18話:洗礼①
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
二人の眼前に現れたのは、雲を突くような尖塔が幾重にも重なり合う王都アステリスクの威容であった。港に降り立った瞬間、潮風の香りは消え失せ、代わりに石炭の煙と、多種多様なスパイス、そして何万人もの人々が発する熱気が混じり合った都会特有の匂いが鼻腔を突いた。「わあ……」
本文
二人の眼前に現れたのは、雲を突くような尖塔が幾重にも重なり合う王都アステリスクの威容であった。
港に降り立った瞬間、潮風の香りは消え失せ、代わりに石炭の煙と、多種多様なスパイス、そして何万人もの人々が発する熱気が混じり合った都会特有の匂いが鼻腔を突いた。
「わあ……」
「おお……」
二人は荷物を背負ったまま、呆然と立ち尽くした。
コタンのデコボコな石畳とは違い、王都の道は滑らかに磨き上げられ、等間隔に配置された魔導灯が昼間だというのに淡い光を放っている。
辺境の田舎町しか知らない二人にとって、別世界の光景に他ならなかった。
「っと、ボンヤリしてる暇は無えや。日が暮れる前に大学まで行くぞ」
「う、うん……そうだね」
都会の奔流に気圧されながらも、二人は地図を頼りに歩き出した。
道すがら、目に飛び込む店のガラス越しの商品の数も質も、一目見ただけでコタンの商店を遥かに上回る物ばかり。
行き交う人たちの服装も、野暮ったい様な服では無く洗練された上質な物が使われている事がお洒落に頓着のないシュドーの目にもわかった。
周囲を走る豪華な馬車の車輪の音、露店から響く威勢のいい呼び込みの声。
何もかもが刺激的であったが、同時にメルティは自分へと向けられる視線の鋭さに、無意識のうちに肩を窄めた。
彼女の百八十センチという長身は、人混みの中でも嫌応なしに目立つ。その上、銀髪の間から突き出た羊の角は、均質化された王都の民にとって異質な存在として映った。
「見て、あれ半獣人じゃない?」「こんなところで珍しいわね……」
向けられる好奇と、それ以上に隠そうともしない忌避の入り混じった囁き。メルティは俯き、自分の銀髪で角を隠すように歩調を速める。
「メルティ、あんまり周りを見るな。何も悪い事してねぇんだ、堂々としてろ。
行くぞ」
シュドーは振り返ることなくそう告げると、メルティの冷たくなった手を強く握りしめた。
節くれだった、自分よりもずっと小さな手。
けれど、そこから伝わる確かな体温と力強さが、メルティの凍りつきかけた心を瞬時に解きほぐしていった。
「あ……うん、ありがとう、シュドー!」
やがて二人の前に、天を指差す大時計の塔を冠した、ステラ・マリス魔法大学の正門が姿を現した。
「でか……」
シュドーが溜息を漏らす。
重厚な黒鉄製の門には、かつて数多の英雄を輩出した証である「明けの明星」の紋章が黄金に輝いている。門の両脇には意志を持つ魔法生物であるガーゴイルの石像が並び、その冷徹な眼球が、訪れる者の魔力の質を品定めするように動いていた。
「ここが……魔法大学か……。本当に、ここまで来たんだな」
「うん……おじいちゃんの言ってた場所だね。僕たち、本当に……」
感傷を振り払うように、二人はその神聖な門をくぐり抜けた。
広大な敷地内には、白亜の校舎や植物が繁茂する温室、さらには爆発音の響く演習場など、コタンの全面積をも凌駕する施設が点在していた。
「えっと……入寮手続きをするには、まずは事務局の方か。場所は……」
シュドーが案内図に目を落とし、ぶつぶつと独り言を漏らす。その傍らで、メルティは初めて目にする噴水や、浮遊しながら書類を運ぶゴーレムの姿に目を奪われ、キョロキョロと首を回していた。
それがいけなかった。
どんっ!
「ぐあっ!」
不意に、曲がり角から現れた人物と肩がぶつかった。メルティは咄嗟に身を引いたが、彼女の恵まれた体格は、相手を軽く跳ね飛ばすには十分すぎた。
突き飛ばされたのは、絹のような光沢を持つ高価なローブと香水の香りを纏った、金髪の釣り目の青年だった。
「わわ、ご、ごめんなさい! ぼーっとしてて……!」
慌てて手を差し伸べるメルティを、青年は払いのけるようにして立ち上がった。
傍らには、同様に豪奢な身なりをした取り巻きの少年たちが二人、憤慨した様子で控えている。
「気をつけろ! お陰で降ろし立ての特注ローブが汚れただろうが!!
全く、今日の為に父様に頼んで作ってもらったものなのに…」
青年は土埃を払いながらメルティを睨みつけた。しかし、その目がメルティの古ぼけた旅装束を捉えた瞬間、怒りはどす黒い侮蔑へと変質した。
「その野暮ったい服、安物の革靴……。ふん、貴様、平民だな?
平民がどうしてこの門の中にいる。
ここは貴様のような卑しい身分が足を踏み入れていい場所ではないんだぞ」
「コリン様、ご存じないのですか? 今年から大学の入学条項から出自条件が撤廃されたのです。平民でも、魔力さえあれば受け入れるようになったのですよ」
取り巻きの一人が、嘲笑を隠しもせずに補足する。
コリンと呼ばれた青年は、これ見よがしに顔を顰めた。
「伝統あるステラ・マリスに、泥にまみれた平民の血を入れる…?
全く、魔導連盟も一体何を考えているんだ。これじゃ大学の格も、我ら貴族の品位も地に落ちたも同然じゃないか」
更にコリンはメルティの頭上の角と獣の耳に気付くと、まるで害虫を観察するかのような冷徹な視線で舐め回した。
「……しかもよく見れば、半獣人のなり損ないか。ここは動物園でも牧場でもない。我らのような由緒正しき血統を継ぎ、魔術の叡智を研鑽する高貴な者たちの学舎だ。お前のような『家畜』が並んで歩いていい場所じゃないんだよ。
ここは我々『人間』の場所なんだ。
エサの野草が欲しいなら、さっさと山にでも帰りたまえ」
周囲の取り巻きたちが下卑た笑い声を上げ、メルティの大きな瞳にみるみるうちに涙が溜まっていく。彼女の身体は怒りよりも悲しみと恐怖で小刻みに震えていた。
「いい加減にしとけよ、お坊ちゃん」
低く、静かだが、鋼のように鋭い声が割って入った。
シュドーが、メルティを守るように彼女の前に立ちはだかる。
「体が当たったことに怒るならまだしもよぉ、それ以上は言う必要ねぇだろうが。
『貴族の品位』が地に落ちたってのは同感だ。――服の汚れ一つで、他人の血筋や種族まで家畜呼ばわりしなきゃ自尊心も保てねぇ、てめーみたいなのがのさばってんだからな」
「…なんだと?」
思わぬ反撃にコリンの頬が引きつる。
シュドーの黒い瞳が、不遜な輝きを宿してコリンを射抜く。
彼の手は既に、腰に刺さった黒い杖に添えられていた。