泊まらせたい!
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
大学2年生の橘ひなたは、ごく普通の女子大生。ある日、学校一のイケメンと噂される林武蓮と同じゼミになったことで、自然と彼を意識するようになる。 しかし蓮は恋愛に全く興味がなく、女の子から告白されても断り続けるクールな男。ひなたが話しかけても素っ気ない態度ばかり。 それでも一緒にいる時間が増えるうちに、ひなたは彼の不器用な優しさに少しずつ惹かれていく。 恋愛に無関心なイケメンが、初めて「恋の病」にかかるまでのドキドキラブコメ!
本文
ケーキを食べ終えた頃、時計は夜の九時を過ぎていた。
二人でテーブルを片付けながら、ひなたはふと窓の外を見た。外は真っ暗で、風が強くなっている様子だった。木の枝が揺れているのが見えた。
「今日、風強いね」
「……そうだな」
林武がコートを手に取り始めた。帰る気だ、とひなたは察した。
時計をもう一度見た。九時過ぎ。そこまで遅い時間ではないけれど、外の寒さを思うと、なんとなく引き止めたくなった。
——いや、違う。引き止めたいのは、寒いからじゃない。
ひなたは少し迷ってから、口を開いた。
「泊まっていけば?」
林武がコートを羽織る手を止めた。こちらを見た。
「……は」
「寒いし、遅いし。泊まってけばいいじゃん。布団もあるから」
林武はしばらくひなたの顔を見ていた。何を考えているのか、いつも通り表情からは読めなかった。
「……帰る」
「えー、なんで」
「帰る」
二度目は、もっとはっきりしていた。それ以上の説明はなかった。ただ、帰る、の一言だけだった。
ひなたは少し拍子抜けした。もう少し迷うかと思っていたのに、即答に近かった。
「そんなにきっぱり言わなくても」
「……きっぱり言わないと、お前が引き下がらないだろ」
「……それはそうかもしれないけど」
図星だったので、ひなたは何も言えなかった。確かに、曖昧な返事をされたら、もう一押しするつもりだった。
林武はコートのボタンを留めながら、ひなたを見た。
「今日は、楽しかった」
その言葉が、思いがけず素直だったので、ひなたは少し驚いた。林武の口から「楽しかった」という言葉が出てくるのは、珍しかった。
「……そう」
「ケーキも、美味かった」
「……お粗末様でした」
なんだか照れくさくて、ひなたはそっけない返し方をしてしまった。林武は小さく頷いて、玄関へ向かった。
「気をつけてね」
「……ああ」
「本当に寒いから、早く帰って」
「……わかった」
ドアが閉まった。
ひなたはしばらくドアの前に立ったまま、動けなかった。
泊まっていけばと言ったのは、半分は本気で、半分は勢いだった。断られるとは思っていなかったわけではない。でも、いざ断られると、なんだか部屋が急に静かになった気がした。
さっきまで林武がいた場所を見ると、テーブルの上にフォークが二本並んだままだった。ケーキの箱も、まだそこにある。
楽しかった、か。
林武が言った言葉を、ひなたはもう一度頭の中で繰り返した。あの素っ気ない人が、楽しかったと言った。それだけで、断られた寂しさが少し和らいだ。
ひなたはソファに座って、スマートフォんを手に取った。林武からのメッセージはまだなかった。当たり前だ、さっき帰ったばかりなのだから。
しばらくして、画面が光った。
『……着いた』
それだけだった。でも、ひなたは思わず笑った。
『早かったね。おつかれ』
『……今日は、ありがとう』
ひなたはその文字を見て、スマートフォンを胸に当てた。
泊まっていってほしかったのは本当だ。でも、帰り道に無事を知らせてくれる人が、今ここにいる。それだけで、今夜のクリスマスは十分すぎるくらいだった。
『また来年もどっか行こうね』
少しの間があって、返信が来た。
『……ああ』
ひなたはその一言を見て、もう一度小さく笑った。来年も、一緒にいる気でいる。それが当たり前みたいに。
……好きだな、ほんとに。
心の中でそっとつぶやいて、ひなたはスマートフォンを置いた。部屋の窓の外では、まだ風が吹いていた。
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