第4話 初迷宮と罠

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/7/14 📚 シリーズ: 『坊っちゃん』を読んだAIがテンプレダンジョン攻略を書いたら 📝 2,788文字 ✅ 全年齢

あらすじ

<p> 迷宮の入口は、街の北側にあった。</p><p> 巨大な穴だ。</p><p> 地面に空いた穴というより、地下へ向かって口を開けた城門である。周囲には石造りの門柱が立ち、古い文字がびっしり刻まれていた。読めない。だが、読めなくても分かる。たぶん「入るなら勝手に入れ、死んでも知らない」といった意味だ。</p>

本文

 迷宮の入口は、街の北側にあった。

 巨大な穴だ。

 地面に空いた穴というより、地下へ向かって口を開けた城門である。周囲には石造りの門柱が立ち、古い文字がびっしり刻まれていた。読めない。だが、読めなくても分かる。たぶん「入るなら勝手に入れ、死んでも知らない」といった意味だ。

 黒い階段が下へ下へと続き、奥から冷たい風が吹いてくる。風には土と水と錆びた鉄の匂いが混ざっていた。

 わたしは短剣の柄を握った。

 刃こぼれしている。柄の革も古い。だが手には馴染む。マーサがこっそり鍛冶屋に頼んで、わたし用に直してくれたものだ。

「怖いか、お嬢ちゃん」

 ガントが言った。

「ルカだ」

「はいはい。怖いか、ルカちゃん」

「その呼び方はもっと悪い」

「ははっ」

 ガントの仲間たちも笑った。

 その笑いは、肉を分け合う時の笑いではない。相手を小さくして、自分たちを大きく見せる笑いだ。屋敷にもよくあった。わたしの食べ方、歩き方、言葉遣い。何でも笑いの材料にされた。だが屋敷の者たちは、笑うだけだった。

 ガントたちは違う。

 こいつらは、笑いながら背中を押す種類だ。

 階段を下りる。

 一階層は、思ったより明るかった。壁に青白い苔が生えていて、通路をぼんやり照らしている。石畳は湿っているが、歩けないほどではない。遠くで水音がした。時々、何か小さなものが壁の隙間を走る。

 足音が反響する。

 自分の息が大きく聞こえる。

 地上の喧噪が階段の上へ消えると、急に世界が狭くなった。前には通路、後ろにはガントたち。左右は石壁。逃げ場は少ない。だが、わたしは嫌いではなかった。屋敷の廊下より、こちらの方が正直だ。ここでは危ないものが、ちゃんと危ない顔をしている。

 ガントたちは慣れた様子で進んだ。

 約束通り、わたしが前を歩かされる。新人の経験になるだとか、前衛の適性を見るだとか、ガントはもっともらしいことを言っていた。だが後ろから聞こえる小声は、もっと素直だった。

「次の角だ」

「あそこに巣があったな」

「突っ込ませろ」

 聞こえていないと思っているらしい。人をだますなら、せめてもう少し小さい声でやるべきだ。

 角を曲がる直前、床の色が少し違うのに気づいた。

 石板の隙間に、細い糸が張ってある。湿った空気の中で、その糸だけが妙に乾いて見えた。奥からは獣の匂い。腐った布と古い血の匂いも混じっている。

 罠と魔物。

 よろしい。

 授業料としては上等だ。

「おい、どうした。早く行けよ」

 ガントが背中を押した。

 押したな。

 その一瞬で、わたしの中の何かが静かになった。怒りはある。だが、怒りで目が曇るほどではない。むしろ頭の奥が冷える。相手が曲がったことをするなら、こちらはまっすぐ返すだけだ。

 わたしは一歩踏み出すと見せかけて、横に跳んだ。同時に、ガントの腕を掴んで前へ引いた。

「なっ」

 ガントが糸を切った。

 天井から鉄の槍が落ちてきた。ガントは悲鳴を上げて転がり、槍は肩をかすめて床に突き刺さった。硬い音が通路に響く。

 その音に反応して、通路の奥から緑色の小鬼が五匹飛び出してきた。

 ゴブリンというやつだろう。

 小さい。臭い。歯が汚い。手には錆びた刃物を持っている。こちらを見るなり、ぎゃあぎゃあと騒ぎ出した。わたしには言葉が分からない。だが「食える」「奪える」「弱そう」と言っている顔は分かる。

