第6話 ミリアを背負う

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/7/14 📚 シリーズ: 『坊っちゃん』を読んだAIがテンプレダンジョン攻略を書いたら 📝 2,836文字 ✅ 全年齢

あらすじ

<p> 怪我人を背負って迷宮を歩くのは、思ったより骨が折れる。</p><p> 骨が折れるというのは物の例えであって、本当に折れたら困る。わたしの骨ならまだいいが、背中のミリアの骨が折れたら、回復術師を助けたのか壊したのか分からなくなる。</p><p> ミリアは軽かった。</p>

本文

 怪我人を背負って迷宮を歩くのは、思ったより骨が折れる。

 骨が折れるというのは物の例えであって、本当に折れたら困る。わたしの骨ならまだいいが、背中のミリアの骨が折れたら、回復術師を助けたのか壊したのか分からなくなる。

 ミリアは軽かった。

 軽すぎると言ってもいい。背負ったとき、わたしは少し驚いた。人間というより、洗濯物を一山かついだような重さだった。白い服の下の肩は細く、腕も頼りない。こんな娘を迷宮へ連れて来る者の気が知れない。もっとも、気が知れない人間など世の中にはいくらでもいる。父の親戚だけでも十人はいた。

 背中のミリアは、最初ほとんど体重を預けなかった。

 遠慮しているのだろう。だが、遠慮というものは時と場合を選ばないと、かえって相手の手間を増やす。背負われているのに浮いていようとする人間は、荷物としてはたいへん扱いづらい。

「すみません、重くありませんか」

 背中でミリアが小さく言った。

「重くない」

「でも」

「串肉二本分くらいだ」

「それは、人として大丈夫なのでしょうか」

「大丈夫ではない。帰ったら飯を食え」

 ミリアは黙った。

 少し言いすぎたかと思ったが、謝るほどでもない。飯を食えという言葉は、たいていの場合、正しい。正しすぎて腹が立つこともあるが、腹が立つのは空腹だからである。

 ミリアの息は浅かった。

 痛いのか、怖いのか、両方か。たぶん両方だ。迷宮の通路は冷たく、青白い苔が壁を照らしている。足元にはゴブリンの血と、罠で削れた石屑が落ちている。こんな場所で平気な顔をしていられる方がおかしい。

「痛いなら言え」

「大丈夫です」

「大丈夫ではないだろう」

「……慣れています」

 その言い方が気に入らなかった。

 慣れている、という言葉は便利だ。痛みに慣れている。空腹に慣れている。寒さに慣れている。馬鹿にされるのに慣れている。言えばそれで話が終わる。だが、終わらせていい話ばかりではない。

「慣れていても痛いものは痛い」

「そう、ですね」

 ミリアは少しだけ腕に力を込めた。

 後ろではガントたちが、ずるずるとついて来ていた。

 ガントは肩から血を流している。わたしがやったわけではない。罠がやった。罠を踏んだのはガントである。踏ませたのは、まあ、わたしである。しかし最初に押したのはガントだ。世の中、順番というものは大事である。

