12話:魔法大学受験④ 結果発表
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
試験が終わった日から、シュドーとメルティはまるで抜け殻のように日々を過ごしていた。ミーネに「いつまでスプーンと睨めっこしてるんだい」と呆れられるほどに。スープやパンの味も、どこかぼやけた感じに思える。試験という重圧と修行から解放された二人の生活は、まるで粘度の高い液体の中を泳いでいるかのように、奇妙な緩やかさを帯びていた。
本文
試験が終わった日から、シュドーとメルティはまるで抜け殻のように日々を過ごしていた。ミーネに「いつまでスプーンと睨めっこしてるんだい」と呆れられるほどに。
スープやパンの味も、どこかぼやけた感じに思える。
試験という重圧と修行から解放された二人の生活は、まるで粘度の高い液体の中を泳いでいるかのように、奇妙な緩やかさを帯びていた。
そして、あっという間に一週間が過ぎた。
空が燃えるような朱色に染まり、家々の影が長く伸び始めた黄昏時。
(試験官のゴーレムが言うには、今日の筈なんだけどな…)
自室のベッドで、何をするでもなく天井を見つめ、微睡みの淵を漂っていたシュドー。
コンコン、コンコン。
「!?」
突然、窓を突つく硬質な音の音が耳に届き、シュドーはばね仕掛けの様に体を起こした。
シュドーは心臓が跳ね上がるのを感じながら、弾かれたように窓辺へと駆け寄る。
窓枠の外には、夕闇を背負って一羽の鳥のゴーレムが滞空していた。試験の時の無機質な威厳をそのままに、それは嘴に重厚な装飾の施された封筒を咥えている。
シュドーが震える手で窓を開け、その封筒を受け取った瞬間、ゴーレムは一言の音声も発さず、風を切って茜色の空へと溶けるように消え去った。
ドタドタドタドタ!!
直後、外の廊下から大きな音が駆けあがってくる音と振動が響いて来る。
「シュ、シュシュ、シュドーッ!!」
荒々しくドアが蹴開けられ、メルティが部屋に転がり込んできた。
「き、き、き、きたよ! 僕のところにも、今、きたんだよっ!」
メルティの両手には、シュドーが持つものと瓜二つの、ステラ・マリスの紋章が刻印された封筒が握りしめられていた。
二人は言葉を失い、ただ床にへたり込むように座り込んだ。
目の前の板張りの床に並べられた二通の封筒。
この中に、7年の結果が刻まれている。
暫く二人はそれを睨んで黙り込んでいた。
膝の上に握られた手には汗がにじみ、心臓の音がうるさく響く。
シュドーはやがて意を決した様に大きく息を吐くと、床の封筒に手を掛けた。
「……開けるぞ、メルティ」
「う、うん……っ!」
シュドーは自分を鼓舞するように短く告げると、汗ばんだ指先で封筒の端を破った。
中から出てきたのは、羊皮紙のような厚手の紙が一枚。
期待と不安で破裂しそうな胸を抑えながら、シュドーはその紙を広げた。
しかし。
「……え?」
目に飛び込んできたのは、純白の余白だった。
文字一つ、記号一つ書かれていない。裏返しても、透かして見ても、そこには何も存在しない。
(何も……書いてない……。まさか、落選した奴には書く言葉すらないってことか……?)
視界が暗転し、血の気が引いていく感覚。
絶望に体が倒れかけたその瞬間、白紙の上が陽炎のように揺らぎ始めた。
じわり、とインクが紙の奥から滲み出るようにして、複雑な幾何学模様の魔法陣が縁取られていく。
そして、その中央に、力強く、流麗な筆致で文字が刻印された。
『合格通知書
シュドー・クラフト殿
貴殿のアステリスク王国立ステラ・マリス魔法大学への入学を許可する』
数秒間、シュドーの思考は完全に停止した。
網膜に焼き付いた「合格」の二文字が、脳内で反芻され、インクの匂いと硬い紙の感触だけがシュドーの意識を現実に繋ぎとめていた。
ふと横を見ると、メルティもまた、魂を抜かれたような顔で自分の紙を凝視していた。
「お、おい……メルティ……」
辛うじて出したシュドーの声は裏返り、震えていた。
「シュ、シュドー……これ、見て……」
メルティが震える手で差し出した紙にも、同様の黄金色の文字が踊っていた。
『合格通知書』
静まり返った部屋。外で鳴く虫の声すら消え去ったかのような、濃密な静寂。
「「う……受かったぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」」
爆発。
二人の叫びは屋根を突き破らんばかりに響き渡り、メルティが猛烈な勢いでシュドーに飛びついた。
「うわあああああん!! やったあああ!! シュドー、シュドー!! 僕たち、受かったんだよ! あんなに勉強して、あんなに魔法撃って……よかったぁぁ!!」
少女の身体に変わってからさらに増したその筋力で、メルティはシュドーを骨が鳴るほど抱きしめ、涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を彼の頬に擦り付ける。
「やめろ、暑苦しい! このデカブツ、離せっ!」
口では毒づきながらも、シュドーの口角はこれ以上ないほどに吊り上がり、その瞳には熱いものが溜まっていた。
「こら! あんた達、うるさいよ! 近所迷惑でしょ!」
血相を変えてミーネがドアを開けるが、歓喜の絶頂にいる二人には、母の小言など春風に等しかった。
「お、おい! ジジイに知らせに行くぞ! 真っ先にあのジジイの面を拝んでやらねぇと!」
「あ、う、うん! そうだね!お爺ちゃんに教えてあげないと!」
ミーネを軽やかに押し退け、二人は脱兎のごとく家を飛び出した。
「ちょ、ちょっと!? どこ行くんだい、もうすぐご飯だよー!?」
背後で響くミーネの声を置き去りにして、二人は夜の帳が下り始めた坂道を駆け上がる。
足取りは羽が生えたように軽く、肺に吸い込む空気は勝利の味がした。
丘の上の、見慣れたナザルの小屋。
いつもなら、この時間は窓から暖炉の柔らかな光が漏れているはずだった。
だが、今日の小屋は、吸い込まれるような闇に包まれている。
シュドーははやる気持ちを抑えきれず、扉を激しく叩いた。
「ジジイ!! おい、ジジイ! 起きてるか!? 合格したぞ、二人とも受かったんだよ!!」
「おじいちゃーん!!」
返事はない。
ただ、夜風が木々を揺らす音だけが返ってくる。
「ジジイ……?」
シュドーが不審に思いながらドアノブに手をかけると、鍵はかかっておらず、扉は吸い込まれるように音もなく開いた。
家の中は、不気味なほどに静まり返っていた。
使い込まれた家具が闇の中に沈み、いつも鼻をつく薬草の匂いすら、どこか希薄に感じられる。
「留守か……? おーい、ジジイ……?」
手探りで奥へと進み、寝室のドアをゆっくりと開く。
月明かりが差し込む窓辺。
消えかけた暖炉の中の炎の僅かな光と温もり。
それに照らされて、古びたベッドの上に、ナザルが横たわっていた。
毛布を胸までかけ、静かに目を閉じている。
その表情は、七年間の険しさが嘘だったかのように、驚くほど穏やかで、満ち足りたものだった。
「…………ジジイ?」
シュドーの呼びかけは、震え、闇の中に虚しく溶けていった。