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十九の名前

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/7/28 📚 シリーズ: ブリムストーンと、執事の少女。 📝 1,864文字 ✅ 全年齢

あらすじ

ブリムストーンと、執事の少女。 - 十九の名前

本文

そして黒衣は、帳場への廊下に向き直った。

「ご主人様。最奥の障壁式ですが」

『ん』

「解析、完了しております。……三日前から、ずっと」

『だろうな』

「驚いてくださっても、よろしいのですよ」

『三日前から驚いてるよ。ずっとな』

 面の奥で、笑った気配がした。

『管制、頼む』

「はい。――良い狩りを」

 障壁が、少女の術式で内側から裏返る。

 帳場の扉が、開いた。

 葉巻の煙。散らばる金貨。帳簿の山。そして肥えた男が、二人の魔導士に守られて、悠々とワインを傾けていた。『快楽の』ドミニク。十九人の子供を「仕入れ」、番号を振った男である。

「……あん? 誰だ、てめ――」

 護衛の魔導士が杖を上げた。詠唱は、始まりすらしなかった。天井から落ちた不可視の刃が一人目の肩口を縫い、振り向いた二人目の膝をワイヤーが刈る。骨と腱の断たれる湿った音がして、二つの体が金貨の海へ沈んだ。二秒。それで帳場に立っている者は、黒衣の男ただ一人となる。

「ひ……ひぃっ……!?」

 ドミニクが椅子ごと後ずさった。

『ドミニク』

 主が、一歩、進む。

『ネリ。十二歳。ハンナ。九歳。ルカ。六歳。ミオ。八歳。ヨエル。十歳。ターラ。七歳。ピノ。六歳――』

「な、なんだぁ? なんの呪文だそりゃあ!?」

 呪文。

 この外道は、それを呪文と呼んだ。

 ――呪文、ときたか。

 面の下で、ヴィンセントの胸の底が、静かに、冷たく凍った。名前を呪文としか聞けない耳。この男の世界には、はじめから名前などというものが存在しないのだ。

 存在しないから、奪った自覚もない。奪った自覚がないから、詫びる余地もない。ならば、こちらにも、手心を加える余地はない。

『お前が売った子供の、名前だ』

「は……はァ!? し、知るかよそんなもん! 商品に名前なんかつけねえだろうが!!」

「て、てめえ、何者だ!? どこの組の差し金だ!? 金か!? 女か!? 言い値で払うぞ!?」

『ブリムストーン』

「……ひ……っ」

『それだけ知っていれば、地獄の門番に伝えられる』

「ま、待て、待て待て待て!! なあ、商売だろ、これは、ただの商売で――」

『ネリ。十二歳』

 主は、繰り返した。

『商売なら、なぜ舌を抜くと脅した。……なぜ、あの子の水を減らした』

「し、知らねえ! 現場のことは見張りが――」

『帳簿には、お前の字で書いてある。「四十一番、減水三日、躾」……とな』

「…………ッ」

『躾、か。名前をつけないものに、躾だけはするんだな』

 ワイヤーが、鳴った。

 クロエは水晶球から、目を逸らさなかった。

 裁きの間、管制卓の自分にできることは、それだけだから。この人がひとりで背負う夜を、せめて、ひとりにしないことだけだから。画面の中で、天火が一人ぶんずつ、名を取り戻していく。番号に書き換えられた七人と、ここにいない十二人の名を。

 ――やがて、帳場は静かになった。

『……回収班に繋げ。子供たちの保護を最優先。それから帳簿だ。取引相手の台帳ごと、押さえる』

「手配済みです。……お疲れさまでした、ご主人様」

『ん』

 短い返事のあと、通信の向こうで、主が小さく息を吐くのが聞こえた。

 十九の名前ぶんの、長い長い息だった。そのうち八つが、二度と朝を食えぬ名であることを、この男は、たった今、また一人で数えなおしたのである。

 クロエは、聞こえないふりをして、次の指示のために、そっと回線を繋ぎ替えた。

 子供たちの「迎え」は、手筈どおりに来た。

 アシュレイ・カンパニー傘下の救済院の馬車だ。表向きは、匿名の篤志家の施設ということになっていた。院長は口の堅い、腕のいい元治癒師で、その給金は主のポケットマネーから出ている。

 もちろん、世間は誰ひとり知らない。知らないように、この男が二十年、手を尽くしてきたからだ。

 クロエは物陰から、子供たちが毛布にくるまれて運ばれていくのを見届けた。

「さ、あったかい馬車よ。スープもあるからね」

「……姉ちゃん、先、乗りな。ちっこいのから」

「あんたが一番ぼろぼろじゃないの」

「平気。あたしは、頑丈だから」

 その、最後の一人。赤毛のネリが、馬車に乗る寸前で足を止め、倉庫の屋根を振り仰いだ。

 そこに、黒衣の影があった。

 雨の中、様子を見届けに残っていた主が、一瞬だけ、霧の切れ間に晒される。

「ひっ――」

 ネリの顔が、恐怖に強張った。

 三分間、目と耳を塞いでいても、幼い勘は察してしまったのだろう。帳場から戻らなかった男たちのことも。この黒ずくめが「何を」する者なのかも。

「く、来るな……化け物ぉ……っ!!」

 あれだけ見張りを睨みつけた気丈な子が、腰を抜かし、泣きながら後ずさる。院長が慌てて抱き上げ、馬車の中へと運び込んだ。

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作者について

カクナ・ノゾム

カクナ・ノゾム

カクナノゾムと申します。 趣味の小説を細々と書いてます。 面白いことは間違いないので是非是非ご一読くださいませ。

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