「おい、ルカ」

 ガントが低い声で言った。

「何だ」

「その女を背負って帰る気か」

「見れば分かる」

「置いていけ。治癒師なら自分で治せるだろ」

「杖が折れてる」

「なら役立たずだ」

 わたしは足を止めた。

 迷宮の通路は狭い。石壁には青白い苔が光り、足元にはさっきの小鬼どもの足跡が濡れた泥に残っている。奥から風が吹いた。冷たい風だ。だが、腹の中は熱くなった。

「もう一度言ってみろ」

 ガントは口をつぐんだ。

 学習が早い。さっきから何度も感心している。

「役に立つから連れて行くんじゃない。置いていくと寝覚めが悪いから連れて行くんだ」

「迷宮で甘いこと言ってると死ぬぞ」

「卑怯なことをしても死にかけている奴が言うと、なかなか味があるな」

 ガントは歯を食いしばった。左右の二人は目をそらした。よろしい。目をそらすくらいの良心があるなら、まだ壁の苔よりは人間に近い。

 背中のミリアが、小さく言った。

「私、役に立てます」

「今は黙って背負われていろ」

「でも」

「役に立つかどうかは、地上に戻ってから考えればいい。今は生きて帰る」

 ミリアはまた黙った。

 その沈黙は、さっきより少し違った。叱られて縮んだ沈黙ではない。何かを胸の中で持ち直すような沈黙だった。

 わたしは歩き出した。

 背中に人を負っていると、足音が変わる。自分だけなら飛び越える石も、一歩置いて越える。自分だけなら踏む浅い水たまりも、避ける。自分だけなら腹立ちまぎれに蹴る小石も、蹴らない。背中の怪我人に揺れが伝わるからだ。

 面倒である。

 面倒だが、悪くない。

 ミリアが折れた杖を胸に抱えているせいで、時々その硬い先がわたしの肩に当たった。痛くはない。だが、折れた杖というものは見ていて気分が悪い。道具が折れていると、持ち主まで折れたように扱われることがある。わたしはそれが嫌いだ。

「その杖は捨てるな」

「え?」

「地上で直せるかもしれない」

「古いものですし、たぶん」

「たぶんで捨てるな」

 ミリアは小さく「はい」と言った。

 折れたものでも、すぐ捨てる必要はない。直るものもある。直らなくても、次に何を買えばいいか教えてくれることはある。

 ガントたちは後ろでぶつぶつ言っていた。

「お人好しが」

「あんなの連れてたら魔物に追いつかれる」

「先に行っちまうか」

 全部聞こえている。

 聞こえているが、振り返ると背中のミリアが揺れる。だから振り返らなかった。振り返らずに言った。

「先に行けばいい」

 足音が止まった。

「ただし、次の角に罠があっても知らない。ゴブリンの巣があっても知らない。お前らがまた誰かを押しても、その誰かはもういない」

 後ろが静かになった。

 よろしい。

 脅しではない。忠告である。脅しはもっと短い。もっとも、ガントたちには区別がついていないかもしれない。区別がつかなくても、黙れば十分だ。

 ミリアが背中で小さく息を吐いた。

「すみません」

「何が」

「私のせいで、遅くなって」

「お前のせいではない。お前を置いていった奴らのせいだ」

「でも、私がもっと強ければ」

「強ければ、置いていかれなかったか」

「……分かりません」

「なら今は考えるな」

 ミリアはまた黙った。

 考えるなと言われて考えないでいられる人間は少ない。わたしもそうだ。考えるなと言われると、たいてい考える。だが、考えすぎると足が止まる。迷宮で足が止まるのはよくない。

「強くなりたいなら、地上で飯を食ってから考えろ」

「また飯ですか」

「飯は土台だ」

「土台」

「土台がない家は倒れる」

「ルカさんは、時々まともなことを言いますね」

「時々とは何だ」

 背中で、ミリアがかすかに笑った。

 よし。

 笑う力があるなら、まだ大丈夫だ。

 たぶん、誰かを背負うというのは、こういうことなのだろう。自分の歩幅が少し変わる。歩幅が変わると、見えるものも少し変わる。

 壁の苔が、さっきより青く見えた。

 途中、細い横穴から冷たい風が吹いた。

 ミリアがわずかに震える。外套は彼女の肩にあるが、布一枚で迷宮の冷気が全部防げるわけではない。わたしは少しだけ歩く速度を上げた。

「揺れます」

「寒いよりましだ」

「はい」

 素直な返事だった。

 背中の体温が、さっきより近い。最初は遠慮して浮いていたミリアが、今はきちんと掴まっている。人に頼るのが下手な者が、少し頼る。それは大したことではないようで、たぶん大したことだ。

 わたしはそれを、落とさないように歩いた。

 出口はまだ遠い。

 腹は減っている。

 だが、帰って飯を食わせる相手が一人増えた。

 それは、迷宮で拾ったものとしては、魔石より面倒で、たぶん魔石より値打ちがある。

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