影に潜む
小説投稿サイト「あいぺん」に投稿された作品
あらすじ
大学2年生の橘ひなたは、ごく普通の女子大生。ある日、学校一のイケメンと噂される林武蓮と同じゼミになったことで、自然と彼を意識するようになる。 しかし蓮は恋愛に全く興味がなく、女の子から告白されても断り続けるクールな男。ひなたが話しかけても素っ気ない態度ばかり。 それでも一緒にいる時間が増えるうちに、ひなたは彼の不器用な優しさに少しずつ惹かれていく。 恋愛に無関心なイケメンが、初めて「恋の病」にかかるまでのドキドキラブコメ!
本文
一月の半ば、冬晴れの昼間だった。
ひなたは講義棟から出たところで、遠くに人だかりを見つけた。視線の先に、見覚えのある黒髪があった。
また、告白の場面だった。
今回は人通りの多い場所だった。通り過ぎる学生たちが、ちらちらと二人の様子を見ていた。中には立ち止まって眺めている人もいた。
ひなたは足を止めて、その様子を見ていた。
林武はいつも通り、静かに相手の言葉を聞いていた。それからいつもの平坦な声で何かを答えた。女の子が小さく頭を下げて、足早に去っていった。
でも今回は、いつもと違った。
周りの視線が、林武に集まっていた。通り過ぎる学生たちの中には、小声で何かを話しながら笑っている人もいた。林武はそれに気づいているのか、いないのか、表情は動かなかった。
でも、ひなたには見えた。
林武の目が、いつもより少し伏せられていた。視線が、どこか遠いところを向いていた。
深く落ち込んでる。
直感だった。いつもの「断った後の静けさ」とは違う。今日は、もっと重たいものを抱えているように見えた。
ひなたは歩き出そうとした。
でも、一瞬足が止まった。
——私が行って、いいのかな。
前に慰めたことはあった。でも今は、自分の気持ちを自覚している。好きな人に近づくことへの緊張が、足を重くさせていた。余計なことを言ってしまうかもしれない。迷惑かもしれない。
でも。
林武がゆっくりと歩き出した。人の流れから外れるように、講義棟の脇の方へ向かっていった。木が数本立ち並ぶ、人気の少ない場所だった。その影に、すっと入っていった。
ひなたは迷いを振り切って、後を追った。
木の影に入ると、喧騒が少し遠くなった。林武は一本の木にもたれて、空を見上げていた。ひなたの足音に気づいたのか、視線を下ろした。
「……橘」
「うん」
「なんでいる」
「見てたから」
林武は何も言わなかった。視線を再び空に向けた。その横顔に、いつもの静かな強さがなかった。
ひなたはゆっくりと隣に立った。少し間を置いてから、小さく声をかけた。
「大丈夫?」
「……ああ」
「無理してない?」
林武が少し黙った。
「……平気だ」
「そっか」
ひなたは正面を向いたまま、続けた。
「休んでもいいんだよ、別に」
林武がひなたの方を見た。
「休む、とは」
「なんか、今日は周りの目が嫌だったんじゃないかなって。そういう時は、無理して平気な顔しなくていいと思う」
林武はしばらく黙っていた。木の影の中で、冬の風が静かに吹いていた。
「……見えてたのか」
「うん、ちょっとだけ」
「……そうか」
それだけ言って、林武はまた空を見上げた。ひなたも同じ方向を見た。冬の空は青くて、雲が少しだけ流れていた。
しばらく、何も言わなかった。でも、沈黙が苦しくはなかった。ただ、隣にいるだけでよかった。
「……毎回、慣れると思ってた」
ぽつりと、林武が言った。
「慣れない、のか」
「……今日みたいに、周りに見られると。少し、しんどくなる」
ひなたは何も言わなかった。ただ、聞いていた。
「断ること自体は、間違ってないと思ってる。でも……」
林武が言葉を止めた。続きは言わなかった。でも、ひなたにはなんとなくわかった気がした。
間違っていないとわかっていても、人に見られながら断り続けることは、じわじわと疲弊させるものがある。正しいことと、しんどくないことは、別の話だ。
「林武くん、真面目すぎるんだよ」
「……そうか」
「断ることに、責任感じすぎてる気がする。悪いのは林武くんじゃないのに」
林武はひなたの顔を見た。
「……お前は、そういうことをさらっと言うな」
「本当のことだから」
林武が小さく息を吐いた。それから、わずかに表情が緩んだ。笑った、というほどではなかったけれど、さっきまでの重たい空気が、少しだけ薄くなった気がした。
「……ありがとう」
「別に」
「いや、ありがとう」
二度言われて、ひなたは視線を逸らした。耳が少し熱くなった。
「そろそろ次の講義行かないと」
「……ああ」
二人は木の影から出た。さっきまで人だかりがあった場所は、もう誰もいなかった。
並んで歩きながら、ひなたはちらりと横を見た。林武の顔は、まだ少し疲れているように見えたけれど、さっきよりは幾分か軽くなっていた。
それだけで、ひなたには十分だった。
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