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第四十話:鏡越しに呼ぶ死者

小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品

📅 公開日: 2026/7/17 📚 シリーズ: 継承される百の違和感 ~お前に渡す百物語~ 📝 2,296文字 ✅ 全年齢

あらすじ

日常に潜む小さな違和感を記録し続けると、100個集めたとき、何かが起きるらしい。 逆行する時計、誰もいない部屋の足音、鏡の中の自分…… でも、最後に待っているのは「終わり」ではなく、君へのバトンだ。 7人の語り部が紡ぐ、永遠に終わらない百物語。 次はお前が観測者になるのか?

本文

これは私が記録した、四十本目の違和感である。

四十本目は、病院から、来た。

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新しい語り手と会う約束を、していた。

人づてに連絡が来ていた。

「私は、死んだ人の言葉を記録している。あなたと同じように」

その一文だけだった。

名前は、なかった。

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夜、その人は、来た。

立花由香と名乗った。

総合病院で、夜勤の看護師をしていると言った。

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「患者さんの、最期の言葉を、記録しているんです」

由香は、そう言った。

声は、穏やかだった。

ただ、目のまわりに、疲れがあった。

深い場所にある疲れで、一晩や二晩の休みでは、消えないものだと、思った。

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「どのくらいの期間、記録しているんですか」

私が訊くと、由香は少し、考えた。

「十年、になります」

「最初に記録したのは」

「夫です」

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夫は、十年前に、病院で死んだ。

由香が勤める病院の、病棟で。

死の直前、夫は目を開いた。

由香の顔を見て、言った。

「由香ゆか。見える。全部、見える。

 過去も、未来も、全部——」

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それきり、夫の言葉は、途切れた。

「全部、見える」

夫は何を見たのか。

由香は今も、知らない。

その言葉が、由香を、病院に、縛り付けている。

「夫が見たものを、知りたくて」

由香は、言った。

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それから、私は、由香が語る話を、聞いた。

夜勤中に起きた、違和感の話を。

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三年前の、深夜だったと、由香は言った。

内科病棟ないかびょうとうの廊下を、点検で歩いていた。

四〇四号室の前に、来たとき。

由香は、立ち止まった。

「ドアが、少し、開いていたんです」

四〇四号室は、その夜、空き部屋だった。

午前中に患者が退院して、まだ次の患者が入っていなかった。

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「気になって、中を確認しました」

由香は、ドアを開けた。

消灯された部屋の中。

カーテンの隙間から、廊下の光が、少し入っていた。

「壁の鏡に、自分が映るのが、見えました」

四〇四号室の洗面台の横に、縦長の鏡がある。

夜の病室の薄暗がりの中に、白衣の自分が、映っていた。

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そこで。

「自分の輪郭の、隣に、もう一つ、輪郭が、見えました」

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由香は、動かなかった。

目を、細めた。

輪郭は、消えなかった。

自分の隣に、人の形が、ある。

ただし、鏡の中にだけ。

部屋の中には、由香しか、いなかった。

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由香は、鏡に、近づいた。

近づくにつれて、輪郭が、はっきりした。

男の輪郭だった。

背の高い、男。

由香より、頭一つ分、高い。

面長で、肩幅が、広い。

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「夫でした」

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鏡の中の夫は、由香を見ていた。

口が、動いた。

声は、聞こえなかった。

ただ、口の動きが、分かった。

由香の名前を、呼んでいた。

「由香ゆか」と。

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「どのくらい、鏡の前に、いたんですか」

私が訊いた。

「分かりません」

由香は、答えた。

「気づいたら、廊下に戻っていました。

 腕時計を見たら、点検開始から四十分、経っていました。

 そこに立っていた時間は、長くても五分のはずで」

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由香は、次の夜も、四〇四号室に、行った。

夫は、いた。

また、口が、動いた。

「由香。此方こちらに来い」

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今度は、声が、聞こえた。

微かだったが、確かに聞こえた。

夫の声だった。

「夫の声を、十年ぶりに、聞きました」

由香の声が、かすかに、揺れた。

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「怖くは、なかったんですか」

「怖かったです」

由香は、はっきり、答えた。

「でも、もっと、怖いことが、ありました」

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夫の目が、泣いていた。

「来い」と言いながら、泣いていた。

誘っているのか。

それとも、何かを、恐れているのか。

「あの目は、手招きじゃ、なかったです」

由香は言った。

「助けを、求めているみたいでした」

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「その後、どうしたんですか」

「また、行きました」

「何度も?」

「今も、行っています」

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四〇四号室に、患者が入っている夜は、夫は来ない。

空き部屋になると、来る。

「鏡を、別の部屋に運んでもらったことがあります」

「どうなりましたか」

「夫は来ませんでした。

 四〇四号室に戻したら、また、来ました」

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「夫は最期に『全部見える』と言いました」

由香は、言った。

「あの鏡の中の夫も、何か、見えているんだと思います。

 私に、来いと言いながら。

 泣きながら。

 それが——何なのか」

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由香は、そこで、言葉を止めた。

「分からない、んです。今も」

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私は、四十本目の蝋燭に、火をつけた。

炎が、一瞬、右に、揺れた。

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由香が帰った後、私は、記録を書いた。

書き終えて、ペンを置いた。

夫の最期の言葉が、頭の中で、繰り返された。

「全部、見える。過去も、未来も、全部——」

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この百物語の、全てが、見えているとしたら。

過去の話も。

これから語られる話も。

全部。

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次に現れる語り部は、何を見ているのか。

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残り、六十本。

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作者について

闇工房

闇工房

"正常"と"異常"の境界を、一話ずつ削り取る。 心理ホラー小説・TRPGシナリオを制作するソロクリエイター。 代表作は連作怪談「継承される百の違和感」—— 読み進めるうちに、あなたの"普通"...

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