも二人を苦しめたのは、日没後に始まる座学の時間だった。
シュドーの家の狭いテーブルの上には、ナザルがどこからか調達してきた難解な魔導理論の専門書や、王都の歴史、薬学、さらには古語の文法書までが所狭しと積み上げられた。
元々、集中力と記憶力に長けていたシュドーは、魔導理論の複雑な公式や術式の構築ロジックを驚くべき速さで吸収していった。一方で、実技では天才的な出力を誇るメルティにとって、紙の上に並んだインクの羅列は、解読不能な呪文よりも質が悪い代物だった。
「だから! ここは魔力を放出する際の変換効率を逆算して、流動定数に当てはめるんだって言ってんだろ! おいメルティ、白目むいてんじゃねぇアホ!」
「あいたっ!? ひ、ひぃん……ご、ごめんなさいぃ……シュドー、もう文字が躍って見えて、頭の中がパンパンだよぉ……」
「謝る暇があるならペンを動かせ! お前、この前の模擬試験でも歴史の年号を魔物の名前と間違えてただろ! いいか、筆記で落ちたら実技がどれだけ凄くても不合格なんだぞ!」
シュドーの容赦ない叱責と、愛の鞭ならぬ本気の拳骨がメルティの頭に落とされる。
メルティは涙目で頭を抱えながらも、決して匙を投げることはなかった。
(シュドーと一緒に行くんだ…僕も頑張らないと…!)
自分が女の子に変わってしまったあの日から、自分を特別視せず、ただの「魔導士見習いの相棒」として横に居続けてくれるシュドー。彼と一緒に王都へ行き、同じ景色を見たい。その一念だけが、彼女を机に向かわせる唯一の原動力だった。
月日は矢のように過ぎ去り、二人は十八の秋を迎えた。
受験当日。コタンの港はいつもと変わらぬ朝の喧騒に包まれていたが、丘の上のナザルの家の前だけは、張り詰めた緊張感で満たされていた。
「なぁ、ジジイ。本当にここで待ってていいのかよ?
普通、受験ってのは王都の会場にまで足を運ぶもんだろ」
シュドーは落ち着きなく自分の指を組み替え、不安げにナザルを見上げる。
出願書類の返信に記されていたのは、試験当日の時刻と「障害物のない開けた場所で待機せよ」という一文のみ。
「案ずるな。ステラ・マリスの試験官は、こちらから出向く手間を省いてくれるほどには『効率的』で傲慢なんじゃよ。……ほれ、噂をすればなんとやらじゃ。
やってきたぞ」
ナザルが顎で示した先、青い空の彼方から、二つの黒い点が急速に近づいてくるのが見えた。
それは、巨大な翼を広げた二羽の鳥だった。
しかし、その羽は日光を反射して金属的な鈍い光沢を放ち、生き物特有の羽ばたきの音もしない。
ドスン、という重厚な着地音と共に、二人の目の前に降り立ったのは、精巧に造り込まれた鳥型の魔導人形(ゴーレム)だった。
『受験番号2083番、シュドー・クラフト。
受験番号2084番、メルティ・アルフィリオですね?』
鳥の嘴が動くことなく、腹部のあたりから冷徹で無機質な合成音声が発せられる。
「わっ!? 鳥が、鳥が喋ったぁ!?」
驚愕のあまりシュドーの背中にしがみつくメルティに、ナザルが静かな声を飛ばす。
「落ち着け。それは試験監視役のゴーレムじゃ。
早く、質問に答えろ」
促されたシュドーは、ごくりと喉を鳴らし、一歩前に出た。
「あ、ああ。俺がシュドー・クラフトだ……です。よろしくお願いします」
「メ、メ、メルティ・アルフィリオですっ! お願いしますっ!」
二人が返答した瞬間、ゴーレムの水晶で出来た瞳から淡い青色の光が放射された。
光の幕は二人の身体を頭から爪先まで丁寧になぞり、情報を解析していく。
『……生体照合完了。本人確認。魔力残量、正常。
身体能力強化魔法による事前処置、並びに不当な魔力回復薬の反応も無し。
正式な受験資格保持者と認定します』
ゴーレムの声が、事務的に告げる。
『これより、実技試験を開始します。受験番号2083、ならびに2084。
互いに二十メートルの距離を取り、戦闘準備に入ってください』
二人は顔を見合わせ、言葉を交わさずとも心を通わせるように頷き合った。
数歩、また数歩と離れていく。
手に握られているのは、七年前にナザルから譲り受けた、継ぎ接ぎだらけの布が巻かれた練習用の杖だ。長年の鍛錬によって手垢で黒ずみ、あちこちに小さな傷がついているが、今の二人にとってはどんな高価な魔導具よりも手に馴染む、体の一部のような存在だった。
指定された位置に立つと、二人の周囲を囲むようにして、ゴーレムから発せられた不可視の障壁が展開された。
風の音も、遠くの波の音も遮断され、完全な静寂がシュドーの意識を研ぎ澄ませる。
(隔離用結界か…徹底してやがるな)
ゴーレムがその翼をわずかに動かすと、嘴から数個の小さな金属球が虚空に吐き出された。
それらは空中で魔力を吸い込み、瞬時に人の頭ほどの大きさに膨張。不規則な軌道を描きながら、シュドーとメルティの周囲を高速で浮遊し始めた。
『制限時間内に、出現した標的を可能な限り撃ち落としてください。
使用可能な魔法は基礎五種のみ。杖以外の魔道具、あるいは第三者による補助が確認された場合、その場で即刻失格と見なします。
……なお、試験中は緊急事態を除き、途中退場は認められません』
ゴーレムの瞳が赤く明滅する。
『それでは。試験開始五分前。カウントダウンを開始します』
シュドーは杖を構え、重心を落とした。
今はいつも傍にいた泣き虫な相棒も口やかましい偏屈爺も居ない。
完全な一人。喉が渇き、心臓の鼓動がうるさく感じる。
しかし目の中は静かな光を宿していた。
視界の端に映るメルティもまた、かつての弱々しさを脱ぎ捨て、一人の魔導士としての鋭い気迫をその身に纏っている。
「……やるぞ、メルティ。俺たちの七年分、王都の貴族様達に見せつけてやろうぜ」
その呟きは結界に遮られて届かなかったが、二人の闘志は、同じ空の下で静かに、そして激しく燃え上がっていた。
そして、試練の時が来る。
『――試験、開始』