「てめえ!」

 ガントが叫ぶ。

「罠を踏みたかったんだろう。踏ませてやった」

「殺すぞ!」

「順番を待て」

 最初のゴブリンが跳びかかってきた。

 わたしは短剣を抜き、そいつの刃物を弾いた。軽い。次に腹を蹴る。ゴブリンは壁にぶつかって落ちた。

 二匹目が足元を狙う。わたしは踏み込んで、柄頭で頭を打った。三匹目の棍棒が肩に当たる。痛い。痛いが、腹が立つほどではない。屋敷の訓練場で兄の取り巻きに木剣で打たれた時の方が、よほど陰湿で痛かった。

 わたしはそいつの耳を掴んで引き寄せ、膝を入れた。

 骨が嫌な音を立てる。

 奥で四匹目と五匹目が怯んだ。

「来い」

 わたしは言った。

「正面から来るなら相手をしてやる」

 言葉が通じたかどうかは知らない。だが、こちらの顔色は分かったらしい。二匹は逃げようとした。

 後ろでガントの仲間が叫んだ。

「逃がすな! 魔石が!」

 急に元気になったものだ。

 わたしは床に落ちていた棍棒を蹴り上げ、逃げる一匹の背に当てた。もう一匹には短剣の柄を投げる。見事に後頭部へ当たって転んだ。刃を投げるほど馬鹿ではない。短剣は二本しかないのだ。

 通路が静かになった。

 わたしは息を吐いた。肩が熱い。腕も痛い。膝に汚れがついている。だが、体は軽い。さっきまでの空腹も、腹の底で燃えているように感じる。

 怖くなかった、と言えば嘘になる。

 槍が落ちた音も、ゴブリンの歯も、肩に当たった棍棒の重さも、全部体に残っている。けれど不思議なことに、震えは来なかった。屋敷で笑われていた時の方が、よほど手が冷えた。

 ここでは、敵が前にいる。

 前にいるなら、殴れる。

 それだけで、ずいぶん公平に思えた。

 ガントたちは呆然としていた。

「新人じゃ、ねえのか」

「今日登録した」

「何で戦える」

「知らない。昔から喧嘩は多かった」

「喧嘩でゴブリン五匹は倒さねえよ」

「では、いい経験になった」

 わたしはゴブリンの胸から小さな石を取り出した。魔石だ。青黒く濁っているが、これが金になるらしい。血で滑るので、布で拭く。ガントたちはまだ動かない。

「分け前は等分だったな」

 ガントが顔を歪めた。

「何言ってやがる。お前が勝手に罠を」

「お前が押した」

「あれは」

「押した」

 わたしはガントの前にしゃがんだ。肩から血が出ている。死ぬほどではない。死なれても困る。証言してもらわなければならない。

「ガント」

「何だよ」

「わたしは曲がったことが嫌いだ」

「知るか」

「今知れ」

 ガントは黙った。

「分け前は等分。罠に押したことはギルドで話す。もし途中でわたしを後ろから斬るなら、次は肩では済まない」

「脅しか」

「忠告だ。脅しはもっと短い」

 わたしは立ち上がった。

 通路の奥から、まだ冷たい風が吹いてくる。

 迷宮は怖い場所だ。

 だが、怖いだけではない。ここでは力を出せば、力として返ってくる。卑怯者を見つければ、卑怯者として扱える。屋敷のように、血筋や礼儀の布で包まれていない。

 わたしは短剣を拾い直し、ガントたちを振り返った。

「進むぞ」

「はあ?」

「帰るにしても、まず魔石を回収する。金がいる」

「お前、何なんだよ」

「ルカだ。さっき言った」

 ガントは、もう笑わなかった。

 それでいい。

 名前は、笑うためではなく呼ぶためにある。

 わたしは魔石を革袋に入れ、通路の奥へ目を向けた。まだ一階層の入口にすぎない。けれど、胸の中で何かがはっきり音を立てた。ここなら、わたしはわたしのまま進める。そう思えるだけで、足は前へ出た。

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